【完結】結城菜穂の日本一周バイク旅

第１４話 贅沢

エンジンの鼓動が菜穂の高揚感をさらに高める。道の両側に広がる景色はますます緑豊かになり、空気はより一層澄んでくる。

先ほどの老人の言葉を反芻する。「自分の心に正直に」。その言葉がまるで羅針盤のように、菜穂の進むべき方向を示しているかのようだ。

しばらく走ると視界が開け雄大な川が現れた。

四万十川だ。

「すごい、、、」


菜穂は思わず言葉を漏らす。どこまでも広がる川の流れは、まるで生きているかのようだ。

その水面は太陽の光を浴びてキラキラと輝き、周囲の緑を映し込んでいる。川岸には豊かな緑が生い茂りそのコントラストが息をのむほど美しい。

菜穂は相棒を停め、四万十川のほとりに立つ。

川のせせらぎが心地よく耳に響き心が洗われるようだ。目を閉じ深呼吸をする。四万十川の匂い、土の匂い、草の匂い、自然の香りが体中に染み渡っていく。

菜穂はただただ、その雄大な景色に見入る。

四万十川はまるで悠久の時を刻んでいるかのようだ。その流れはゆっくりと、しかし確実に海へと向かっている。菜穂ほその流れを見ていると、自分の悩みや迷いがすべて洗い流されていくような気がする。

どれくらいの時間が経っただろうか。菜穂は我に返り再び相棒
に跨る。

四万十川沿いの道をゆっくりと走り始める。川の流れに沿って、どこまでも続く道。その先に、何が待っているのだろうか。



しばらく走り、菜穂は相棒を安全な場所に停車させヘルメットを脱ぐ。四万十川の雄大な景色を背にスマートフォンのマップアプリを開き今夜の宿を探し始める。

画面をスクロールしていくと、目に留まったのは四万十川を見下ろす高台に位置する一軒のコテージだった。

木造の温かみのある外観で、大きな窓からは四万十川の美しい景色が一望できる。詳細を見ていくと室内は清潔感がありアメニティも充実しているようだ。

少しばかり贅沢かもしれない。しかし、最近YouTubeにアップロードした四国での旅の動画が、予想以上に再生回数を伸ばしている。

美しい景色が多くの人の心を捉えたのだろう。菜穂はその収益を今回の旅の宿代に充てることに決める。せっかく四国に来たのだから少し贅沢をしても良いだろう。

菜穂はコテージの予約を済ませ相棒に跨り再び走り出す。

目的地は四万十川を見下ろす高台にあるコテージ。ハンドルを握る手に力がこもる。どんな景色が待っているのだろうか。

四万十川沿いの道を走りながら、菜穂は今日出会った人々や景色を思い返す。

小さな祠で出会った老人、道ですれ違ったトライアンフ乗り。そして、目の前に広がる雄大な四万十川。すべての出会いが菜穂の心を豊かにしてくれる。

コテージまでの道のりはまだ少し長い。しかし焦る気持ちはない。ゆっくりと四万十川の景色を楽しみながら、目的地を目指す。




目の前に現れたのは、想像をはるかに超える可愛らしいコテージだった。

「わあ、、、」


思わず声を上げる。木製の温かい外観は周囲の緑に溶け込むように佇んでいる。大きな窓からは四万十川が眼下に広がりその雄大な景色がまるで絵画のように切り取られている。

菜穂はコテージのドアを開け中に足を踏み入れる。

木の香りがふわりと鼻をくすぐり心が安らぐ。室内は隅々まで清掃が行き届いており清潔感にあふれている。

家具はシンプルだがセンス良く配置されており、居心地の良い空間を作り出している。

驚いたことに、キッチンにはIHコンロが設置されていた。これなら簡単な料理もできる。

菜穂はリュックから昨日市場で買った食材を取り出す。四万十川の恵みを受けた新鮮な野菜や、川魚。今夜は、これらの食材を使って簡単な料理を作ってみようか。

窓際に立ち、再び四万十川の景色を眺める。夕日に照らされた川面はオレンジ色に染まり幻想的な雰囲気を醸し出している。この景色を見ていると心が洗われるようだ。

深呼吸をしコテージの中を探索する。

ベッドはふかふかで、今夜はぐっすり眠れそうだ。

バスルームにはアメニティグッズも充実している。至れり尽くせりとはまさにこのことだろう。

コテージのテラスに出て椅子に腰掛ける。四万十川のせせらぎが心地よく耳に響く。目を閉じ、自然の音に耳を澄ませる。鳥のさえずり、虫の音。そして、川の流れる音。

ただただ、その静寂の中に身を置く。『何もしない』という選択肢がある贅沢。これぞまさに旅の醍醐味なのかもしれない。





つづく。