新世界~光の中の少年~

Ray

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第三十九話

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 瑞樹の描いた絵は、黒の塗り潰しだった。
 その深さは、中学生の頃を彷彿とさせた。また、あの頃に戻ってしまったのだろうか。
 目を瞑ったので暗闇を表現した……とは言い切れず感じる、一末の不安。それがあれ以来、ずっと心を煩わせていた。
 燦々と降り注ぐ太陽の下、眉間に皺を留めながら、とぼとぼと道を歩いた。
「おかえりなさい!」
 ドアを開けると、ワーッと歓声が広がる。薄茶色の帽子にエプロン姿の皆々はそこに集まっていた。
「久し振りだねぇ、瑞樹君。嬉しいよ、帰って来てくれて」
「ほら、司沙さんからも、お帰りのメッセージ」
 茅野は携帯の画面を見せると、クマがパーンとクラッカーを打ち鳴らすムービーが映っていた。
 瞳は感動で潤む。みんなに会いたかった気持ちが、溢れていた。ずっと戻って来たかった。それが叶って心から、嬉しかった。
 そしてそこにはもう一人。「よっ」と顔を出したのは、海斗だった。
「おう」と返事はしたものの、感じる違和感は拭えない。昔を知る者がここにいる。それだけで、動揺をしていた。

 海斗は謝罪の後、深々と頭を下げた。それは額をテーブルにニアミスする程。
 その頭頂に向け、「別に、どうでもいい」と投げかけた。
 本当に、どうでも良かった。
 海斗は「そうか?」と呟き、しばしうなだれる。目はキョロキョロとやり場を探していた。色々と言い訳を用意していたのだろう。だが、それは必要無くなった。代わりにこの数分黙らせられるという仕打ちを、ひしひしと受けていた。
 だが償いが済み、発した言葉には意表を突かれ息を呑んだ。
「お前んとこで、バイトがしたい」と言ったのだ。
 その理由は、瑞樹がそこで笑っていたから。
 一度も見たことのないその笑顔に、あの場所には何か秘密があるに違いない、と彼はそう表現した。

「どう、慣れた?」と聞くと、「ああ、バッチリ!」と右手でグーサインを作る。
「ありがとう瑞樹君。素晴らしい助っ人君を連れてきてくれて」
 葵は感謝を述べ、フフッと笑った。周りもうんうんと頷き、笑う。海斗はおそらくこの場所でも自分を発揮している(ひょうきんにムードメーカーを演じている)のだろうと、容易に察することができた。
「いらっしゃいませ! こちらでお召し上がりですか?」
 新参者は意気揚々と張り切る。
「あ、これは確かここだったよな」と忙しなくはつらつとした姿。以前の菜美のように、「緊張しますよね」と声を掛ける気持ちが、今わかるような気がした。
 それまでは同級生という立場が、ここでは少しお兄さんだろうか。可愛い弟を見るような感覚で、その様子を微笑ましく眺めた。
「悪い、ちょっとションベ……あ、いや、三番行って来るっ」
 新人はそう言うと、すたこらと足早に去って行った。
 クスッと笑い、レジに就く。そして、そこから見える景色を、しみじみと眺めた。
 全てが、懐かしい。レジの画面を優しく撫でる。必死で覚えたそのメニューも、お帰り、と言ってくれているようだった。ここへ戻るつもりはなかったが、海斗に促されていた。
「いつまでも、親に頼ってばかりじゃいかんぞ。自分の小遣いぐらい、自分で稼がなきゃ」
と親戚の親父の如く、渇を入れられたのだ。

 少しくらいはあいつにも、感謝しないとな。
 ふーっとため息をついた時だった。視界を遮る影を感じた。
 そこに焦点を合わせると、身体が硬直した。鼓動がドクドクドクと掻き乱れる。
 指は、トントンとメニューを叩く。
 恐る恐る辿るとそれは、女の子だった。
 こちらを見ながら、その人差し指を上げた。

 あの子と、同じ様に。

「あ、これを……おひとつ……」
とした手は、震えていた。
 その後どうしたのか、記憶にない。
 気づけば、「おいおい、瑞樹、駄目じゃないか」と新人に叱られていた。
「外から見えたぞ、もう。ほら、ありがとう、はこうやってやるんだ」
と手話のレクチャーを始める。
「そうそう、海斗君、よく覚えたね」
「あと、いらっしゃいませ、はこう」
「うん、上手上手」
「本当だ、よく覚えたねぇ」
 大好きな皆の雑談も、この時ばかりは、素通りした。
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