【完結】結城菜穂の日本一周バイク旅

第１０話 御当地料理と高知の夜

菜穂は再び市場を歩き出す。

『ペラ焼き』手軽に食べられそうなその響きに心が惹かれる。小麦粉をベースにした生地に、ネギや肉を混ぜて焼き上げたものらしく、香ばしい匂いが食欲をそそる。

しかし、隣の店の『ジャン麺』も菜穂の心を捉えて離さない。

高知のご当地ラーメンで、トロミのあるスープに溶き卵、ニラ、モツがたっぷり入っていて『ご飯に合う』がコンセプトのラーメンらしい。

明日への活力が湧いて来るような濃厚な味わいを想像してしまう。

ふと、最初の店で食べた『鰹のたたき』が再び頭をよぎる。あの香ばしさととろけるような舌触り、あれはもう一度食べたい。

そして高知の名物『龍馬バーガー』も気になる。坂本龍馬の名前を冠した特別なハンバーガー。どんな味がするのだろうか。

『鰹のたたき』と『龍馬バーガー』は、今日の宿に持ち帰って、ゆっくりと味わうのも良いかもしれない。そうすれば今すぐどちらかを選ぶ必要はない。

菜穂は市場の喧騒の中で食べたいものをあれこれと思案する。どの店も美味しそうで、なかなか決めることができない。まるで人生の選択肢を目の前に突きつけられているかのようだ。

菜穂は一つ一つのお店をゆっくりと見て回ることにする。それぞれの店構えやメニュー、そして店員さんの笑顔。それらをじっくりと観察しながら今日の夕食を決めるのだ。

しばらく歩いた後、菜穂はペラ焼きの屋台に足を止める。香ばしい匂いが鼻をくすぐり無意識のうちに列に並んでいた。

焼手際の良い店員さんの動きに見惚れていると、あっという間に菜穂の番が来た。

「ペラ焼き、一枚！」

熱々のペラ焼きを受け取り、一口頬張る。小麦粉の優しい甘さとネギの風味が絶妙にマッチしている。これはビールに合いそうだ。

ペラ焼きを片手に、今度はジャン麺の店へ向かう。カウンターに座りジャン麺を注文する。目の前で調理される様子を見ていると期待が高まる。

「はい、お待ち！」

湯気が立ち上るジャン麺が運ばれてきた。豚骨醤油の濃厚な香りが食欲をそそる。まずはスープを一口。ああ、疲れた体に染み渡るようだ。ニラとモヤシのシャキシャキとした食感も楽しい。

菜穂は一心不乱に麺を啜る。濃厚なスープが麺によく絡み口の中に旨味が広がる。これはたまらない！

ジャン麺を食べ終え、お土産に龍馬バーガーを買うことにする。高知の思い出を持ち帰ろう。

さらに市場を散策していると、『酒盗』と『鰹スティック』の文字が目に飛び込んできた。これは日本酒のつまみに最高だろう。迷わず購入する。

そして高知の銘酒のコーナーへ。

ずらりと並んだ地酒の中から、一本選んだ。今夜は高知の味をじっくりと堪能しよう。

両手に食べ物と酒を抱え、菜穂はひろめ市場を後にする。満腹で気分も上々だ。ホテルに戻り龍馬バーガーと地酒を味わうのが楽しみで仕方がない。


◇　◇　◇


ビジネスホテルに戻り、まずはシャワーを浴びる。

温かいお湯が、一日バイクで走り回った疲れをゆっくりと癒していく。

さっぱりとした気分になった菜穂はテレビを付け、映し出された高知県のローカル番組を観る。方言が飛び交いどこか懐かしい雰囲気の映像が流れている。

冷蔵庫で冷やしておいた高知の銘酒を取り出しグラスに注ぐ。透き通った液体がほのかに輝いている。ひろめ市場で買った酒盗とカツオスティックを皿に盛り付け準備万端だ。

菜穂はテレビを見ながら酒盗を箸で少しつまみ口に運ぶ。独特の塩辛さと凝縮された旨味が広がる。これは日本酒に合わないわ訳が無い！

続いてカツオスティックをかじる鰹の風味が口いっぱいに広がり後を引く。

グラスを傾けゆっくりと日本酒を味わう。芳醇な香りとまろやかな口当たりが心地良い。テレビの音、お酒の香り、そして肴の味が、菜穂の五感を満たしていく。

これほどの贅沢は無いのではなかろうか。

窓の外に、高知の夜景が広がっていて、街の灯りがまるで星のように瞬いている。日本酒の入ったグラスを片手に静かに夜景を眺める。今日一日の出来事を思い出し明日からの旅に思いを馳せる。





つづく。