神の壜(カミのフラスコ)

ぼっち・ちぇりー

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終わり。

慎二郎の肋骨

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<おーい。おーい。おーい。>
「んっん。」
 あれからどれぐらい時間がたっただろうか、陽の光を浴びていない人間に対する実験。
 体内時計が徐々に狂ってきて、徐々に奇行を起こすアレ。
 それゆえ俺はあれからどれぐらい時間がたったか分からなかった。
「あれからどれぐらい時間がたった? 」
<ごめんね。君の場所を特定するのに、三日もかかっちゃった。坂上は着々と処刑の準備を進めているって言うのに。なんせそこ一帯は呪符で張り巡らされているからさ。多分君の力を弱めるためだろうね。>
「一ヶ月だと思ってた。」
<オーバーだね君。さては私の詮索能力を、舐めてたなぁ。あ、そうそう、そっちに人をよこしたから。とりあえず逃げてきて。君、こそにいても殺されるだけだよ。>
「なぁ椿井。この世界の悪ってなんだと思うか? 」
<もう私たちにそれ聞く? >
 彼女は真剣な口調で答えた。
<溢れた人たちじゃ無いかな。>
<私の故郷はね、極東の小さな村にあったの。でもね、聖が攻めてきた時に……>
<ミシュマッシュの人たちはみんな同じ。私と同じように故郷を見殺しにされた伊桜里や、親殺しの罪を着せられた元聖のドミートリー、故郷やそこに住む人を聖に奪われた梓帆手さん。みんな居場所を無くした人たちなんだ。>
<だからね。今の君の気持ちも分かるよ。私たちは君と同じ。大丈夫。私たちは裏切らない。>
 牢の壁が光り輝く。
 一辺、また一辺と光り輝く直線が引かれ、そうだ、扉だ。扉がくり抜かれて……
 なかから出てきたのは、額にブローチをつけた少女だった。
「あ…ああ。」
 天使だ。
 俺は立ち上がるが、足枷に足を掬われて(もう踏ん張る気力すら無いので。)
 彼女に倒れ込んでしまった。
 少女はがっちり俺を受け止めると、
「内臓も、体もだいぶやられているね。大丈夫。僕の能力ならなんとかなるよ。」
 と低い声でそう言った。
「大丈夫だ。俺は鬼だからな。」
「じっとしてて。」
 彼女はポケットから塗り薬を出すと、俺のあちこちに塗りたくった。
「ベトベトする。」
「ごめんね。もう少し我慢してて。」
 彼女はベトベトになった俺をもう一度強く抱きしめる。
 彼女の服にも薬がついてしまっているのが分かる。
 俺はそんなことも気に留めず、情けない声を上げた。
「早く連れて行ってくれ。お前らのところに。もうここに俺の居場所なんて無いんだ。」
 彼女は俺のことをギュッと抱きしめる。
 そしてさっきとは別の優しい口調で答えた。
「うん、帰ろう、僕たちのアジトに。」
「でもね。今の君の状態では、銃鬼の代償を治癒することは出来ない。今、君の呪具は封印されているけど、開封すれば、また君の代償は進行することなっちゃうんだ。」
「極長室に慎二郎の肋骨がある。そこに向かおう。」
 身体が動かない。
 立とうとする意志はあるのだ、しかし、それを大き尽くすような虚無感が俺を襲って、俺はいつまで経っても立つことが出来ない。
<早く立って、慎二……>
 体に力が入らない。
「もう……もう無理だよ。俺は何のために聖を殺してきたんだ。全部アイツらに踊らされていただけじゃねえか。もう良いよ。世界の命運だとか、誰が神を殺そうが、誰が神になろうが、この世界の外の話とか全部どうでも良いんだよ。」
<いえ、慎二、あなたの復讐には意味があったわ。あなたの右手に握られているその拳銃。あなたは母親の仇をたったの。>
「父さんが生きれいれば、凛月が契約解除されなければ、母さんは聖にあんなことをされる必要もなかった。父さんは最強なんだ。誰にも負けないんだ。そうだ。凛月さえ取り上げられて無ければ。」
 
<いい加減にしろ。このクソガキ。>

<さっきから私が優しくしてやれば、屁理屈ばっかり。男のくせに情けなくないの? アンタよ。戦場に出て極東を援護するって言ったのは。それもこれも全部アンタの責任でしょうが。>
 全部正しい彼女の言っていることは、しかし俺はその言葉に納得出来なかった。
「……アンタらだって極長と同じじゃ無いか。」
<なんですって? >
「俺がカーミラを殺すまで待っていたんだろ?」
「俺が極東を抜けざる追えなくなるまで、そのタイミングを見計らっていたんだ。そして、後にも先にも引けなくなった時、そうやって助けるフリをして。心の中では笑ってるんだろ。」
「女はみんなそうだ。打算で生きている。嘘ばっかりついて。」
<嘘つきはアンタも同じでしょ。長い間女の子に嘘ついて幼馴染のふりをして、良いご身分ね。>
「亜星ちゃん!! 」
 俺は柔らかい体に包まれた。
 暖かい匂い。俺は分かった。この子は心から俺のことを気にかけてくれているって。
「ごめんね慎二。君をこんな形で迎えることになってしまって。でも僕たちは絶対に君を見捨てたりしないから。」
 少女は立ち上がると、牢の鍵を右手から放り出した木の蔓でこじ開けた。
「僕が肋骨を取りに行く。それで問題ないかい?亜星ちゃん。」
<無理よ戻りなさい。あなたの能力はあまり戦闘向きではないんだから。それに、肋骨は触れているだけで生命力を吸い取られるわ。あなたも七宝刃やシド・ブレイクみたいになりたくないでしょ? >
「行くよ。僕みたいな役立たずでも誰かの役に立てるんだ。世界を揺るがすようなすごい人の役にね。」
<待ちなさい牡丹。>
 彼女の手を引いたのは俺だった。
「慎二? 」
「お前のお陰で動くようになったよ。ありがとな。」
「よかったーお薬、ちゃんと効いたんだね。流石アルブさんだ。」
「え…ああ、そうだ。薬が効いてきた。身体が動くようになったんだ。よし行くぞ。」
 俺は彼女を後ろにつける。
「俺の前から出るな。俺は余程のことがない限り死なねえがお前は違う。」
 彼女は微笑んだ。
「ありがとう慎二。なんか新鮮。ドミートリー兄さんにもこんなことされたこと無いからさ。」
「ん? 何? 私の顔に何かついてる? 」
 俺は顔を背けた。
「なんでも無いさ。さぁ行くぞ。」
 そこに椿井が思念を送ってくる。
<さっきはごめんなさい。取り乱したわ。そのまま真っ直ぐ進んで、その先に極長室がある。>
「知っている。ナビゲートは肋骨を取った後でいい。それまで、能力を察知されないように、気をつけて置いてくれ。極東には例田って言う恐ろしいテレパス使いがいる。」
<へー私と同じ能力者ねぇ。一度会ってみたいものだわ。>
「そのうち会うことになるぜ。嫌でもな。」
 極長室をノックする。
 二回。
 反応はない。
 俺はドアを開けて銃鬼をディスクへと向ける。続いて右、そして左、
 ふう、どうやらやつも安心して床についたみたいだな。
 一生寝てろクソ野郎。
 後ろから牡丹が入ってくる。
「慎二? 肋骨の位置、分かる? 」
「どうせ引き出しに入っているに決まっている。奴のことだしな。仕事の合間に引き出しを開けてはニコニコしてるんだろう気持ち悪い。」
「へへへッ。」
 はしゃぐ彼女の奥襟をがっちり掴む。
「まて俺が開ける。罠がついてるかも知れない。」
 俺は恐る恐る引き出しを開ける。
「ガチャッ。」
 しかし何も起こらない。
 中には培養液に満たされた光り輝く骨が入っていた。
 俺は手に取った瞬間、何かの力に引かれ、取り出しボタンを押すと、手に取る。
 間違いない。これは父の一部だ。
「グッドイブニーング慎二死刑囚。」
「やはり助けに来たね。」
「うせろ気狂い。」
 俺は銃鬼のトリガーを引いた。
 坂上は反動で飛び上がると、そのまま倒れ、地面に生暖かい真紅の液体を放出させる。
 その後ろから、死体を踏み潰したの坂上が入ってきた。
「いきなり撃つなんて酷いじゃないか。なぁ。」
 俺は焦る手で、もう一発を喰らわせる。
 彼の喉に銃弾が命中し、貫通し、奴は口を開けたまま絶命する。
「全くせっかちだよな君は。」
「その性格。好きじゃないけど、嫌いでもないよ。」
「そういうとこだよキミぃ。」
「安心したまえ。ただのクローンだよ。君のような野蛮な輩が多いこと多いこと。」
「ああ、銃鬼をおろしたまえ。私だって撃たれりゃ痛いんだよ。クローンの痛みがね、記憶を介して、オリジナルに響くんだ。君だって死なないけど、斬られりゃ痛いだろ? 」
        
       ・
       ・
       ・

 気がつくと、俺たちは大量の坂上に囲まれていた。
 俺は絶句する牡丹の手をひき、胸に肋骨を押し込むと、極長室を後にした。
「椿井、どこだ? どこへ行けばいい? 」
<突き当たりを左、そのまま真っ直ぐ、次を右。そこにユグドラシルのバックドアがあるから。>
「分かった。さっきは俺も悪かったな。帰ったらちゃんと埋め合わせはする。救ってくれたことも含めてな。」
<それは? ここ極東から救い出してあげたこと? それとも泥沼から? >
「調子に乗んな。」
 突き当たりを左、そのまま真っ直ぐ、次を右。
 その先には……
「隊長ッ。」
「やあ慎二。こんな夜更けにどこへ行く? トイレか? それなら牢の中にあっただろ? 詰まったのか? 我慢しろ。他の囚人も皆同じ境遇だ。」
 よりによって……だ。
 いや、そりゃそうだろう。
 抜け目のないアイツなら、七宝なら。
 俺は銃鬼を構える。
「下がってろ牡丹。コイツは俺が引き受ける。」
「分かったよ慎二。僕も出来るだけ早くバックドアを開くから。それまで持ち堪えてて。」


 
 


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