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一
第四十一話
しおりを挟む「俺、払います。無理言ったの、自分っすから」
「いやいや、いいんだよ。私もその方がいいと思ったんだから」
「うん、そうだよ。素敵だったと思う」
瑞樹はその時、葵がくれたゆず茶のことを、思い出した。あの子も自分と同じように、心が温められていれば、と願わずにはいられない。
「なぁ、今日はここの飯、食わないか?」
バイト終わりに海斗は、そう誘って来た。せめてものお返しがしたいのだろう、瑞樹は「うん」と快諾した。
「今日は二人で夕飯?いいな、楽しそう」
シフトに入った茅野はカウンターにいた。
「ああ、良かったら今度、一緒に行こうよ、飯。」
「うん、賛成!」
お目当ては茅野かと邪推しながら、フィッシュバーガーを注文した。無残に踏み躙られたタルタルソース、これで二回目か、とため息が漏れる。
少女がいたテーブルは、何事も無かったかのように、清掃されていた。嫌な記憶も、こんな風に綺麗さっぱり拭い取れれば、どんなにいいだろう。
二人はあいつらの席を通り過ぎ、瑞樹御用達の角の席へ座った。そして、黙々と食事を始める。ひとりの時と違い、誰かといる黙食は、そわそわと落ち着かない。
ちらっと窓の外に視線を流し、ジュースを啜った。祭りでもあるのか、ちらほらと通り過ぎる浴衣姿に季節の趣を感じる。それはそれは暑そうに、団扇をバタバタと仰ぐ姿は少し、乱暴であったが。
「あのさ」
すると海斗が、口火を切る。
恋話かな、の体勢で身構えた。
「俺、辞めるよ、バイト」
数秒、時が静止した。
海斗は続ける。
「やっぱり迷惑だよな。俺がいると」
その意味を瞬時に理解した。が、うまく返答できない。
海斗は自分の不快な様子をしっかりと察していたのだ。申し訳ない、と肩を落とす。
「はい、これ、差し入れです。葵さんが、試作品で良ければ、って。美味しいよ」
茅野の声、トレーの上にはこんがりと焼けたパイが二つ置いてあった。それは、爽やかなレモンの香りがした。
「おっ、うまそっ。あざっす」
「ありがとう」
茅野はどういたしまして、の微笑みで去って行った。
パクパクと頬張る海斗の様子を、しみじみと眺める。
どう考えても、この者の方があの場所には相応しい。明るくて、元気で、優しくて。そんな奴は、どこへだって相応しい。瑞樹はテーブルに置いた手の平を、物憂げに見つめた。
「高校の時さ」
気づけばそう、始めていた。
「凄いかったるい日に、ここに来たんだ」
静寂が包み込む。
海斗はパイをそこに、置いた。
「その時初めてあの店に行ったんだけど、何注文していいのかわかんなくて。……そしたら葵さんがさ、ゆず茶をくれたんだ。試飲だって。……凄い旨くて」
あの女神のような微笑みが、ふっと蘇る。
顔が綻ぶ感覚が、わかった。
「今日起きたこと見てたら、それを思い出したんだ」
そこまで言うと、海斗の胸元辺りを見つめた。
ゆっくりと、息を吸う。
「お前は相応しいよ、あそこに」
これが口下手の、精一杯だった。
海斗はニッと笑い、
「あそこのゆず茶、めっちゃ旨ぇよな」
と、そう言った。
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