神の壜(カミのフラスコ)

ぼっち・ちぇりー

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平等社会へ

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 光が消失し、世界に色が戻る。
 本堂が生きていることを確認した俺は、凛月をピュンピュンと振るい、オーバーヒートした刀身を冷やす。
 それから腰にしまった。
 ゆっくりと彼へ近づくと、彼の胸ぐらを掴む。
「約束だ。千代を返してもらうぞ。」
「フフフ、自分の世界のことより、好いた女の事が気になるか? 」
 俺は右手を離した。
 支えを失った本堂が、尻餅をつく。
「当たり前だ。千代の命は世界より重い、俺にとってな。」
 本堂が手を叩くと、黒服の男女が千代を連れてきた。
 彼女の顔に安堵の表情が浮かぶ。
「慎二。」
 宜野座が本堂に彼女を渡した。
 そして、何を仕出かすかと思いきや。
 彼女の喉笛にナイフが当てがわれる。
 俺は腰の凛月に手を当てようとした。
「動くな。レプリカント。」
 カチャ。
 乾いたコッキングがコロシアムの至るところで響いた。
 俺は両手を上げる。
 凛月はオーバーヒートで、しばらく未知術を使えそうにないし、それよりも、能力を使わずに、この場にいるすべての黒服を処理して、人質の千代を本堂から助け出す力など俺にはもう残っていない。
「用意周到だな。俺に負けることも想定していたのか? 」
「慎二くん。君は有能だが喋りすぎる。自分の人生を振り返ってみたまえ? 自分の言動で事が悪い方に進んだことは一度や二度じゃなかっただろ? 」
「いや、無いな。そんなことは。俺のこの八年間でそんなことは一度も。」
「……随分と恵まれた人間じゃあないか。」
 恵まれている? 俺が?
 馬鹿げた野郎だ。
「ぐぁ。」
 どこかで叫び声が聞こえた。
 横目で見てみると、黒服が次々と倒れていく。
 観客たちのざわめきは、徐々に悲鳴へと変わっていった。
 黒服たちは、その謎の来訪者に釘付けになっている。
 俺は腰から凛月を取り出すと、鎖を振るい、本堂の小刀を弾く。
 彼は手から千代を離すと、一目散に逃げ出した。
 俺は左手で千代を抱き抱えると、本堂向けて叫んだ。
「アンタこそ。もう少し骨のある人間だと思っていたよ。失望した。」
 彼は逃げながらこちらに振り返り、言葉を吐き捨てる。
「この世界じゃコレが一番賢い生き方だ。私はこうやって長官に登り詰めた。」
「お前ら、アイツらを狙え!! 皆殺しだ。」
「奴らの仲間は絶対にポットから出すな? 催眠ガスも許可する。」
 返事はない。
 黒服たちは無言で俺たちに詰め寄ってきた。
「慎二ッ。」
 来訪者は周りの黒服を処理し終わると、空高くジャンプし、俺の背中に着地した。
「遅かったじゃねえか。」
 俺はこの男を知っている。
「悪い、始末書やら、上の人間との口裏合わせに時間を取られていた。」
 英雄。
 そうだ。
 今俺の背中には英雄がいる。
 タイミングが良すぎる。
 まるで、俺が本堂に勝つのを待っていたようじゃないか。
「随分と苦戦しているようじゃないか? 」
「そもそもアンタが、リベリオンを捕らえ無ければ、こうならなかったんじゃ? 」
 彼はすっとぼけた。
「随分と派手にやったモンだな。」
 コロシアムは、俺が暴れ回ったせいで、ボロボロになっている。
「そんなに大切なモンなら、肌身離さず持っとけ。」
「やっぱり見ていたんじゃねえか。俺と本堂の戦いを。」
「それじゃぁダメだよ。俺が出たら、全部終わっちゃうからな。」
 チッ。
「それに…コレはお前の戦いだった。違うか? 」
 ぐうの音も出ない。
「来るぞ慎二。手貸してやる。見せてやるよ。父の背中っていうのをな。」
「アンタを父親だと思ったことなんて無いねッ。」
 彼の背中は見えない。
 だって俺は彼と背中合わせになっているから。
 同時に地面を蹴り、真逆の方向へと走り出す。
 襲いかかってくる黒服を凛月で倒した。
 スーツの裏側に鉄板が仕込まれている。
 これなら手加減せずに懲らしめられそうだ。
 俺たちは回転し、交差し、黒服から千代を守った。
 観客席から、小物の声がする。
「動くなっ!! 」
 設置型のスナイパーライフルのようだが、銃口が桁違いの大きさをしていた。
「コイツはなぁ。まぁお前らには分からんだろうが、光銃。エネルギーガンだ。」
「お前らでも当たれば、ひとたまりもないだろうよ。大人しくその娘を下ろせ。」
 父が俺の心に直接話しかけてくる。
 肋骨だ。
 俺の中にいる肋骨を通じて、父が俺に意志を送る。
<三数える。そのうちに千代ちゃんを連れて逃げろ。>
<……その剣ならなんとか出来るってことか? >
<逆に出来ないことがあると思ったのか? この剣と俺に? >
 俺はその言葉を無視して、静かに頷いた。
<参>
<弍>
<壱>
[よくも我々に恥をかかせてくれたな。]
 液晶に、ちょび髭の力強いエネルギーを備えた男が映し出される。
 この世界の人間にはない、生気に満ち溢れた表情。
 間違いない。
 この男がこの世界を支配している男だろう。
 次第に液晶は、彼の顔で埋め尽くされる。
 観客席からは歓喜の声が上がった。
「総統閣下さまぁ。」
「ビックファーザーバンザ~イ。」

「「ビックファーザー。」」

「「ビックファーザー。」」

「「ビックファーザー。」」

「「ビックファーザー。」」

「「ビックファーザー。」」

 ワー!!
 拍手喝采が止まない。
 力尽きた人間から順番に倒れていく。
 倒れた人間を黒服たちが順番に運び出していく。
 彼らはどこに連れていかれるのであろうか?
 本堂は辺りを見回し、あたふたすると、民衆に紛れて拍手喝采を始めた。
「お前に聞いておるのだ本堂守!! 」
 力強い年季の入った声が、本堂を叱りつける。
 民衆の喝采が止む。
 辺りが静まり返った。
「はぁ、やだなぁ。異邦の夷たちに、社会の厳しさを教えていただけ。本堂に殺そうとなんてしていませんよ。」
「私になんの相談も無しにか? 」
「このような矮小なことで、閣下の貴重な時間を取らせるのは…… 」
「自惚れるなよ!! 」
 本堂がくすみ上がっている。
 俺は息を飲んだ。
 そこに慎二郎が割って入る。
「アンタが、この世界のトップか? 」
 ビックファーザーは右斜め上を見た。
 多分カメラは複数あって、そのうちの一つから俺の父を見ているのだろう。
「なんだ? お前は。」
 父は跪いた。
 敵国のトップに!!
「申し遅れました。私は桐生慎二郎。こちらの世界では……そうですね。参謀をやっております。」
 よくも口から出まかせを。
「フム、見苦しいところをお見せしましたな参謀殿。調停は後日行いましょう。うんうん、それが良い。この穴埋はキッチリとさせていただきますので。今日はどうかお引き取りを。」
 この後、本堂にどのような運命が待ち構えているかは、想像もついた。
「いえ、不躾とは存じますが。」
「調停は結構ですので、長官、本堂守をこちらによこしては下さらないですか? 」
 彼の眉が上がり、また下がった。
「この事件は平等社会が起こした国際問題ではなく、本堂守殿一人が起こされた不祥事です。彼を我々の国で、我々の無知蒙昧な法律で裁きたい。」
 彼は肯定しなかった。
「困りますぞ。参謀。その男は仮にでも国際政府公安課の長官。彼の肩書きにはそれ相応の責任が伴っている。そこらの平等社会人が、貴方がたに、唾を吐きかけたこととは訳が違う。」
 慎二郎はわざとらしく渋い顔をした。
「なら貴方の管理責任でもありますね。本堂がこのような企てをしていた時、貴方は何をしていたのですか? 」
 彼のこめかみに血管が浮かび上がる。
 憤死するかしないかと言ったところで、彼は思い止まり、静かに拳をテーブルにつく。
「…分かりました。本堂守の処分はそちらに任せましょう。」
「しかし…刑の執行には_____

「パチ パチ パチ パチ。」

 聞き覚えのある合いの手。
 
 液晶のビックファーザーは瞬く間に姿を消し、代わりに黒ぶち、黒服の男が代わりに映り込んだ。
「待っていたよ。この素晴らしき瞬間を。」
 

 



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