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第4話 雨の出会い
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雨がポツリポツリと降り始める。
最初は小さな雫だった雨粒が次第に勢いを増しヘルメットのシールドに叩きつけられる。菜穂は顔をしかめながらバイクの速度を落とす。
「やっぱり、降ってきたかぁ」
そう呟きレインウェアを着ようか迷う。
しかしバイクを停めて着替えるのも面倒だ。それにすぐに止むかもしれない。菜穂はそう考えそのまま走り続けることにする。
期待に反して雨はますます強くなる。視界は悪くなり路面は滑りやすくなる。菜穂は慎重に相棒を操り安全運転を心がけ目的地へと向かう。
雨の中を走るのは想像以上に疲れる。風圧と雨粒が体に容赦なく打ち付け体力を奪っていく。菜穂は何度も深呼吸をし集中力を維持しようとする。
「早くどこかで雨宿りしたい」
そう呟きながら道路脇に目を凝らす。周囲には人家も店もない。ただ山々と木々が連なっているだけだ。
菜穂は覚悟を決める。徳島駅まであと少し。このまま一気に行くしかない!
気合を入れながらも丁寧にバイクを走らせる。雨は容赦なく降り続け体が冷え切っていく。
雨はさらに強まりまるで滝に打たれているかのようだ。視界もほとんど効かず、前を走る車のテールランプがぼんやりと滲んで見える。もう限界だと感じ始めていた。
その時、ぼやけた視界の端に小さな光が飛び込んで来た。
『喫茶』と書かれた古めかしい看板が雨に濡れて光っている。菜穂な迷わずバイクを店の前に停めた。
喫茶店のドアを開けると温かい空気が体を包み込み、それだけで癒やされて行くようだ。
店内は薄暗くレトロな雰囲気で、壁には古い映画のポスターが貼られ音楽が静かに流れている。
先客はいないようで、カウンターの中には白髪のマスターが一人、静かにコーヒーを淹れている。
「いらっしゃいませ」
マスターの声は低く優しかった。菜穂は震える声で「すみません、少し雨宿りさせてください」と告げる。
「どうぞ、どうぞ。温まってください」
菜穂はカウンター席に座りメニューに目を落とす。ホットコーヒーの文字が目に飛び込んできた。
「ホットコーヒーをください。それと、、、」
菜穂は『オムカレーライス』の文字を見つける。
「オムカレーライスもお願いします」
「はい、オムカレーですね。少々お待ちください」
マスターは手際よくコーヒーを淹れ始める。湯気が立ち上り、店内に香ばしい匂いが広がる。その香りを深く吸い込み、冷え切った体を温めた。
やがて湯気の立つホットコーヒーが目の前に置かれる。菜穂はカップを両手で包み込み、ゆっくりと口に運んだ。コーヒーの苦味と温かさがじんわりと体に染み渡る。
しばらくして熱々のオムカレーライスが運ばれてきた。
ふわふわの卵がカレーを優しく覆っている。スプーンで卵を割ると、中から湯気が立ち上りトロトロの卵が流れ出す。
トロトロの卵とカレーを米に絡めて一口食べる、その優しい味わいに心が温まるのを感じた。どこか懐かしい甘みのある家庭的な味だ。冷え切って縮こまった背中が熱々のカレーのおかげで自然と姿勢も正されて行く。
「美味しい♪」
「ありがとうございます。ゆっくりしていってください」
菜穂はオムカレーライスを夢中で食べる。雨の音も寒さも疲れも、すべて忘れてしまうほどにオムカレーは美味しかった。
「あの、本当に助かりました。温かいコーヒーと美味しいオムカレーライス、ありがとうございました。」
「いえいえ、どういたしまして。こんな雨の中大変でしたね。どちらへ?」
「四国をバイクで一周しようと思ってるんです。特に決まった目的地はなくて、とりあえず徳島駅に向かってるんですが、何かお薦めの場所ってありますか?」
マスターは、少し考え込むような仕草を見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「四国一周ですか。いいですねぇ。」
マスターはカウンターの下から一枚の古い地図を取り出した。それは使い込まれていて角が擦り切れている。
「徳島でしたら剣山(つるぎさん)なんてどうでしょう。四国で二番目に高い山で、古くから信仰の対象になっているんですよ。」
地図を覗き込むと、剣山は徳島県の西部に位置しているようだ。
「剣山ですか。どんなところなんですか?」
「山頂には太古の巨石群があって、神秘的な雰囲気が漂っています。リフトもあるので気軽に登れますよ。山頂からの眺めはそれはもう絶景です。」
マスターは目を細めて遠くを見るような表情になった。
「それから、大歩危・小歩危(おおぼけ・こぼけ)も良いですね。吉野川が長い年月をかけて作り出した渓谷で、スリル満点のラフティングが楽しめます。秋には、紅葉がとても美しい。」
あなたは、地図に記された大歩危・小歩危の文字を指でなぞる。
「ラフティングですか。ちょっと怖いけど、面白そうですね。」
「もし、歴史に興味がおありでしたら阿波おどり会館もお薦めです。阿波おどりの歴史を学べますし、実際に踊りを体験することもできます。
まあ、四国には見どころがたくさんありますから。ゆっくりと時間をかけて巡ってみてください。」
「ありがとうございます。とても参考になります。」
菜穂は地図をもう一度見つめる。剣山、大歩危・小歩危、阿波おどり会館。どこへ行こうか迷ってしまう。でも、それもまた旅の醍醐味なのかもしれない。
つづく。
最初は小さな雫だった雨粒が次第に勢いを増しヘルメットのシールドに叩きつけられる。菜穂は顔をしかめながらバイクの速度を落とす。
「やっぱり、降ってきたかぁ」
そう呟きレインウェアを着ようか迷う。
しかしバイクを停めて着替えるのも面倒だ。それにすぐに止むかもしれない。菜穂はそう考えそのまま走り続けることにする。
期待に反して雨はますます強くなる。視界は悪くなり路面は滑りやすくなる。菜穂は慎重に相棒を操り安全運転を心がけ目的地へと向かう。
雨の中を走るのは想像以上に疲れる。風圧と雨粒が体に容赦なく打ち付け体力を奪っていく。菜穂は何度も深呼吸をし集中力を維持しようとする。
「早くどこかで雨宿りしたい」
そう呟きながら道路脇に目を凝らす。周囲には人家も店もない。ただ山々と木々が連なっているだけだ。
菜穂は覚悟を決める。徳島駅まであと少し。このまま一気に行くしかない!
気合を入れながらも丁寧にバイクを走らせる。雨は容赦なく降り続け体が冷え切っていく。
雨はさらに強まりまるで滝に打たれているかのようだ。視界もほとんど効かず、前を走る車のテールランプがぼんやりと滲んで見える。もう限界だと感じ始めていた。
その時、ぼやけた視界の端に小さな光が飛び込んで来た。
『喫茶』と書かれた古めかしい看板が雨に濡れて光っている。菜穂な迷わずバイクを店の前に停めた。
喫茶店のドアを開けると温かい空気が体を包み込み、それだけで癒やされて行くようだ。
店内は薄暗くレトロな雰囲気で、壁には古い映画のポスターが貼られ音楽が静かに流れている。
先客はいないようで、カウンターの中には白髪のマスターが一人、静かにコーヒーを淹れている。
「いらっしゃいませ」
マスターの声は低く優しかった。菜穂は震える声で「すみません、少し雨宿りさせてください」と告げる。
「どうぞ、どうぞ。温まってください」
菜穂はカウンター席に座りメニューに目を落とす。ホットコーヒーの文字が目に飛び込んできた。
「ホットコーヒーをください。それと、、、」
菜穂は『オムカレーライス』の文字を見つける。
「オムカレーライスもお願いします」
「はい、オムカレーですね。少々お待ちください」
マスターは手際よくコーヒーを淹れ始める。湯気が立ち上り、店内に香ばしい匂いが広がる。その香りを深く吸い込み、冷え切った体を温めた。
やがて湯気の立つホットコーヒーが目の前に置かれる。菜穂はカップを両手で包み込み、ゆっくりと口に運んだ。コーヒーの苦味と温かさがじんわりと体に染み渡る。
しばらくして熱々のオムカレーライスが運ばれてきた。
ふわふわの卵がカレーを優しく覆っている。スプーンで卵を割ると、中から湯気が立ち上りトロトロの卵が流れ出す。
トロトロの卵とカレーを米に絡めて一口食べる、その優しい味わいに心が温まるのを感じた。どこか懐かしい甘みのある家庭的な味だ。冷え切って縮こまった背中が熱々のカレーのおかげで自然と姿勢も正されて行く。
「美味しい♪」
「ありがとうございます。ゆっくりしていってください」
菜穂はオムカレーライスを夢中で食べる。雨の音も寒さも疲れも、すべて忘れてしまうほどにオムカレーは美味しかった。
「あの、本当に助かりました。温かいコーヒーと美味しいオムカレーライス、ありがとうございました。」
「いえいえ、どういたしまして。こんな雨の中大変でしたね。どちらへ?」
「四国をバイクで一周しようと思ってるんです。特に決まった目的地はなくて、とりあえず徳島駅に向かってるんですが、何かお薦めの場所ってありますか?」
マスターは、少し考え込むような仕草を見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「四国一周ですか。いいですねぇ。」
マスターはカウンターの下から一枚の古い地図を取り出した。それは使い込まれていて角が擦り切れている。
「徳島でしたら剣山(つるぎさん)なんてどうでしょう。四国で二番目に高い山で、古くから信仰の対象になっているんですよ。」
地図を覗き込むと、剣山は徳島県の西部に位置しているようだ。
「剣山ですか。どんなところなんですか?」
「山頂には太古の巨石群があって、神秘的な雰囲気が漂っています。リフトもあるので気軽に登れますよ。山頂からの眺めはそれはもう絶景です。」
マスターは目を細めて遠くを見るような表情になった。
「それから、大歩危・小歩危(おおぼけ・こぼけ)も良いですね。吉野川が長い年月をかけて作り出した渓谷で、スリル満点のラフティングが楽しめます。秋には、紅葉がとても美しい。」
あなたは、地図に記された大歩危・小歩危の文字を指でなぞる。
「ラフティングですか。ちょっと怖いけど、面白そうですね。」
「もし、歴史に興味がおありでしたら阿波おどり会館もお薦めです。阿波おどりの歴史を学べますし、実際に踊りを体験することもできます。
まあ、四国には見どころがたくさんありますから。ゆっくりと時間をかけて巡ってみてください。」
「ありがとうございます。とても参考になります。」
菜穂は地図をもう一度見つめる。剣山、大歩危・小歩危、阿波おどり会館。どこへ行こうか迷ってしまう。でも、それもまた旅の醍醐味なのかもしれない。
つづく。
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