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二
第十三話
しおりを挟む「そんな筈はないと思います」
応接室には、堪え切れず口調を荒げる母親の姿があった。
確認していない、との一点張りを続ける無機質なマニュアル対応には絶望しかない。
「これから注意深く見守らせていただきます」とまたしても丁重に追い払われる。
学校で良からぬことが起きている。
そこに確信はあったものの、思春期の子育てに関しては未経験とあり、正解のない難題を前に一人葛藤していた。だからこそ、第三者の協力は必要不可欠なのだが、機能していない。
『子供はみんなで育てるんだ』
臨月になると、「しばらく仕事を休むから」と平然と言われ驚いたことを思い出す。母親としてこの子を立派に育て上げる、と意気込み退職を果たし、愛しいお腹を撫でていたある日の出来事だった。
子宝って言う様に、子供は未来を担う宝なんだ。だからみんなで大切に育てる必要があるんだよ。と至極真っ当なこと、そんな綺麗事なんかと悲観されるようなことを迷いなく言葉にし、やってのけるような人だった。
その頃はまだ男の育休に寛容でない世の中で不安はあったが、やろうと思えばどうにかなるものだ。子供は見事に真っ直ぐで、優しい子に育ってくれた。
宝と呼ぶに相応しい良い子に成長してくれた。
今あの人が生きていてくれたら、と何度思ったことだろう。遺影を見つめしばし呆然としていると、玄関でガチャッと音がした。
「ねぇ、もう辞めちゃお。あの学校は、駄目だよ」
勢い余って突然話を切り出した。その後見せた息子の表情に、言葉を失った。
穏やかに微笑み、
「大丈夫だよ」
とそう言ったのだ。
自室に向かう背中を目で追いながら、涙がポロポロと流れ落ちた。
『大丈夫じゃない。大丈夫じゃないよ……お父さん……大丈夫なんかじゃ、全然ないよ……』
再び遺影に縋り付きそうになるも、ぐっと堪えた。自分が泣いている場合じゃない、と踏ん張ったのは、妙な胸騒ぎがしたから。
自殺をする人間は死ぬ前に、笑うのだ。
ブルブルッと顔を振り、パンパンと頬を両手で叩いた。
しっかりしろ!まだ全然できてないじゃない。あの人があの子にしてあげた精一杯を、私はまだ全然できていない!
そう渇を入れた途端、ふとあることが浮かんだ。玄関を飛び出し、車を走らせる。
瞳には、強い決意が表れていた。
一から始めるのだ。
新たな生活を仕切り直す。
ひとりが消え残されたふたりの生活ではなく、ふたりの生活を新たに始めること。それをするにはまずあそこから、と向かった先は、とある神社であった。
参道をゆっくりと進んで行く。震える手をギュッと握り締めながら。夫の死から疎遠になり、久し振りに見るこの懐かしい光景に胸が熱くなっていた。
それまで毎日毎日必死に祈り、直面した悲劇に裏切りを感じた。
神なんていない、とそう思った。
幸せだったあの頃。挙式以来の縁から、息子の成長、正月には家族の安泰を願いに、お参りをしていた。思い起こせば起こすほど苦痛だが、立ち上がらなくてはいけない。向き合わなければならないのだ。
深々と礼をして、手を合わせる。
『失望の中とはいえ、神を否定したこと、以来心を背けていたこと、ここに深く反省し、謝罪いたします。これはきっと罰なのでしょう。でも……でも、あの子がそれを被るなんて、あんまりです。罰なら、私に与えてくださいっ! 死ねと言うのなら死にます。どうかあの子だけは、瑞樹だけは救ってください! この通りです、お願いします!』
何度も何度も懇願した。そこに、泣き崩れるまで。ひっひっという悲痛の嗚咽が暗闇の神社に響いていた。
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