海底文明のティアマト

下垣

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第3話 正体不明の34

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 俺たちは潜水をした後に休息を取っていた。

 休める時にきちんと休んでおかないといざという時に命を失いかねない。

「なあ。ジョー。救助者はどうなった?」

「さあ。今は医務室で安静にしていると思うけど……目を覚ますかどうか……」

 結局のところ、潜水は途中で中断してしまった。この海域はまだ未調査であるからきちんと調査したかったのに、予期せぬ事態が起きてしまったからな。

 でも、海というものは何が起こるかわからない危険な世界である。

 アクシデントは常に起きる想定でなければならない。

 甲板に鳥の影が見えた。上を見上げると渡り鳥が編隊を組んで飛行している。

 鳥は自由だ。こんな陸地が1割しかなくなった世界でも海の上を飛行して渡れる。

 でも、あんだけ飛んで疲れないのかなと思う時もある。俺たちは潜水の合間にちょくちょく休んでいるけれど、渡り鳥は陸地まで羽を伸ばすことはできない。

 俺たちダイバーは過酷な仕事であるのことは間違いないが、野生生物は俺たち以上に過酷な状況にいるのかもしれないな。

「さて、後10分ほどでまた潜水可能になるけどどうする?」

 ユリウスが時計を見ながら俺に相談をする。ダイバーは潜水が終わると一定時間の休憩を取る必要がある。

 休憩を取らずに連続で潜水をすることはダイバー協会によって禁じられている。

 俺としては休憩が終わればまだまだ調査したいところではある。

 日はまだ沈む時間帯ではない。まだ潜水する時間はあるにはあるが……

「いや、一旦戻ろう。救助者を抱えたまま潜水するのはちょっとな。船内の医療設備だけじゃ限界があるかもしれない。本土の病院で診てもらった方がいいかもな」

「ああ。俺も同意見だ。良かったよ。ジョー。お前が人命を優先するようなやつで」

「なんだよ俺を試したのか。ユリウスも人が悪いな」

 俺とユリウスはバディの関係である以上、どっちが上か下かなんてもものはない。

 しかし、ベテランのユリウスの方が発言権が強いのは事実だ。そんな中でも俺に意見を求めてくれるのはありがたいことではあるが、決まりきった答えを訊かれるのは試験を思い出してなんとも言えない気持ちになる。

「それじゃあ、俺が船長に言ってくる。港に戻るようにな」

「ああ」

 こうして、俺たちは湊へと引き返すことにした。予定より少し早い帰港。俺は陸地が見えるまで待機をすることにした。

「おい。ジョー。ちょっといいか?」

 俺が甲板で休んでいると船員が話しかけてきた。

「なんだ? 俺が暇そうにみえるから仕事の手伝いを頼みに来たのか?」

「いや。そうじゃない。船医がお前を呼んでいるぞ」

「ん? わかった。すぐ行く」

 俺は医務室へと向かった。扉を開けると船医の爺さんと目が合う。船医は俺の顔を見るなり難しそうに眉をひそめた。

「おお、ジョー。ちょっとこっちに来てくれるか?」

「ん?」

 俺は医務室の中に入る。すると俺が助けた女が目を覚ましていた。

「うわ……びっくりした」

 救出した時は目を瞑っていたからわからなかったけど、この女の瞳の色はエメラルドグリーン色だった。

 茶髪にこの色の目の瞳は珍しいな。少なくとも俺の故郷では存在しないパターンだ。

「あなたが私を助けてくれたの?」

「ん? まあ、そうだけど」

「良かった……ありがとう」

 なにが良かったなのかイマイチよくわからない。でも、この女も目を覚ましてくれて良かった。

「この嬢ちゃんはさっきから、助けてくれた人に会わせろとしつこくてな。名前や素性を訊いても何にも答えてくれなかったんだ」

「そうなんだ。んで実際のところあんたの名前はなんて言うんだ?」

 俺は女に名前を尋ねる。女は少し間を置いた後に答える。

「多分、マリーナ」

「多分ってなんだよ!」

「わからない。私が覚えていることはマリーナという人名と、その人物の年齢が34歳ということだけ」

 34歳……俺の父さんと同い年だ。ちなみに父さんの名前はマリーナではない。アサイだ。

「え……それ以外覚えていないって記憶喪失ってことか?」

「多分、そうだと思う」

 俺は女の容姿をまじまじと見た。確かに見た目若い30代半ばと言われても信じられるくらいの容姿ではある。

 少なくともティーンエイジャーの俺よりも年上だろうなという雰囲気はある。雰囲気も落ち着いているし、同年代の女子にいないタイプだ。

 だとすると、この人は本当にマリーナという名前で34歳なのか?

「なにか身分を証明するものとか持ってないのか?」

「身分を証明するもの?」

「ああ。俺だったらこの腕輪がそれだ。この腕輪にはシリアルナンバーが刻まれていて、それで本人かどうかの照会ができる」

「ごめんなさい。私はこの服以外、何も持ってないし身に付けてないの」

 そんな人物がどうして海底にいたんだ? ダイバーの資格がなければ、もしくはダイバーと同伴でなければ海に潜ることは禁じられているはずだ。

「うっ……」

 マリーナと名乗った女は急に頭を押さえた。

「どうした?」

「頭が……」

 マリーナの傍に船医がかけよる。

「まだ目覚めたばかりで本調子ではないのだろう。しばらく安静にした方が良い。すまないがジョーは下がっていてくれないか?」

「ああ。わかった……」

 医療行為に関しては俺は素人も同然。ここにいたって邪魔になるだけだな。

 それにしてもマリーナか。記憶喪失の正体不明の美少女が急に現れるとか物語の始まりを想起させるようなものではある。

 けれど、その女の年齢が34歳は前代未聞ではないのだろうか。

 ということは、これは物語の始まりでもなんでもなく、俺の単なるダイバー活動の一幕に過ぎないってことか。

 まあ、そんな大冒険の始まりみたいなことは俺の身に降りかかるようなことはないか。

 俺が甲板に出ると丁度陸地が見えてきた。

 そのまま潮風を感じながら陸地をずっと見ていると段々と近づいてくる。

 船はそのまま港に無事にたどり着いて俺の今回の仕事は終わった。

 ただし、なんの成果もない。なにか文化的に重要なものを発見したわけでも、お宝をサルベージしたわけでもない。

 ただ推定年齢34歳の女を拾っただけだ。

「よーし、港に着いたぞ。お疲れさん」

 ユリウスが俺の肩をドンと叩いた。かなり強い力で痛い。

「ユリウス。痛いぞ」

「はは、悪い悪い」

 ユリウスはこういうところががさつなんだよな。手加減ができないというか。

 繊細さはあんまりない。大胆さが売りのダイバーではあるか。その大胆さが新発見につながることもあるし。

 見習うべきところはあるけれど、それと同時に反面教師にするところもあるんだよな。

「今日はまだ日が降りる前だな。今日中にダイバー協会に行ってレポートでも書くか。面倒なことは先倒しにするに限るな。なあ。ジョー」

「ああ。毎回、活動終わりのレポートを書くのが本当に面倒だな」

 俺は船から降りてユリウスと一緒に港町にあるダイバー協会へと向かった。

 入口に入り、受付に腕輪を見せてシリアルナンバーを照会する。

「ユリウス様、ジョー様。おかえりなさいませ。お仕事お疲れ様でした」

 受付嬢に労われて俺はダイバー協会の事務所へと向かった。そして、俺は自分のデスクに座り、活動記録のレポートを書き始める。

 カタカタとパソコンを操作して文字を打つ。と言っても今回はすぐに潜水を切り上げたからそこまで書くようなことはない。

 ただ1人、要救助者を助けただけである。面倒だけどその内容の部分を膨らませて書くか。

 俺は文才がないなりに無駄に話を膨らませてレポートを書いた。

 水深何メートルのところにシーサーペントがいて、要救助者の女性を助けました。たった1行で終わる内容を20行くらいにがんばって膨らませた。

 読むほうも面倒になるだけなのに、どうしてレポートは長く書かなければならないのか。その謎は俺には永遠に解けそうにないな。
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