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ローランド大戦
英雄の血筋
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俺はアスィールの言葉の意味を理解した。
彼は図々しくも、俺に「世界のために犠牲になってくれ。」とそう言っているのだ。
普通断る。俺だってそうだ。
「分かった。」
俺は即答した。
なぜ、純血の慎二郎ではなく、俺を呼んだのか。
それは、俺が元ミシュマッシュの団員だったとか、神を倒したとかじゃない。
俺にしか頼めないから、そうしたのだ。
理由なんて聞かなくても分かる。
慎二郎は今、契約者や美奈たちを引き連れて、ローランド大陸を目指していることだろう。
口減しの難民を多く抱えながら。
「割田も蝠岡も、世界を守らせるために、英雄を創ったんだ。なら俺が生まれて来た理由だって決まっている。」
どうやら俺は宿命から逃れられないらしい。
英雄というその鎖から。
「君ならそう言ってくれると思っていた。」
Mが目を閉じて、静かに頷く。
それよりも気になるのは、周りが辛気臭い顔をしているということだ。
「気に入らねえな。いや、気に入られねえ顔をしているのは、お前らか? 」
「いやいや、お姉ちゃんだって、弟くんがいなくなっちゃうのは悲しいのよ。」
「俺に姉なんていねえよ。」
亜星のデコを優しく弾く。
「信じて送り出した弟子が、他国の王様の言いなりになっちゃうなんて。」
「お師匠様はそっち系の趣味がおありで? 」
脳天に優しくチョップする。
「ああ、悲しいよ。あの時は僕の胸に飛び込んで来てくれた慎二ともう会えないなんてさ。」
「雰囲気台無しなんだよ。」
溝内に軽く拳を当てる。
平常運転だ。
あんまりではないか? ここまで来ると逆に傷つく。
そうは思わないか?
「なーに? 引き止めて欲しかったの? でも、あいにく、新入りの入って来てまだ浅い下っ端くんに、思い入れなんて……」
彼女は目から溢れ出る塩水を人差し指で拭いながら、鼻を啜っている。
「来ましたよ。亜星さん。」
その聞き覚えのある声は……
「斥……お前も呼ばれたのか。」
「ほほう、面白いことになっているじゃないか。」
もちろん鏡子も一緒だ。
彼らが呼ばれた理由もだいたい分かる。
そして……
「やっほー亜星さん。」
黒澄千代、彼女の声を聞いて意思が揺らいでしまう。
「何で来た!! 」
俺は思わず彼女の両肩を掴んだ。
彼女はここに来るべきではなかった。
そうすれば極東から罰を受けることもないだろうし、俺のことなんか忘れて幸せに生きていけたはずなんだ。
「アンタには関係ないでしょ。私は亜星さんに用があって来たんだから。」
彼女は、顔を膨らませるとそっぽを向いてしまう。
「千代ちゃん、さぁさぁこっち、あんな鳥頭なんてほっといて私とお話でもしましょ? 」
俺は色々な感情が頭の中で渦巻き、動揺を隠せず、その怒りの矛先をMへと向けた。
「斥と鏡子は分かる。だけど何で千代を呼んだ!! 」
「任務に支障が出ると判断したからだ。」
「任務だ? そんなことのために彼女をこんな危険なことに巻き込んだのか? 」
「勘違いするなよガキ!! 」
俺はMに睨まれて、怯んでしまう。
「私が心配しているのは、お前の方だ桐生慎二。」
「お前は、あの子が人質に取られた時、任務を続行することができるか? 」
「彼女を殺すことができるか? 」
俺は黙り込んでしまう。
「沈黙か、肯定だな。笑止千万!! 青二才め、そんな軽い気持ちで世界を救うなどという戯言を良くも言えたものだな。」
「お前も同じだ!! お前の父ッ……」
伊桜里が彼を止めてくれた。
「誰だって、誰にだって大切な人はいますよ。」
「マスターは卑怯です。人の弱みに漬け込んで、私の弟子をいじめないでください。」
Mはしばらく考え込んでから、徐々に怒りを抑えたようだった。
「すまない、慎二くん。私も冷静さを欠いてしまったらしい。青二才は私の方だった。」
「この通りだ。」
「どうする。このことは、千代に伝えるべきか? 」
不器用なミーチャが精一杯の誠意で、俺を気遣おうとしてくれている。
「大丈夫。ほとぼりが冷めるまで、彼女は僕の空間で匿うから。」
と、牡丹。
「みんな……ありがとな。魔法のことは、俺から彼女に伝える。」
そうだ。彼女にはまだ何も伝えきれていない。
コレが最後になるかも知れないから。
俺はユグドラシルの螺旋階段を登り、上でアフタヌーンティーを取っている彼女たちを目指した。
階段一段一段が重い。
この感覚は久しぶりだった。
俺はまだ迷っている。
もしかしたら、何も知らない方が彼女は幸せなのではないか?
という思考が頭をよぎる。
「亜星、悪いな、ちょっとの間、席を外してくれ。」
彼女は察しがいい。
だから俺の言葉を返事二つで聞き入れてくれた。
「今度は何? そんな辛気臭い顔してさ。」
「戦争が終わるまで、ここに居てくれないか? そしたら迎えに来るから……さ。」
「なーに? 私を信用してないわけ? そりゃ私はアンタから見れば…… 」
そこで彼女は頬を膨らませて顔を真っ赤にした。
「そうじゃない。千代は強いよ。」
「じゃあ。私を連れて行ってくれる? 」
俺は顔を背けた。
「もう!! なんでアンタは『俺がお前を守ってやる。』とかいう気の利いた言葉一つも言えないわけ? ほんと小心者よね。」
俺は彼女の左手を下から掬い上げると、掌に右手を重ねる。
「ちょっ!! ああ、銃鬼? また貸してくれるのねありがと。」
俺は首を横に振る。
「違うよ。」
「なぁに? 」
「前も言ったっけな? それ、俺の母さんの形見だって。お前に……よ。」
彼女は眉を顰めた。
「聞こえない。」
「お前にやるよソレ。大切なものなんだ。大事に扱ってくれ。」
「こ、コレって……プップップププププププッ」
「伸ばし棒合わせて五文字の言葉で、和製英語で、最初は『プ』から始まるやつ? 」
「そう思ってくれて構わない。」
「この戦争が終わったら、一緒に君のお義父さんに挨拶しに行こう。」
彼は図々しくも、俺に「世界のために犠牲になってくれ。」とそう言っているのだ。
普通断る。俺だってそうだ。
「分かった。」
俺は即答した。
なぜ、純血の慎二郎ではなく、俺を呼んだのか。
それは、俺が元ミシュマッシュの団員だったとか、神を倒したとかじゃない。
俺にしか頼めないから、そうしたのだ。
理由なんて聞かなくても分かる。
慎二郎は今、契約者や美奈たちを引き連れて、ローランド大陸を目指していることだろう。
口減しの難民を多く抱えながら。
「割田も蝠岡も、世界を守らせるために、英雄を創ったんだ。なら俺が生まれて来た理由だって決まっている。」
どうやら俺は宿命から逃れられないらしい。
英雄というその鎖から。
「君ならそう言ってくれると思っていた。」
Mが目を閉じて、静かに頷く。
それよりも気になるのは、周りが辛気臭い顔をしているということだ。
「気に入らねえな。いや、気に入られねえ顔をしているのは、お前らか? 」
「いやいや、お姉ちゃんだって、弟くんがいなくなっちゃうのは悲しいのよ。」
「俺に姉なんていねえよ。」
亜星のデコを優しく弾く。
「信じて送り出した弟子が、他国の王様の言いなりになっちゃうなんて。」
「お師匠様はそっち系の趣味がおありで? 」
脳天に優しくチョップする。
「ああ、悲しいよ。あの時は僕の胸に飛び込んで来てくれた慎二ともう会えないなんてさ。」
「雰囲気台無しなんだよ。」
溝内に軽く拳を当てる。
平常運転だ。
あんまりではないか? ここまで来ると逆に傷つく。
そうは思わないか?
「なーに? 引き止めて欲しかったの? でも、あいにく、新入りの入って来てまだ浅い下っ端くんに、思い入れなんて……」
彼女は目から溢れ出る塩水を人差し指で拭いながら、鼻を啜っている。
「来ましたよ。亜星さん。」
その聞き覚えのある声は……
「斥……お前も呼ばれたのか。」
「ほほう、面白いことになっているじゃないか。」
もちろん鏡子も一緒だ。
彼らが呼ばれた理由もだいたい分かる。
そして……
「やっほー亜星さん。」
黒澄千代、彼女の声を聞いて意思が揺らいでしまう。
「何で来た!! 」
俺は思わず彼女の両肩を掴んだ。
彼女はここに来るべきではなかった。
そうすれば極東から罰を受けることもないだろうし、俺のことなんか忘れて幸せに生きていけたはずなんだ。
「アンタには関係ないでしょ。私は亜星さんに用があって来たんだから。」
彼女は、顔を膨らませるとそっぽを向いてしまう。
「千代ちゃん、さぁさぁこっち、あんな鳥頭なんてほっといて私とお話でもしましょ? 」
俺は色々な感情が頭の中で渦巻き、動揺を隠せず、その怒りの矛先をMへと向けた。
「斥と鏡子は分かる。だけど何で千代を呼んだ!! 」
「任務に支障が出ると判断したからだ。」
「任務だ? そんなことのために彼女をこんな危険なことに巻き込んだのか? 」
「勘違いするなよガキ!! 」
俺はMに睨まれて、怯んでしまう。
「私が心配しているのは、お前の方だ桐生慎二。」
「お前は、あの子が人質に取られた時、任務を続行することができるか? 」
「彼女を殺すことができるか? 」
俺は黙り込んでしまう。
「沈黙か、肯定だな。笑止千万!! 青二才め、そんな軽い気持ちで世界を救うなどという戯言を良くも言えたものだな。」
「お前も同じだ!! お前の父ッ……」
伊桜里が彼を止めてくれた。
「誰だって、誰にだって大切な人はいますよ。」
「マスターは卑怯です。人の弱みに漬け込んで、私の弟子をいじめないでください。」
Mはしばらく考え込んでから、徐々に怒りを抑えたようだった。
「すまない、慎二くん。私も冷静さを欠いてしまったらしい。青二才は私の方だった。」
「この通りだ。」
「どうする。このことは、千代に伝えるべきか? 」
不器用なミーチャが精一杯の誠意で、俺を気遣おうとしてくれている。
「大丈夫。ほとぼりが冷めるまで、彼女は僕の空間で匿うから。」
と、牡丹。
「みんな……ありがとな。魔法のことは、俺から彼女に伝える。」
そうだ。彼女にはまだ何も伝えきれていない。
コレが最後になるかも知れないから。
俺はユグドラシルの螺旋階段を登り、上でアフタヌーンティーを取っている彼女たちを目指した。
階段一段一段が重い。
この感覚は久しぶりだった。
俺はまだ迷っている。
もしかしたら、何も知らない方が彼女は幸せなのではないか?
という思考が頭をよぎる。
「亜星、悪いな、ちょっとの間、席を外してくれ。」
彼女は察しがいい。
だから俺の言葉を返事二つで聞き入れてくれた。
「今度は何? そんな辛気臭い顔してさ。」
「戦争が終わるまで、ここに居てくれないか? そしたら迎えに来るから……さ。」
「なーに? 私を信用してないわけ? そりゃ私はアンタから見れば…… 」
そこで彼女は頬を膨らませて顔を真っ赤にした。
「そうじゃない。千代は強いよ。」
「じゃあ。私を連れて行ってくれる? 」
俺は顔を背けた。
「もう!! なんでアンタは『俺がお前を守ってやる。』とかいう気の利いた言葉一つも言えないわけ? ほんと小心者よね。」
俺は彼女の左手を下から掬い上げると、掌に右手を重ねる。
「ちょっ!! ああ、銃鬼? また貸してくれるのねありがと。」
俺は首を横に振る。
「違うよ。」
「なぁに? 」
「前も言ったっけな? それ、俺の母さんの形見だって。お前に……よ。」
彼女は眉を顰めた。
「聞こえない。」
「お前にやるよソレ。大切なものなんだ。大事に扱ってくれ。」
「こ、コレって……プップップププププププッ」
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