シューゼと水蒸気の姫君 【完結済み】

誰時 邪無 - タレドキ ジャム -

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3 この真っ暗な町の真ん中で

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 シューゼは家に着くなり、台所に雑にカバンを捨て置く。と、そのまま家を出ようとした。

 が、一度立ち止まり、台所の棚を開けて布に包まれたパンを取り出す。そして、それをなるべく綺麗なカバンにしまうと、再び玄関に向かった。

 靴を履く手が、焦りで上手く動かない。
 結局、シューゼは無理やり足を突っ込み、つま先でトントンと床をノックしてつじつまを合わせる。――――そんな時だった。


 スッ――――と、シューゼの肩に色白い手が触れた。この家には、シューゼ以外住んでいるはずがないのに。


 シューゼはバッと振り返り、慌ただしく後ろに足を退いて、扉に背を預ける。そして、自分の後ろにいた何者かに向かって身構えた。が、そこにいたのは、

「あ、お、驚かせるつもりは……」

 と、困惑する――――消えたはずの少年だった。少年は帽子を深く被り、申し訳なさそうにしていた。

 そんな少年を見て、シューゼは開口一番、

「――――ご飯は!?」

 と、心配の言葉を投げかける。

 そして、答えを聞く間もなくシューゼはカバンからパンを取り出し、少年の目の前に差し出した。
 すると、少年は胸の前に両手を置いて、

「……え? あ、それは作りかけのものが台所にあったから」

 と、断った。

「ああ、朝ご飯の残り! そっか……。良かったぁ、生きててくれて……」

 少年のその一言を聞くとその場にへたり込む、シューゼ。そんなシューゼに少年は、

「あ、あの、朝はタンスの中で寝てて……」

 と、おろおろとしながら、自分が朝になって消えていた理由を話した。

「なんだ。そうだったんだ……」

 少年が消えた時、シューゼは慌てて家を出たから、タンスなど確認する余裕もなかった。
 しかし、答え合わせをしてみれば、それこそが少年が失踪したと勘違いした原因だったのだ。

「あ、そういえばその帽子は……」

 心の整理が一段落ついて、シューゼがやっと昨日と違う少年の姿に気がつく。

「タンスの中にあったから。持ってきたら、まずかった……?」

「いいや、気に入ったなら自由にいいよ。じゃあ、夜ご飯を今から……」

 シューゼは少年の差し出した手を取って立ち上がると、しかし、そう言いかけて止まる。そして、

「あ。……ってことは、今日どこにも出てないってこと?」

 と、少年に尋ねた。

 少年は、素直に「うん」と頷く。

「なら、今から町に行こう! ダントンがよく言うんだ。『人間せいぜい60年、この炭鉱なら40年。ここじゃ真面目が馬鹿で、アホが優等生。一日一日を楽しまなきゃ損、損』って」

 すると、シューゼは少年の手を掴んで、玄関を開ける。

「だから、行こ!」

「え、ちょ……」

 そして、困惑する少年に、

「今日を何もせずに終わらせるのは、もったいないよ!」

 と、笑いかけると、ランプと喧騒に満ちた夜の街へと飛び出していった。



   ▼ ▼ ▼ ▼


 少し奥まったところにある、大衆酒場。そこは、仕事終わりの炭鉱夫でいっぱいだった。

「おおっ! シューゼじゃねえか。なんだ、結局来たのか?」

 シューゼがその扉をくぐると、ダントンが酒に飲まれた陽気な声で名前を呼んだ。
 すると、そんなシューゼの後ろから気まずそうに少年が姿を現す。

「あー!! 昨日のお騒がせ坊主! この野郎、今日はてめえがいなかったせいで、シューゼが全然使い物にならなかったんだぞ!!」

「ご、ごめんなさい……」

 ダントンが少年にグイッと顔を寄せてそう言うと、少年は再びシューゼの後ろに隠れてしまう。

「なんだぁ、昨日の威勢はどうした! 女みてえにしおらしく……」

「まあまあ、ダントンさん。その辺にしてあげてよ」

「ケッ、まあいい。少年、何か好みはあんのか?」

「え?」

「飲み物だよ、飲み物。甘いとか酸っぱいとか、お茶とか水とか」

「え、あ、酸っぱいの……」

「じゃあ、キューレのジュースだな。おい、マスター。キューレ1つ」

 頼んだ飲み物が出されると、ダントンはそれを少年に押し付ける。そして、

「ほらよ、生存記念。安心しな、俺のおごりだ。ま、来たからには、飲んでいけよ。おすすめは、ヤモリの照り焼きだぜ」

 と、言い残すと、ダントンはまたフラフラと炭鉱夫仲間の元へ去っていってしまった。

「大丈夫、怒ってないよ。あれでも君が帰って来たことを喜んでるんだ。行方不明者は帰ってこないことが多いし、発見されても下層民は新聞にすらならないからね。行方不明になった時点で、みんな死んだって思ってるんだ」

 シューゼが卓に向かいながらフォローを入れる。と、少年はシューゼの顔を見て、

「……君も?」

 と、尋ねた。

「――――んなわけねえだろ」

 チリンッと鈴が鳴る。少年がバッと横を見ると、少年よりもやや小さい子供がこっちを見て笑っていた。

「ポッポ!」

「よう。こっちだ、シューゼ。席、空いてるぜ」

 ポッポにリードされシューゼと少年が席に着く。他の大人たちもいたが、シューゼたちの並び順はシューゼ、少年、ポッポだった。

 シューゼは席に着くなり、大人たちに「おお、元気になったか!」と歓迎されその会話の輪に加わる。

 一方で、少年はひとりぽつんと知らない酒場の知らない輪の中で取り残されてしまった。

 手持無沙汰になって、少年はダントンから渡されたジュースを飲んでみる。――――と、次の瞬間、脳天からつま先まで痺れるような酸味が駆け抜けていった。

 すると、固まっている少年に、ポッポが声をかける。

「なっはっは! それ滅茶苦茶すっぺえだろ!」

 そして、ポッポも自分のジュースを飲むと、同じように酸っぱさに体を震わせた。……ただし、少年とは違い、ポッポはその酸味を楽しんでいるように見えた。

「なあ、何でいなくなったんだ?」

 一息ついて、ポッポが尋ねる。

「……いなくなった、というかタンスの中で寝てて」

「あー、タンスな! 分かる、分かる。俺も狭いところで眠るの好きなんだよ!」

「……そう」

「それで、早とちりしたシューゼが勝手に騒ぎ回ってたってわけか」

 ポッポは頭の鈴を鳴らすと、もう一杯ジュースを口にする。ポッポは声を漏らしながら体を震わせて、それから少年に言った。

「……なあ、さっきアイツに『お前も自分のことを死んでたと思ったのか』って聞いたよな」

「言葉は違うけど、うん」

「あいつ、朝から汗だくで走り回ってたぜ。この町をな」

 ポッポはシューゼを見つめる。そして、兜の上からでも分かる優しい瞳をして、

「死んでたと思ってたのかは分からねえけど、少なくとも生きててほしいとは思ってたんじゃねえの」

 と、語った。
 ポッポにつられて、少年もシューゼを見つめる。シューゼは少年の瞳の中で、大人たちと楽しそうに言葉を交わしていた。

「……どうして」

「知らねえ。俺は何でシューゼがお前みたいな奴を心配するのか、見当もつかねえ。だけど、あいつさ。この町から人がいなくなると、すげえ悲しそうな顔するんだよな」

「……社交的なんだね、彼」

 少年が言う。

「んでもって、アホみたいに純粋で優しい奴。あいつは、もう・・お前に死んでほしくないんだろ。だから、あんま振り回さないでやってくれよ」

 ポッポがそう返す。

「あと気をつけろ。あいつ、友達認定した奴にはしつこいぞぉ」

「え……」

 すると、そんな2人の元へシューゼがやって来て言った。

「ねえ、2人も。ダントンさん寝ちゃったし、落書きしちゃおうよ!」

「よっしゃ!」

 ポッポが勢いよくそう応える。と、2人はシューゼに手を引かれ、椅子に全体重を預けて大いびきをかいているダントンの前にやって来た。
 ダントンはすでに何人かに落書きされているようで、もみあげが繋がっていたりほっぺたにうずまき模様が描かれたりしていた。

「よぉし」

 腕をまくると、率先してシューゼがダントンの眉毛と眉毛を繋げるように黒い塗料を吸った筆でなぞる。
 続けて、ポッポが筆を握る。と、ポッポは口の周りをぐるりと一周させて泥棒髭を描いてみせた。

 2人はその様子を見て、ゲラゲラと笑う。と、次に、

「はい、お前も」

 と、少年はポッポに筆を手渡された。

「えっと……。どう書けば……」

「好きに書いていいんだよ」

「文字でも、模様でもな!」

 少年は迷いながら、じっとダントンを見つめる。と、それから戸惑いながらもダントンの顔に筆を伸ばし――――瞼に目を描いてみせた。まるで、寝ているのに起きているみたい。

「ど、どう……?」

 振り返る少年。すると、シューゼとポッポは一間置いて、風船が弾けたように笑い出した。

「なっはっはっはっ! なんだよ! 迷いながら、そこに目が描くやつがいるかよ!!」

「本当、本当! びっくりしたよ!」

「ってか、迷いなさすぎだろ!」

 少年は、ダントンの落書きされた顔ではなくその2人の笑う姿を見ていると、自然と笑いがこみあげてくる。そして、

「……くふっ。くふふふふっ!」

 と、笑いの水瓶から面白さが溢れてしまったというように徐々に笑い始めると、

「あはははははっ!」

 と、ようやく声を上げて笑った。

 色白い指で涙を拭う。少年のそんな姿を見て、シューゼが安心したように頬を緩める。と、ポッポが2人と肩を組んで、

「どうせなら、全部黒塗りにしてやろうぜ」

 と、提案し、3人は顔を見合わせてニヤッと笑うと、筆を手に取って夜が更けるまでいつも以上にはしゃいでいた。


   ▼ ▼ ▼ ▼


「いやー、楽しかったね」

 家に帰るなり、シューゼがそう口にした。
 そのままシューゼは浴室へ向かうと、薪に火をつけ、水で満ちた風呂を温める。その姿を見ながら、少年はシューゼに尋ねる。

「ねえ。どうして、あの日助けてくれたの? それだけじゃなく、今日だって探し回ったって……」

「前にも言ったでしょ。持ちつ持たれつ、だよ」

 まだお湯になっていない水面から、目につくゴミだけを水桶で掬って捨てていく、シューゼ。

「でもね、今日君を探してたのは――――心配だったから」

「心配? 出会ったばかりの、どこの誰かも分からない子供を?」

「知らなくないよ。同じ釜の飯を食った仲じゃないか」

 すると、シューゼは少し寂しそうな眼を見せた。

「この町は子供はね、みんな人を恨んじゃうんだ。それで、駄目なほうに手を出していって。みんな、大人になる前に死んじゃう。僕やポッポは、親方に拾ってもらえた運のよかった子供ってだけで……」

「……純粋な、優しさか」

 少年がそう呟くと、シューゼが振り返って言った。

「ねえ、薪ももったいないし、一緒に入っちゃおうか」

 が、その直後、俯いたまま答えない少年を見てシューゼは思い出す。

「あ、他人と入るの苦手なんだっけ。なら、先に入って――――」

「――――構わない」

 しかし、少年はそれを遮るようにしてそう言うと、それから一呼吸おいて服を脱ぎ始めた。

「……そう。それならいいんだけど」

 シューゼも背を向けて服を脱ぎ始める。

「君は、この町は長いの? それとも他所よそから来たの? あ、嫌だったら答えなくていいんだけど」

 シューゼが何の気なしに問う。と、少年は、

「リリエ・エンド。生まれは貴族街。外には出たことない」

 と、答えた。

「――――え?」

 シューゼが驚いて、思わず振り返る。と、そこにいたのは、

「は、は、は、は、は……」

 先程まで少年だった――――しかし、明らかに自分とは違う体つきをした、

えて、ない……」

 金髪に青い目をした少女だった。
 金の髪は月の光の神秘さにも負けないほど綺麗に輝き、青い瞳はどの宝石よりもシューゼの視線を釘付けにする。

 シューゼは、思わず見とれてしまった。が、その直後、ハッとすると、

「ご、ごめん! 女の子だったなんて」

 と、すぐに土下座した。そして、とにかく何も見ないように目をギュッとつぶった。

「構わない。わざと男のふりをしていたんだし……」

 そう言うと、リリエは浴室の中へと進んでいく。そして、そのすれ違いざま、

「それに、あたし、女であって女じゃないから」

 そう、呟いた。
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