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三
第三十一話
しおりを挟む二年生の三学期にもなると、大学受験の話題がちらほらと出始める。
瑞樹は、あそこ行きたいよねー、ここ行きたいよねー、のBGMの中、無心でノートにルカの瞳を描いていた。その想いは恋煩に近いほど、どうしても決まらないこの部分を完成させるべく、熱心に打ち込んでいた。
「おい、お前どうすんの?」
と、声を掛けられたのは、そんな時だった。
ドキッとして見上げると、そこにいたのは海斗。学校での会話はこれが初めてだった。人気者が見るものは大概注目が集まってしまう。瑞樹は思わず頬を赤らめ俯いた。
「まだ、考えてないよ」
と答えると、
「そうか。まっ、早めに考えた方がいいぞ」
と言って、友達のいる方へ背中を向けた。動揺で手に力が加わってしまい、瞳には濃い筆跡が残った。
大学はおろか、就職するかどうかも決めてはいない。とにかく必死に今を生きることで、精一杯だった。
「海斗君と一緒の大学がいいなー」
「俺は小学校の先生になるよ」
「へぇ、似合ってるぅ」
「学部違いで同じ大学とか?」
「いいねぇ、楽しそー」
未来に向かって生きる若者達の目は希望に満ち溢れ、キラキラと輝いていた。自分も幸せのレールを踏み外さなければ、あの中に混ざれていたのかなと、しみじみ考える。
そもそも死にたいと思っていた自分に、やりたいことがあるわけもなく、更には母子家庭で選択肢だって限られるのだ。
昔はよく建築家になりたいと言っていたっけ……
帰り道、はぁーっとため息をつくと、水滴が霧の如く模様を描いた。絶望の淵にいた去年は、より多くの霧を吐き出していたものだ。あの頃から比べたらずっと順調に日々を送れている。
本当に感謝しかない。
ルカにはあれ以来、会えてはいなかった。
「あ、お帰り。私も今帰ってきたの」
母はようやく仕事に復帰してくれていた。働く人の姿は、はつらつとして、清々しい。
「ねぇ、ちょっと話があるんだけど」
瑞樹はそのまま付いて行き、リビングルームの椅子に座った。
母は「あのね、今日職場の人とお話してたんだ。そしたらね、お子さんが同い年なんだって」と言いながら棚の引き出しからごそごそと何かを取り出した。
机に置かれたのは、通帳だった。
『桜井瑞樹 様』
と書いてある。
「これね、お父さんから。大学に行かしてやるんだって」
そこにはかつて自分の好きだったキャラクターが印刷されていた。
思いがけないプレゼント。一瞬にして目に涙が滲む。
「ありがとう」
と震える声で、受け取った。
瑞樹はすぐに仏壇へ行き、手を合わせる。こちらに向かってにっこりと笑うその遺影は、頑張れよ、と声援を送られているように、見えた。
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