海底文明のティアマト

下垣

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第2話 親方! 海底に女の子が!

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 俺は持っているライトでこっそりと下のティアマトの影を照らしてみた。

 それで正確な姿かたちが特定できた。あれはウミヘビタイプのティアマト。シーサーペントだ。しかも2匹いる。

 シーサーペントが海底で倒れているワンピース姿の女の周りをうろうろとしている。

 女の髪は腰まであるくらいに長い。色は茶髪。ここからでは生きているかどうか判別ができない。

 この海底に溺れたのが直近ならばまだ可能性はある。しかし、時間が経過しているのならばまず助からない。

 でも、この女には水死体に見られるような特徴は見られない。海に揉まれていると普通は見るに堪えないグロい死体になるはずだが、この女の体はいくらなんでもキレイすぎる。

「どうだ? ジョー。中の様子はわかったか?」

「ああ。ティアマトはウミヘビ種シーサーペント2体。毒があるタイプで戦闘は極力避けたい」

「わかった。それじゃあ、あの作戦でいくしかないな。お前の能力ならやつらを掻い潜って救助対象まで近づけるだろう。ちなみに救助対象は男か? 女か?」

「女だ。困ったことにな」

 こいつが男だったら俺も躊躇せずに助けることができたかもしれない。でも、相手が女となるとなあ……

 結構センシティブな問題が発生するんだよな。

「なんだ。別に困る必要ないだろ。お前の空気膜を分ける。それだけのことだ」

「それが問題なんだよ。ユリウス。お前が代わりに空気膜をわけてやれよ」

「ジョー。俺の頭を見たことないとは言わせないぞ。甲板では散々いじってくれたからな。こんなハゲ頭に空気膜を分け与えられたと知ったら、普通の女なら死を選ぶぞ」

 そこまで自虐するか。ハゲって大変だな。

「で、でも。俺だって男だぞ」

「ジョー。お前鏡見たことないのか? 俺とお前。どっちの顔がマシだ?」

「俺だな」

「自信もって言うなよ。俺が傷つくだろ」

 シーサーパントの目がギョロりとこちらを向いた。こちらの当てているライトに気付かれてしまった。

 シーサーペントがものすごい勢いでこっちに来る。まるでチョウチンアンコウの光に吸い寄せられるように。

「漫才の時間は終わりだ。ジョー。シーサーペントは俺がひきつける。その間にお前は……行け!」

「ああ。わかった……」

 俺は一旦呼吸を止める。そして、意識を集中して全身の酸素を集めるイメージをする。

 ここで俺の能力を発動だ! 【アクセルダイブ】!

 俺の全身に物凄い力が沸いてくる。そして、そのパワーは運動エネルギーに変換されて、俺の体を海底に向かって押し出す。

 海の中での超加速。俺の体は亜音速の速度で移動してシーサーペント2体の間をすり抜ける。

 この能力を使用している間の俺の意識、動体視力、耐久力はこの速度に耐えられるように向上する。

 だから、俺はこのスピードで動いてもゆっくりと思考することができるし、周囲の風景も滑らかに見ることができる。移動したことによって体にかかる圧力によるダメージも受けない。

 もうすぐ救助対象が目の前だ。ここで減速ッ! 能力解除ッ!

 救助対象を目の前にする。俺の空気膜が少し減った。

 俺の……いや、俺に限らずダイバーは能力を使用すると空気膜を消耗する。空気膜は海中での探索行動に必要な貴重なリソースだ。だから、能力を無駄に使うことはできない。

 ここぞという時に使うのが鉄則だ。俺のアクセルダイブも常時発動していれば、空気膜は10分も持たないくらいに消耗してしまう。能力を全く使わなければ2時間は持つのに。

 空気膜の量は足りている。この女に空気膜を分け与えて、無事に水面まで上がれるくらいには。

 さてと……躊躇している時間はないな。この女にどれだけタイムリミットが残されているかわからない。

 俺は自分の空気膜の一部を唇に集めた。そして、倒れている女の唇に重ねる。

 ふーと空気膜を女の体に送り込むイメージをする。

 空気膜を送る方法。それは人工呼吸。まあ、実質的なキスである。

 女の体に空気膜が現れる。死人は空気膜を纏うことはないから、この女は少なからず生命活動は停止していない。

 俺は女の脈を確認する。かなり弱っている。早く地上に救出しないといけない。ここじゃロクな医療設備もないからな。

「んしょっと」

 俺は女を担ぐ。背中に女の体の感触が伝わってくるが、今は危機的状況でそんなことを気にしている場合じゃない。

 このままアクセルダイブで帰りたいところだけど、俺の体は耐えられてもこの女の体は急激な移動には耐えられない。

 仕方ないからゆっくりと水圧に慣れながら浮上するしかない。

 この状況でシーサーペントに出くわしたら絶望的だ。ユリウスがうまいことひきつけてどこかに移動させてくれていることを願う。

 ゆっくりと慎重に俺は浮上していく。空気膜はまだ余裕がある。ここで焦ってしまってはいけない。

 でも、まったく緊張感を持たないのも事故の元だ。俺は周囲に警戒しつつ、冷静に海面へと近づいていく。

 水深10メートル地点まで来た。ここまでくれば危険なティアマトはいないはず。

 でも、ティアマト以外にも海には危険がある。決して侮ってはいけない空間なのだ。

 残り5メートル。4メートル……海面はとっくに見えている。でも、まだ油断は禁物。船に浮上するまで何が起こるかわからない。

 2メートル……1メートル。もうすぐ浮上だ。行くぞ!

「ぶはああ!」

 俺は波しぶきと共に海から顔を出した。地上に顔を出せればもう自在に呼吸ができる。とりあえず、空気膜を消耗しきっての死亡はなくなった。

 俺が顔を出したすぐ近くには俺たちが乗ってきた船がある。

「おーい! 俺だ! ジョーだ! ひきあげてくれ!」

 俺の声が聞こえると船員が甲板から顔を出してロープ付きの浮き輪を投げてくれた。俺はその浮き輪に捕まり、女と一緒に引き上げてもらった。

「おかえり。ジョー。今日のトレジャーは美女か?」

「単なる救助者だ。今にも死にそうなくらいの虫の息だ。すぐに医務室に連れていってくれ」

「了解」

 船員は女を抱えて医務室の方へと向かって行った。

 俺は左腕に装着している腕輪を触る。そして、その腕輪に向かって話しかける。

「ユリウス。俺はもう帰還した。そっちは?」

「シーサーペントと熱烈な鬼ごっこをしているぜ。この蛇が美女だったら最高なんだがな」

「援護はいるか?」

「大丈夫。お前がもう帰還したんなら、こいつらを引き付ける必要はねえんだろ? なら自力で帰れる。二次遭難の危険もあるからお前はそこで待機していてくれ」

「了解」

 ダイバーが付けている腕輪。これは通信機器としての役割があるのと同時にシリアルナンバーが割り振られている。

 そのナンバーでどのダイバーか識別することが可能だ。どうして、ナンバーが割り当てられているのか。それは、ダイバーの死体は顔が判別できるくらい綺麗な状態で見つかるとは限らないからだ。

 腕輪さえ回収すれば死体が誰だったかを確認できる。いわば、この腕輪はいつ海中で死んでも良いという覚悟の現れなのだ。

 あの女は腕輪を付けていなかった。ということは正規のダイバーではないということだ。

 ダイバーとは関係のない単なる一般市民の可能性もある。だから、死なれると身元が完全に不明の状態になるところだった。

 まあ、今のところ生きているってだけで、意識不明の重体であることには変わりない。このまま目が覚めずにってパターンもあるかな。

 ザバーンと海から音が聞こえる。俺はその方向を見た。

 そこにはずぶ濡れになった数少ない髪が取っ散らかっているハゲがいた。

「おー。これは珍しい海坊主がいるぞ。新種のティアマトか?」

「うるせえ。早く引きあげろ」

 俺は海坊主改めてユリウスを甲板まで引き上げた。
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