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一
第五十話
しおりを挟む六人は、目の前の代物をただじっと、見上げていた。
「そろそろ、入りますか?」
と言う茅野の声は素通りしたようだ。
「凄いね」
「うん、マジすげぇ」
「立派な建物じゃない」
「そうですね。古い建物ですけど、メンテナンスは念入りにやってるみたいです。海風で痛みやすくて大変だって、言ってました」
パチパチと拍手で歓喜するミアの傍らで、同じく瑞樹も感動を覚えていた。
「西洋館」
と思わず呟くと、皆が注目する。
「そうだね、確かに、洋館だ」
「こんな所に泊まれるなんて、素敵ですね」
眺めていた父の書物、その一枚が立体となり、そびえ立っている。開港以来、建設が進められた洋館。徐々に学校や病院へもこの洋風建築が浸透していく。その煌びやかな姿に憧れを抱いた富豪達は、我先にと居宅や別荘を西洋式に造り上げた。
飛び出す絵本が童心を蘇らせる。海斗はそんな瑞樹を目に、あることを思い出した。
「そうだ、お前確か、建築科目指してたよな」
「へぇ、そうなんだ。これは叔父さんの曾お爺様が建てたんだって。戦後とても貧しかった時に、あんな豪邸をいつか建ててやるって、頑張ったみたい」
「そう、これはそんな思い入れのある建物なんだね」
「はい。でも、自宅は純日本家屋なんですよね。やっぱりその方が過ごし易いって」
そう言って、茅野はふふっと笑った。そして一行は屋内へ入り、再び感銘の表情で辺りを見回した。
「中も、凄いね」
高い天井、窓の曲線、手摺の透かし模様、そんな中でも日本の伝統は随所に見え隠れしている。瑞樹はそのひとつひとつを丁寧に眺め、そっと触れた。
『古いお家って思うだろ?でもね、西洋の文化が流れ込んだ文明開化の時代。その時には、新しい風、だったんだよ』
……お父さんにも、見せてあげたかったな。
この貴重な体験を父の分まで吸収しようと、深く息を吸い込む。
すると向こうで、歓声が聞こえた。
「気を遣わないでって言ったのにな」
とは茅野の声。キッチンに向かうと、テーブルの上にはたくさんの果物、スイーツが山盛りとなり、それを囲む人々の姿があった。冷蔵庫の中には肉や魚介、ドリンクが揃っており、叔父の粋な計らいを感じた。
「正に、おもてなし、だな」
「本当に、感謝だね」
美亜の目はキラキラと輝いていた。
その後は、葵による手料理が振舞われ、腹を満たされた皆々は今日一番、至福の一時を迎える。
「何だか、眠くなっちゃいそう」
「そうだね、朝も早かったし。司沙君は運転だってしてくれたから、疲れたんじゃない?」
「ううん、大丈夫だよ。それより、みんなで散歩しない? 眠気覚ましにさ」
「お、いいっすね」
「賛成!」
そしてひとり一室ずつ充てがわれた部屋に荷物を置き、ウィンタージャケットを羽織るとリビングに向かった。そこから庭に出ることができ、茅野は外からおいでおいで、と手招きをしている。
向こうにはもう、海が見えた。皆は景色に夢中ではしゃいだ様子。その後をゆっくりと辿りながら歩けば、やがて砂のクッションに足が埋まる。このもたれる感覚を一歩一歩踏み締め、前へ進んだ。
ザァザァと波の音。
この砂をぎゅっと握ったまま、放心していた。
ひとり闇の中へ、落とされたようだった。
……どうしてみんな、何も言わずに行ってしまうんだろう。
目にうっすら涙が溢れると、ふと腕に感触を覚えた。振り向けば、美亜がいた。心配そうに、覗き込んでいる。感情を抑えるようにして、息を呑み込む。そして、笑顔を作った。美亜はするとにっこり微笑み、手首を掴むと、歩き出す。
向こうには、みんなが待っていた。
大きく両手を振り、瑞樹を、呼んでいた。
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