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第五話 責任の所在
第五話 責任の所在
王宮の廊下は、いつもより足音が多かった。
急ぎ足。 ひそひそ声。 視線を逸らす官僚たち。
すれ違うたびに、アルヴィオンは苛立ちを覚える。
何だというのだ。
婚約を解消しただけだ。 愛を選んだだけだ。
それのどこに問題がある。
「殿下」
控えていた近衛騎士が、低く告げる。
「陛下がお呼びです」
胸の奥が、わずかにざわつく。
父王は滅多に感情を露わにしない。 だが、今朝の召喚は急だった。
謁見室の扉が開く。
広い空間の中央に、国王が立っている。 椅子には座っていない。
それだけで、空気が重い。
「アルヴィオン」
低く、よく通る声。
「婚約を破棄したそうだな」
「はい。真実の愛を――」
「聞いておらぬ」
言葉が、遮られる。
一瞬、静寂。
「聞いておるのは、なぜ保証契約が停止したのか、だ」
アルヴィオンは言葉を失う。
「……それは、形式的な問題で」
「形式が、国を支えているのだ」
父王の視線は冷たい。
「カーディス公爵家は、我が国最大の財務支援者だ。婚約は、その信頼の象徴でもあった」
象徴。
その意味を、アルヴィオンは深く考えたことがなかった。
「婚約破棄は、私の自由では?」
「自由には責任が伴う」
国王の声が一段低くなる。
「お前は王太子だ」
沈黙。
それは叱責というより、宣告に近い。
「保証停止により、三件の事業が凍結された。軍備改革、港湾整備、そして教育基金だ」
アルヴィオンの喉が渇く。
それは彼が誇ってきた功績。
演説で語り、称賛を浴びてきた実績。
「……再交渉すれば」
「お前は公に破棄を宣言した」
父王の視線が鋭くなる。
「その責任は誰が負う」
答えられない。
言葉が見つからない。
「アデルフィーナ嬢は、冷静に契約を処理しただけだ」
国王は淡々と言う。
「責任を果たしているのは、どちらだ」
アルヴィオンの拳が震える。
その頃、カーディス公爵邸。
書斎には静かな光が差し込んでいる。
アデルフィーナは一枚の書類に目を通していた。
――保証停止に伴う、二次影響一覧。
予想通り。 だが想定より早い。
「王宮は混乱しております」
執事が報告する。
「陛下が殿下をお叱りになったとか」
「そうでしょうね」
アデルフィーナはペンを置く。
「国王陛下は、契約を重んじるお方です」
「殿下は、再考を望まれているとのことですが」
「再考」
彼女はゆっくりと繰り返す。
「公に宣言なさったものを、どう再考なさるのでしょう」
侍女が小さく問う。
「お嬢様は、殿下をお嫌いなのですか?」
アデルフィーナは少し考える。
嫌い。
その言葉は、感情的すぎる。
「いいえ」
「では……」
「失望したのです」
静かな答え。
「殿下は、私を“便利な存在”としか見ていらっしゃらなかった」
書類を閉じる。
「婚約とは、未来を共有する約束です」
彼女の声は穏やかだ。
「ですが殿下は、責任を共有する気がなかった」
それだけ。
怒りはない。 涙もない。
ただ、線を引いた。
王宮では、再び声が荒れる。
「私は悪くない!」
アルヴィオンの叫びが響く。
「契約書にそんな一行があるなど、知らなかった!」
国王の目が細まる。
「読まなかったのだろう」
痛烈な一言。
「署名とは、理解の証だ」
アルヴィオンは黙る。
確かに、署名した。 だが読んではいなかった。
「責任とは、知らなかったでは済まぬ」
国王は背を向ける。
「今後の継承について、再検討する」
その言葉は重い。
継承順位。
王太子の地位。
それが、揺らぐ。
アルヴィオンの背中に冷たい汗が流れる。
一方、カーディス邸では紅茶の香りが広がっていた。
アデルフィーナは窓の外を見る。
庭では薔薇が咲き始めている。
棘は鋭い。
だが花は美しい。
「お嬢様」
執事が静かに告げる。
「王宮より再度の使者が参っております」
「通してください」
扉が開く。
現れたのは、王宮の高官。
先日より顔色が悪い。
「カーディス令嬢、殿下が直接お会いしたいと」
「お断りいたします」
即答。
「ですが……」
「婚約は破棄されました」
柔らかな微笑み。
「私が責任を負う立場ではございません」
高官は言葉を失う。
アデルフィーナは続ける。
「責任の所在は、明確ですわ」
その一言は、刃のように静かだ。
王太子は、愛を選んだ。
彼女は、契約を守った。
その違いが、今、国を揺らしている。
歯車は、さらに大きく動き始めた。
そして誰もまだ知らない。
この揺らぎが、 王太子の未来そのものを崩すことになることを。
王宮の廊下は、いつもより足音が多かった。
急ぎ足。 ひそひそ声。 視線を逸らす官僚たち。
すれ違うたびに、アルヴィオンは苛立ちを覚える。
何だというのだ。
婚約を解消しただけだ。 愛を選んだだけだ。
それのどこに問題がある。
「殿下」
控えていた近衛騎士が、低く告げる。
「陛下がお呼びです」
胸の奥が、わずかにざわつく。
父王は滅多に感情を露わにしない。 だが、今朝の召喚は急だった。
謁見室の扉が開く。
広い空間の中央に、国王が立っている。 椅子には座っていない。
それだけで、空気が重い。
「アルヴィオン」
低く、よく通る声。
「婚約を破棄したそうだな」
「はい。真実の愛を――」
「聞いておらぬ」
言葉が、遮られる。
一瞬、静寂。
「聞いておるのは、なぜ保証契約が停止したのか、だ」
アルヴィオンは言葉を失う。
「……それは、形式的な問題で」
「形式が、国を支えているのだ」
父王の視線は冷たい。
「カーディス公爵家は、我が国最大の財務支援者だ。婚約は、その信頼の象徴でもあった」
象徴。
その意味を、アルヴィオンは深く考えたことがなかった。
「婚約破棄は、私の自由では?」
「自由には責任が伴う」
国王の声が一段低くなる。
「お前は王太子だ」
沈黙。
それは叱責というより、宣告に近い。
「保証停止により、三件の事業が凍結された。軍備改革、港湾整備、そして教育基金だ」
アルヴィオンの喉が渇く。
それは彼が誇ってきた功績。
演説で語り、称賛を浴びてきた実績。
「……再交渉すれば」
「お前は公に破棄を宣言した」
父王の視線が鋭くなる。
「その責任は誰が負う」
答えられない。
言葉が見つからない。
「アデルフィーナ嬢は、冷静に契約を処理しただけだ」
国王は淡々と言う。
「責任を果たしているのは、どちらだ」
アルヴィオンの拳が震える。
その頃、カーディス公爵邸。
書斎には静かな光が差し込んでいる。
アデルフィーナは一枚の書類に目を通していた。
――保証停止に伴う、二次影響一覧。
予想通り。 だが想定より早い。
「王宮は混乱しております」
執事が報告する。
「陛下が殿下をお叱りになったとか」
「そうでしょうね」
アデルフィーナはペンを置く。
「国王陛下は、契約を重んじるお方です」
「殿下は、再考を望まれているとのことですが」
「再考」
彼女はゆっくりと繰り返す。
「公に宣言なさったものを、どう再考なさるのでしょう」
侍女が小さく問う。
「お嬢様は、殿下をお嫌いなのですか?」
アデルフィーナは少し考える。
嫌い。
その言葉は、感情的すぎる。
「いいえ」
「では……」
「失望したのです」
静かな答え。
「殿下は、私を“便利な存在”としか見ていらっしゃらなかった」
書類を閉じる。
「婚約とは、未来を共有する約束です」
彼女の声は穏やかだ。
「ですが殿下は、責任を共有する気がなかった」
それだけ。
怒りはない。 涙もない。
ただ、線を引いた。
王宮では、再び声が荒れる。
「私は悪くない!」
アルヴィオンの叫びが響く。
「契約書にそんな一行があるなど、知らなかった!」
国王の目が細まる。
「読まなかったのだろう」
痛烈な一言。
「署名とは、理解の証だ」
アルヴィオンは黙る。
確かに、署名した。 だが読んではいなかった。
「責任とは、知らなかったでは済まぬ」
国王は背を向ける。
「今後の継承について、再検討する」
その言葉は重い。
継承順位。
王太子の地位。
それが、揺らぐ。
アルヴィオンの背中に冷たい汗が流れる。
一方、カーディス邸では紅茶の香りが広がっていた。
アデルフィーナは窓の外を見る。
庭では薔薇が咲き始めている。
棘は鋭い。
だが花は美しい。
「お嬢様」
執事が静かに告げる。
「王宮より再度の使者が参っております」
「通してください」
扉が開く。
現れたのは、王宮の高官。
先日より顔色が悪い。
「カーディス令嬢、殿下が直接お会いしたいと」
「お断りいたします」
即答。
「ですが……」
「婚約は破棄されました」
柔らかな微笑み。
「私が責任を負う立場ではございません」
高官は言葉を失う。
アデルフィーナは続ける。
「責任の所在は、明確ですわ」
その一言は、刃のように静かだ。
王太子は、愛を選んだ。
彼女は、契約を守った。
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歯車は、さらに大きく動き始めた。
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