2 / 6
レディーファースト
しおりを挟む
side:由利
「由利、頭気を付けて」
「うっ、うん、ありがとう拓海」
私は拓海に促されるままタクシーの後部座席に乗り込み、シートに手を付ながら右側の席に移動する
私が移動したのを確認してから拓海もタクシーに乗り込み、運転手に目的地を告げてタクシーは発車した。
私が今お付き合いをしている南原拓海(なんばらたくみ)は、私より3歳年上の31歳だ。
拓海の第一印象は、優しくて落ち着きがありまさに『紳士』という言葉がぴったりの大人の男って感じだったのだけど、、、
私が拓海の優しさに疑問を持ったのは、とあるお店に行った時だった。
デートの日に拓海から「夕食はお店を予約してあるから」と言われ、事前にお店を予約してるなんて流石は拓海♪と普通に喜んだ。
そしてお店に到着すると、拓海がお店のドアを開けてくれて私を先にお店に入れてくれた。そこまでは良かった
お店に入れば当然だけど店員さんが私を見付けて声をかけて来る。
そのお店は完全予約制のお店だったので、店員さんも当たり前のように私に向かって笑顔で
「予約の御名前を教えて頂けますか?」と
予約をしたのは拓海なんだから、『南原』と答えれば何の問題も無かったのだろうと今では思う。
でもその時の私は拓海が予約をしたのに、私が勝手に名前を言って良いのだろうか?と考えてしまった。
ほんの一瞬の出来事だったし、直ぐに拓海が来て店員さんに名前を言ったから、おかしな空気になる事も無かったのだけど
この時の出来事が、澱のように私の心に積もって行くのを私は自覚出来ていなかった。
食事も終わり、帰る為にタクシーを掴まえて乗り込む時
拓海はいつものように私に先にタクシーに乗るように促した。乗り込む際には頭をぶつけないように軽く注意をするのも忘れずに
常に私の事を気遣ってくれる拓海は本当に良い男だと、その瞬間までは思っていた
タクシーに乗り込み右側の席に移動しようとした時、ふと考えてしまった。
タクシーに乗ると毎回右側の席に移動するのはしんどいと
夏場で薄着の時ならまだしも、今日3月6日は雪がチラつくほどの寒さだった。
今朝の天気予報でも厚着をして防寒対策をしっかりしてお出掛け下さいという言葉通り、朝から気温はとても低かった。
私は4枚重ね着した上で厚手のコートを羽織っている、そのような動き難い現状でタクシーの狭い後部座席をシートに手を付ながら移動するのは、なかなかにしんどい
拓海の優しさを否定するような気がして躊躇われたけれど、せめて冬の間はタクシーの後部座席の『左側』に座らせて貰うように言おう。
「そっか、でもレディーファーストってそういうものじゃん。」
私の説明を聞いた拓海は特に何かを気にした様子も無く、LINEの返信でもしているのかスマホを見ながら何かを打ち込んでいる。
そうか
この人は私の事を気遣っていた訳ではなくて、スマートにレディーファーストが出来る自分が好きなんだ。
付き合いたての頃は拓海の優しさが本当に好きだった。けれど思い返してみると、拓海の車でドライブに行った時に、私が自分で車のドアを開けて降りたら、拓海は不機嫌だったっけ
あの時は車のドアを勢い良く開け過ぎたから不機嫌になったのかと思って謝ったけど、拓海は自分でドアを開けてから私が降りるようにしたかったのだろう。
「今日も楽しかったよ由利、また連絡するよ」
「うん、それじゃあおやすみなさい」
「ああ、おやすみ♪」
タクシーが私の住むマンションの前で停車したので私はタクシーを降り、そのまま拓海を乗せたタクシーを見送る。
拓海は明日は早朝から会社で会議だと言うので、マンションには寄らずにそのまま帰ってくれて良かった。
今の私は数時間前までのように、拓海の顔を見れないだろうから。
私はスマホを取り出し電話をかける。なんだかどうしても、お母ちゃんの声が聞きたくなったからだ。
プルルル、プルルル、プルルル
「もしもし、由利ちゃん?正月ぶりやねぇ、元気にしよるん?」
「うん、元気よ、花粉症で鼻ズルズルやけど。お母ちゃんこそどうなん?」
「あはははは、お母ちゃんは元気よぉ、孫を抱っこするまでは腰も曲がってられんからね!」
はぁ
お母ちゃんと話をすると、いつも早く孫の顔が見たいと言われてうんざりしてたのに、今日だけはそういう話をしてみるのも悪く無いのかもしれない
「お母ちゃん、孫は相手がおらんと出来んよ」
「由利ちゃんは昔から恥ずかしがりやさんやったからねぇ、酒屋のケン坊どうね?」
「酒屋のケン坊って北海道の大学に行った健司の事?」
「そうそう、酒造メーカーで働いとったけど、帰って来て酒屋を継いだんよ。立派な青年になっとったよぉ」
へぇー
私と健司は特別親しい訳では無い。
中学の時、私がクラスメイトにイジメられている所を健司が助けてくれたのがきっかけで、それ以来定期的に「イジメられとらんか?」と声をかけてくれるようなった。
だから健司とは特別親しい訳では無いけど、親しく無いとは絶対に言えない、説明が難しい関係だ。
でも健司かぁ、私が知ってる健司は少しガサツでレディーファーストとは無縁の男の子だった。
でも私の事はちゃんと『見て』話をしてくれていたと思う。
今の健司がどんな大人になってるかは知らないけれど、同窓会のつもりで1度実家に帰って会ってみるか。
「来週の連休そっちに帰ってもええ?」
「もう、由利ちゃんはいっつも急なんやから、そしたら『躑躅亭』でええね?着物もレンタルしてくれるように青木さんに連絡しとかな。ほな来週ね」
「えっ?!ちょっ、お母ちゃん!」
プー、プー、プー、プー
切れてる、、、
『躑躅亭』って地元で有名な高級料亭だったはず。
まさか、健司とお見合いさせる気じゃ(汗)
でも今から電話をかけ直しても、お母ちゃんのあの様子だと、今頃予約の電話やらなんやらで繋がらないだろうなぁ
はぁ
まっ、今の私には余計な気遣いとは無縁の相手が必要って事で
気持ち切り替えて行きますか!
完。
「由利、頭気を付けて」
「うっ、うん、ありがとう拓海」
私は拓海に促されるままタクシーの後部座席に乗り込み、シートに手を付ながら右側の席に移動する
私が移動したのを確認してから拓海もタクシーに乗り込み、運転手に目的地を告げてタクシーは発車した。
私が今お付き合いをしている南原拓海(なんばらたくみ)は、私より3歳年上の31歳だ。
拓海の第一印象は、優しくて落ち着きがありまさに『紳士』という言葉がぴったりの大人の男って感じだったのだけど、、、
私が拓海の優しさに疑問を持ったのは、とあるお店に行った時だった。
デートの日に拓海から「夕食はお店を予約してあるから」と言われ、事前にお店を予約してるなんて流石は拓海♪と普通に喜んだ。
そしてお店に到着すると、拓海がお店のドアを開けてくれて私を先にお店に入れてくれた。そこまでは良かった
お店に入れば当然だけど店員さんが私を見付けて声をかけて来る。
そのお店は完全予約制のお店だったので、店員さんも当たり前のように私に向かって笑顔で
「予約の御名前を教えて頂けますか?」と
予約をしたのは拓海なんだから、『南原』と答えれば何の問題も無かったのだろうと今では思う。
でもその時の私は拓海が予約をしたのに、私が勝手に名前を言って良いのだろうか?と考えてしまった。
ほんの一瞬の出来事だったし、直ぐに拓海が来て店員さんに名前を言ったから、おかしな空気になる事も無かったのだけど
この時の出来事が、澱のように私の心に積もって行くのを私は自覚出来ていなかった。
食事も終わり、帰る為にタクシーを掴まえて乗り込む時
拓海はいつものように私に先にタクシーに乗るように促した。乗り込む際には頭をぶつけないように軽く注意をするのも忘れずに
常に私の事を気遣ってくれる拓海は本当に良い男だと、その瞬間までは思っていた
タクシーに乗り込み右側の席に移動しようとした時、ふと考えてしまった。
タクシーに乗ると毎回右側の席に移動するのはしんどいと
夏場で薄着の時ならまだしも、今日3月6日は雪がチラつくほどの寒さだった。
今朝の天気予報でも厚着をして防寒対策をしっかりしてお出掛け下さいという言葉通り、朝から気温はとても低かった。
私は4枚重ね着した上で厚手のコートを羽織っている、そのような動き難い現状でタクシーの狭い後部座席をシートに手を付ながら移動するのは、なかなかにしんどい
拓海の優しさを否定するような気がして躊躇われたけれど、せめて冬の間はタクシーの後部座席の『左側』に座らせて貰うように言おう。
「そっか、でもレディーファーストってそういうものじゃん。」
私の説明を聞いた拓海は特に何かを気にした様子も無く、LINEの返信でもしているのかスマホを見ながら何かを打ち込んでいる。
そうか
この人は私の事を気遣っていた訳ではなくて、スマートにレディーファーストが出来る自分が好きなんだ。
付き合いたての頃は拓海の優しさが本当に好きだった。けれど思い返してみると、拓海の車でドライブに行った時に、私が自分で車のドアを開けて降りたら、拓海は不機嫌だったっけ
あの時は車のドアを勢い良く開け過ぎたから不機嫌になったのかと思って謝ったけど、拓海は自分でドアを開けてから私が降りるようにしたかったのだろう。
「今日も楽しかったよ由利、また連絡するよ」
「うん、それじゃあおやすみなさい」
「ああ、おやすみ♪」
タクシーが私の住むマンションの前で停車したので私はタクシーを降り、そのまま拓海を乗せたタクシーを見送る。
拓海は明日は早朝から会社で会議だと言うので、マンションには寄らずにそのまま帰ってくれて良かった。
今の私は数時間前までのように、拓海の顔を見れないだろうから。
私はスマホを取り出し電話をかける。なんだかどうしても、お母ちゃんの声が聞きたくなったからだ。
プルルル、プルルル、プルルル
「もしもし、由利ちゃん?正月ぶりやねぇ、元気にしよるん?」
「うん、元気よ、花粉症で鼻ズルズルやけど。お母ちゃんこそどうなん?」
「あはははは、お母ちゃんは元気よぉ、孫を抱っこするまでは腰も曲がってられんからね!」
はぁ
お母ちゃんと話をすると、いつも早く孫の顔が見たいと言われてうんざりしてたのに、今日だけはそういう話をしてみるのも悪く無いのかもしれない
「お母ちゃん、孫は相手がおらんと出来んよ」
「由利ちゃんは昔から恥ずかしがりやさんやったからねぇ、酒屋のケン坊どうね?」
「酒屋のケン坊って北海道の大学に行った健司の事?」
「そうそう、酒造メーカーで働いとったけど、帰って来て酒屋を継いだんよ。立派な青年になっとったよぉ」
へぇー
私と健司は特別親しい訳では無い。
中学の時、私がクラスメイトにイジメられている所を健司が助けてくれたのがきっかけで、それ以来定期的に「イジメられとらんか?」と声をかけてくれるようなった。
だから健司とは特別親しい訳では無いけど、親しく無いとは絶対に言えない、説明が難しい関係だ。
でも健司かぁ、私が知ってる健司は少しガサツでレディーファーストとは無縁の男の子だった。
でも私の事はちゃんと『見て』話をしてくれていたと思う。
今の健司がどんな大人になってるかは知らないけれど、同窓会のつもりで1度実家に帰って会ってみるか。
「来週の連休そっちに帰ってもええ?」
「もう、由利ちゃんはいっつも急なんやから、そしたら『躑躅亭』でええね?着物もレンタルしてくれるように青木さんに連絡しとかな。ほな来週ね」
「えっ?!ちょっ、お母ちゃん!」
プー、プー、プー、プー
切れてる、、、
『躑躅亭』って地元で有名な高級料亭だったはず。
まさか、健司とお見合いさせる気じゃ(汗)
でも今から電話をかけ直しても、お母ちゃんのあの様子だと、今頃予約の電話やらなんやらで繋がらないだろうなぁ
はぁ
まっ、今の私には余計な気遣いとは無縁の相手が必要って事で
気持ち切り替えて行きますか!
完。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
あんなにわかりやすく魅了にかかってる人初めて見た
しがついつか
恋愛
ミクシー・ラヴィ―が学園に入学してからたった一か月で、彼女の周囲には常に男子生徒が侍るようになっていた。
学年問わず、多くの男子生徒が彼女の虜となっていた。
彼女の周りを男子生徒が侍ることも、女子生徒達が冷ややかな目で遠巻きに見ていることも、最近では日常の風景となっていた。
そんな中、ナンシーの恋人であるレオナルドが、2か月の短期留学を終えて帰ってきた。
密会~合コン相手はドS社長~
日下奈緒
恋愛
デザイナーとして働く冬佳は、社長である綾斗にこっぴどくしばかれる毎日。そんな中、合コンに行った冬佳の前の席に座ったのは、誰でもない綾斗。誰かどうにかして。
すべてはあなたの為だった~狂愛~
矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。
愛しているのは君だけ…。
大切なのも君だけ…。
『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』
※設定はゆるいです。
※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる