【完結】結城菜穂の日本一周バイク旅

永倉伊織

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第5話 鳴門→霊山寺

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菜穂は喫茶店のマスターにもう一度お礼を言う。

「本当にありがとうございました。おかげでこれからどうしようかワクワクしてきました。」

店を出て相棒に跨がる。

雨に濡れた相棒は御機嫌斜めなのかエンジンのかかりが悪い。相棒をなだめながらもう一度エンジンをかける、すると『後でちゃんと雨を拭いてよね』という感じで渋々エンジンがかかる。

菜穂は苦笑しながら地図アプリを開き、現在地からのルートを確認する。マスターの勧めてくれた場所も魅力的だったが鳴門の渦潮は是非見てみたい。

となると、鳴門の渦潮を見てから一番札所の霊山寺を経由し、阿波おどり会館へと向かうのが良さそうだ。そこから南下すれば高知県へと繋がっている。

菜穂は御機嫌斜めな相棒を鳴門方向へ走らせる。雨はまだ降り続いているが先程のコーヒーとオムカレーライスのおかげで体は温まっている。

鳴門へと向かう道は山間を縫うように走っている。雨に煙る山々の緑が目に鮮やかだ。時折霧が立ち込め幻想的な風景が広がる。

しばらく走ると道路標識に『鳴門』の文字が現れた。渦潮が見える場所まではもう少し距離があるようだ。相棒を慎重に走らせ引き続き鳴門へと向かう。


しばらく走ると雨は小降りになり視界も開けた。遠くに海が見えて、灰色に染まった海は荒々しく波打っている。

菜穂は展望台のような場所にバイクを停めた。そこからは鳴門海峡が一望できる。

残念ながら雨と霧のせいで視界が悪い。辛うじ、海面が渦巻いているかな?と分かる程度だ。

(仕方ないか)

自然が相手ではどうしようもない。

諦めてバイクに戻ろうとしたその時、背後から声が聞こえた。

「お姉さん、観光?」

振り返ると、傘をさした20歳前後くらいの若い女性が立っていた。

「ええ、まぁ、渦潮を見に来たんだけど、雨で見えないですね。」

「今日はダメみたいですね。私も地元の人に勧められて来たんですけど、かろうじて見える、、、かなぁ?」

二人で目を凝らし渦潮を見ながら世間話をする。

彼女は香川県の大学に通う20歳。出身は広島県で、四国は大学に入学してから初めてなので暇を見つけては四国を旅行をしているらしい。


「この後、どうするんですか?」

「霊山寺と阿波おどり会館に行こうかと思ってます。」

「私も阿波おどり会館に行こうと思ってたんです!もしよかったら一緒に行きませんか?」と彼女は目を輝かせている。

「実はフルフェイスの他にも気温が高い時用にハーフヘルメットを持って来てるんです。もしよかったら一緒にバイクで行きませんか?」

女性は目を丸くして驚いた。

「えっ?!いいんですか?でも、二人乗りって、、、」

「大丈夫ですよ。何度か友達を乗た事もあるし、安全運転を心がけてゆっくり走りますから」

「じゃっ、じゃあ、お言葉に甘えて、お願いします!」と、嬉しそうに言った。

菜穂はカバンからハーフヘルメットを取り出し女性に手渡す。

「これ使ってください。」

「ありがとうございます。なんだか映画の『モーターサイクルダイアリーズ』みたいでワクワクしますね♪」

「っ?!」

菜穂はまさか、若き日のエルネスト・ゲバラが友人とバイクで旅をする『モーターサイクルダイアリーズ』のような渋い映画のタイトルが出て来るとは思わず、驚き過ぎて声が出なかった。


「すいません、知らないですよね」

「いえ、エルネストが友人とバイクで旅に出る映画ですよね。実はDVDを持ってるんです。」

「えぇー?!」


今度は女性が驚く番だった。

こんなマイナーな映画を知ってる人に会えて驚くやら嬉しいやらで騒ぐ女性を、とりあえず相棒の後ろに乗せて出発する。

雨は既に止み、空には薄日が差してきた。

鳴門の海はまだ灰色だが、少しずつ明るさを取り戻しつつある。

菜穂は霊山寺へと向かって相棒を走らせる。後ろからは『モーターサイクルダイアリーズ』て、どのシーンが好きだとか、バイクの後ろに乗るのが憧れだったとか、女性の楽しそうな声が聞こえてくる。

「風が気持ちいいですね。こういう経験は初めてで凄く楽しいです!」

菜穂は少し照れながら「私も凄く楽しいです。」と答える。

霊山寺までの道のりは美しい自然に囲まれている。緑豊かな山々、清らかな川の流れ、そして時折見え隠れする集落の風景。

菜穂は自分の旅の目的を改めて考える。それは過去の傷を癒し、新たな自分を見つけること。そして、この四国での出会いを大切にすること。

しばらくして無事に霊山寺に到着した。バイクを駐車場に停め女性と共に境内へと向かう。

「わぁ~、なんだか空気が澄んでいる気がします。」

女性は興奮した様子で周りを見渡している。

菜穂は霊山寺の荘厳な雰囲気に圧倒されながら静かに手を合わせた。





つづく。
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