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三
第二十九話
しおりを挟むいじめの主犯格は退学処分となった。
子分は停学、以前の担任は姿を現さないまま冬休みに突入していた。あの気味の悪い記者も、ベクトルさえ間違わなければ、一役買うこともあるらしい。
瑞樹は何気ない素振りで黒い柵の中をちら見していた。学校のある間は難しいと悟り、この日が来るのを待ち侘びていたのだ。
必ず会うという意志を胸に。
キャーキャーと賑やかなその場所には、車椅子に乗る子が日向ぼっこしていたり、手話で楽しそうにおしゃべりをする子がいたり、スティックを片手に散歩する子がいたりと、多様な人々が、和やかにひとつの楽しい雰囲気を作り出していた。
だがあの子の姿は見えない。
ずっと立ち止まってこうしていたら、すぐに警戒されてしまうだろう。少し前に起こった施設襲撃事件からも、男がひとりでうろうろしていては、まずい。
「あれ、瑞樹君?」
と声がしたのは、そんな時だった。
驚きで頬が赤らむ。
「司沙さん……」
「久し振りだねぇ、元気だった?」
「はい、お久しぶりです。その節は、本当にお世話になりました」
驚きの後は感動が溢れる。司沙も本当に良くしてくれた、大切な人。強張っていた表情が一瞬にして晴れる。
「お家、この辺りだっけ?」
「あ、いえ……」
隠していても仕方がない。瑞樹は事情を坦々と説明した。
「ルカ君かぁ、わからないなぁ。そういえばこの前、夜に人影を見た気がするんだよ、この裏庭で。車でちょっと見えただけだったから、気のせいかもしれないんだけど。……ごめんね、あんまり力になれなくて」
「あ、いえ、ありがとうございます」
「いえいえ。みんな会いたがってるよ、遊びに来てね」
「はい!」
会いたがってる、とはとても嬉しい言葉だった。改めてこの人達に感謝をしたい、そして、それを齎してくれた、あの子にも……。
カフェの傍らで静かに鉛筆を動かしていた。
穏やかに微笑む、その口元、澄み切った大きな瞳、やはりそんなに印象は変わっていない。肖像画は苦手だが、雰囲気をよく表していた。
窓の外はようやく日が落ちて、人通りもまばらになっていた。
スケッチブックをパタンと閉じ、よし、と気合を入れる。一握りの可能性を胸に、立ち上がった。
大通りから逸れ、街灯が一つ一つ、少なくなっていく。ピューッと冷たい風が吹き抜け、身を震わせた。ただ心は興奮のせいか、ホカホカと温かい。右手に携えた手紙は送り主を目指して、前後にふらふらと振れていた。
司沙と再会した辺りが見えてくると、次第に心臓がバクバクと高鳴る。
どこら辺だろう……
裏門まで行き丹念に中を覗き込み、月明かりに照らされた裏庭をうろうろと見渡した。
誰か、いる。
よく目を凝らすと、黒いシルエットは複数の人影を模していた。するとそのひとりが、こちらに向かい、近づいて来る。
薄明りがその顔を差すと、瑞樹の顔はパッと輝いた。
「ルカ!」
気づけばそう叫んでいた。
あの吸い込まれるような瞳。
助けてもらった時の救われた気持ちが、蘇る。
「あ、ごめん。君は、ルカ君て言うんだよね。あの……」
身振り手振りでジェスチャーをしながら、手紙を渡した。ルカは封を開けることもなく、こちらをじっと見つめている。口元でも読んでいるのだろうかと、大きく口を開きながら、説明した。
「僕は瑞樹です。以前君に助けてもらって、心から感謝しています」
その後もバイトを始めたこと、仲間ができたこと、考えられる限りの感謝を表して、お辞儀した。すると、片手がフッと上がり、腰の辺りで止まった。
指を差しているようだ。
……携帯?
瑞樹はポケットから携帯を取り出し、画面を明るくした。どうやら指し示す方向はアイコンではなく壁紙のようだった。
「あ、これ? 海岸だよ。初日の出を見に行ったんだ」
とても不思議な気分だった。身体の不自由な子と接したことは初めてであるが、この子は何か、特別な感じがした。
するとその手は、そっと肩へ乗せられた。
お別れ、ということが、何となくわかった。
「あの、また、会えるかな」
君と僕、という風に指を動かす。
ルカはそのまま、見つめていた。
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