シューゼと水蒸気の姫君 【完結済み】

誰時 邪無 - タレドキ ジャム -

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end 旅立ちの日に

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「止まれ、リリエッ!!」

 そんな怒号に、大きな羽ばたきが聞こえてくる。と、直後、下から突如として3人の目の前に竜に乗ったエリオの父ガッシュが姿を現した。

「――――お父様!」

 その光景を見て、シューゼが不安そうに言った。

「まずいよ、ポッポ!」

「慌てんな!! 第2エンジンでぶっ千切ってやるッ!!」

 すると、ポッポはレバーに手をかける。しかし――――そのレバーは錆びついてしまったかのようにガチッと固まって、下がってくれない。

「はっ! 所詮、貧民の作った不良品!! ハッタリかッ!!」

 ポッポの上手くいかない様子を見ると、ガッシュは竜の横腹をポンッと蹴り、3人の乗る飛行機に向かう。

「リリエは返してもらうぞ。貴様らは、そのまま落ちて死ね!!」

 そして、風に乗って加速するとガッシュは竜の上から手を伸ばし、 エリオを攫おうとした。

「ぐっ、下がりやがれッ……!! もう、すぐそこなんだよ……!!」

 一方で、一向に応えてくれないレバーに縋るような声を漏らす、ポッポ。

 ――――所詮、貧民の作った不良品!!

 頭の中に、そんなガッシュの言葉が響いた、その時――――左右から シューゼとエリオが手を貸した。

「ポッポ! 行こう、外へ!!」

「あんな言葉に負けないでよ、天才発明家なんでしょ!!」

 すると、ポッポの上に重ねられた2人の手に押されて、ギシッと少しだけレバーが下がる。

「……ああ。分かってるよ」

 そして、ポッポの頭の鈴がリンッとなった時、

「おい、貴族。俺の飛行機を舐めるなよ!! 俺はなぁ――――」

 レバーは、下げられた。

「――――天才発明家、鈴鳴りのポッポ様なんだよッ!!」

 最後尾、魔石で作られたエンジンがヒュゥッと少しだけ風を捩じさせた次の瞬間――――飛行機は青空も置き去りにして、ガッシュの手をすり抜けた。

「なっ……!」

 さっきまですぐそこにあったはずの娘の顔が消えて、ガッシュの瞳が戸惑う。と、そんなガッシュに、

「……さようなら、お父様」

 と、エリオが言った。

「リリエッ!!」

 ガッシュが手を伸ばす。

「リリエッ!! 親に逆らうのかッ!! 貴族に生まれたからには、家に貢献する。それがなぜ分からんッ!! 皆、そうしているのだ!! それが、この世の常なのだ!!」

「お父様、……あたし、人間です。貴族の娘の前に、人間なんです」

 ガッシュの手の中、エリオは泣いていた。

「泣くくらいなら、尚のことなぜそっちを選ぶのだ……!」

「だって、怖いは怖いから! だけど、怖くても嫌じゃないの!」

「怖くても、嫌じゃない……?」

「あたし、友達がいます! お父様に決められた者たちじゃなくって! あたし、夢があります! 家のためじゃない! 縛られたものじゃない!」

 すると、ガッシュはシューゼを睨んだ。

「お前か貧民……! お前が何かを、入知恵したのか!!」

「違います」

「嘘をつくな!」

「嘘じゃない。僕が教えてもらったんだ。エリオに」

 その時、風が乱れて、ガッシュの乗っている竜がよろめく。

「さようなら。あたし、お父様の人形じゃない。だから、自分の道は自分で選びます」

「待て、リリエ……!」

 ガッシュは何度もエリオの名を呼ぶ。しかし、第2エンジンによって加速した飛行機と風にうまく乗れすらしない竜とでは、左が開いて行くばかりであった。

 その様を、エリオは悲しいのか哀れに思ったのか、なんとも言えない表情で目を細めて眺めていた。


   ▼ ▼ ▼ ▼


 蹄の音が、静かな貴族街に響く。

 貴族街と貧民街とを区切る壁の上では、ジークが豆粒ほどに小さくなったシューゼたちが乗る飛行機を眺めていた。

「……申し訳ありません。取り逃しました」

 壁の足元に馬を停めたギルが、ジークの元へとやって来る。すると、ジークは、

「まさか空に逃げるとは」

 と、笑った。
「……馬も、空までは。申し訳ありません。罰であれば、何なりと」

 覚悟を決める、ギル。貴族の命令を失敗するとはどういうことかを、ギルは知っていた。しかし、ジークはギルの肩にポンッと労わるように手置くと、

「いや、構わないさ」

 と、言った。

 ギルが顔を上げると、ジークはギルを立たせる。

「どのみち、婚約者を2度も逃した。しかも、自分の領地で、貧民に。この失態だけでも、取れるものはいくつもある。元々ね、どちらに転んだって私の勝ちだったんだよ。もちろん、彼女を取り戻したほうがより多く恩を売れたがね」

 それからジークは踵を返すと、門を降りるために壁の上を歩き出す。

「では、急いで帰ろうか。激怒したと思わせるために。そのうち、向こうから謝罪が来るだろう」

 ギルは「馬車を用意させます」と言いながら、ジークの後ろに続く。――――と、その時だった。ジークはぴたっと立ち止まると、

「……そうだ、ギル。下に降りたら、馬に蹴られなさい」

 と、唐突に言った。

「は……?」

「君がリリエ嬢を取り逃がしてしまったのはね、屈強な男が集団で襲ってきたからなんだ。男たちはなぜか貴族街の抜け道を知っていて、君はたった1人その前に立ちはだかるも数には太刀打ちできなかった。――――そうすれば、君の名誉も家の名誉も最低限は守られる。だから、馬に蹴られて痣を2・3個作りなさい」

 そう言い放ったジークの瞳は、ギルを物としてしか見ていなかった。

「まさか、そんな綺麗な格好で帰るわけじゃないだろう?」

 その問いかけに、ギルは「はい」と答えるしかなかった。

 それこそが、この世界の――――ギルの選んだ生き方だから。


   ▼ ▼ ▼ ▼


「――――ところで、これってどうやって飛ぶの?」

 すると、前に向き直ったシューゼがポッポに聞いた。

「まさか、羽もないまま砲弾みたいに飛んでいくつもりじゃないよね……?」

 ポッポは、シューゼの問いに「ふっふっふ」と怪しく笑う、

「ちょうど今、いい軌道に入ったところだ。見せてやるよ、この飛行機の真の姿を」

 そして、

「てことで、お2人さんちょっと揺れるぜ」

 そう言った、次の瞬間――――機体はシューゼとエリオの「え?」という言葉を置き去りにして、ギギギッ……と軋むような音を上げる。と、バッと扇子を一気に広げるように、2枚重ねの大きな羽と小さな羽を左右に広げた。

 その光景は、まるでサナギから成虫に孵った蝶々のようだった。

 羽根に風が当たると、機体はぐわんと大きく揺れる。その時、シューゼとエリオのおでこがゴチンッとぶつかって、2人は抱き合うようにしながら後部座席に倒れた。

 目が合って、少しして2人は笑い出す。と、それから2人は起き上がって、飛行機から見える景色を眺めた。

「綺麗だね」

「うん。綺麗」

「ねえ、僕たちこれで、やっと友達になれたんだよね」

「違うよ。これまでも友達で、これからもずっと友達でいられるんだよ」

 青空がどこまでも伸びていく。山々が雲を纏って、どこかでまだ知らない動物が鳴いた。――――飛行機が、3人をどこまでも運んでいく。

 3人はその日、今までの時間を埋めるようにいつまでもたわいもない話を続けていた。
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