海底文明のティアマト

下垣

文字の大きさ
4 / 13

第4話 マリーナの処遇

しおりを挟む
 レポートを提出し終えた俺はダイバー専用の寮に帰宅する。

 陸の割合が1割のこの時代において土地は本当に貴重であり、土地不足問題は深刻である。

 俺たちの寮も基本的に2人以上の相部屋となっていて、一人暮らしなんてものができるのは本当に富豪や特権階級の子息くらいなものである。

 俺の部屋も例外ではなく、ルームメイトがいるがそいつはまだ帰宅していないようだ。

 俺は狭いキッチンでお湯を沸かしコーヒーを淹れる。

 仕事帰りのこの1杯が俺の疲れを癒してくれる。ミルクや砂糖なんて入れるのは邪道だ。

 俺は当然ブラックで頂く。

 俺がコーヒーを淹れ終わるとルームメイトのフィンが帰宅した。

「たっだいまー! お、良い匂いだね。コーヒー淹れたんだ」

「おかえり。フィン」

 フィンは赤色の癖毛が特徴的な少年で、俺と同い年の14歳だ。

 見てわかる通り明るいやつで、顔立ちも童顔でかわいらしい感じだからか年上の人間に良くしてもらっている。

 まあ、後輩力が高いと言うか、弟力が高いというか。俺もフィンとは同い年だけど、こいつの面倒をついつい見てしまうんだよな。

「ねえ。ジョー。僕の分のコーヒーも入れてよ」

「あいよ。えーと……」

 俺は戸棚からフィンのマグカップを取り出した。犬の絵がプリントしてあるマグカップ。

 フィンは犬が好きだからな。こいつ自体犬みたいなものだけど。

「ミルクは入れるんだっけ?」

「うん。砂糖もおねがーい」

 俺はフィンの分のコーヒーを淹れてやった。そして、ソファで寛いでいるフィンの前のテーブルにコーヒーを置いた。

「ありがとー。ジョーは相変わらずブラックなの?」

「ああ。男は黙ってブラックを飲むもんだぜ」

「ふーん。僕は無理だなー。ジョーは大人だねー」

 フィンはマグカップを両手で抱えてじっと見ている。

「ねえ。ジョー。本当にコーヒーの味とかわかるの? もしかして、かっこつけてるだけだったりして」

「そ、そんなわけあるか。俺は味覚が大人だから甘ったるいのより、苦い方が好きなの!」

 こいつ無邪気な顔して痛いところついてくるな。油断ならねえ。

「ねえ、ジョー。協会で噂になっているけれど、海の底にいた女の人を助けたんだって?」

「もう噂になっているのか? 早いな」

「あはは。この世界は狭いからね―」

 この世界が狭いというよりかは陸地面積がどうしても狭い。人類が繁栄してからの最盛期と比較しても1/3程度に縮小してしまっている。

「現在身元を調査中だ。ダイバーなら行方不明になったダイバーの中に彼女の特徴と一致する人間がいるかもしれない」

「でも、腕輪は付けてなかったんでしょ」

「別にこの腕輪だって一生外せないわけじゃない。なにかの拍子で外れてもおかしくはないだろう」

 それにもう1つ可能性がある。

「単なる観光目的で海に潜ったってことは考えられない?」

 観光目的で海に潜る人はたしかにいる。しかし、無許可で潜ることはできない。ダイバーの立ち合いの元、一緒に潜ることになる。

 ダイバーの仕事はなにも海底の未知の探索だけじゃない。レジャー業界としても機能しているのだ。

 俺たちは海底に眠るお宝を探すトレジャーダイバーで、レジャー客の相手をするのはレジャーダイバー。

 同じダイバーでも役割が違う。もっとも、レジャーダイバーも万一の時にティアマトと戦うこともあるから、それなりの戦闘力は保証されている。

「直近でレジャー客が行方不明になったってケースは聞いたことがないな。そういう事故はここ数ヶ月起きていない」

「そっか。単なるレジャー客だったら、空気膜を纏えないから沈んだらすぐに死んじゃうよね」

 マリーナは海底で眠っていても生きていた。でも、俺が見かけた時には空気膜がなかった。

 考えられる要因としては、俺が来る直前まで空気膜に覆われていた。

 つまり、ダイバーかつ直近で行方不明になった人物の可能性が最も濃厚である。

「まあ、俺らがどうのこうの推察しても始まらない。こういうのは事務員が処理してくれるだろう」

 俺は熱湯から冷めつつあるコーヒーを一口飲む。舌に苦味と熱が感じられて、ホードボイルド映画の主人公になった気分だ。

「そうだね。僕もこんな風に行方不明にならないように気を付けよう」

「ああ。俺たちの業界では死体が回収されるのはまだ幸運な方だからな」

 フィンとそんな会話をしているとすっかり夜も更けてきた。

 俺は2段ベッドの上で眠る。しかし、眠れない。夕方以降にコーヒーを飲んだせいだろうか。

 カフェインがギンギンに効いてきて体が全然休まらない。

 時計を確認する。時刻は23時17分。いつも22時前には寝ているはずなのに。

 俺はゆっくりと体を起こし下を覗き込む。

 俺と同じ時間帯にコーヒーを飲んだはずのフィンはすーすーと寝息を立てて無防備に眠ってやがる。

 こいつ、カフェインが効かない体質なのか。無敵だな。

 まあ、このまま起きていても仕方ない。眠れるように目を瞑って深呼吸。そのまま瞑想。

 こうして意識のレベルを落としていくことによって眠りの世界に……

 入るわけねえよ! 常識で考えろ! こんなので眠れたら誰も不眠症になんかならねえよ!

 なんか夜中に1人で虚しいノリツッコミをしてしまった。

 せめて、日付が変わる前に眠りたい。

 頼む。体。眠ってくれ。

 ここで日付が変わる前に眠れなかったら、俺は一生なんにも成し遂げられないクソダメ男になってしまう。

 それくらいの勢いと覚悟を持って俺は入眠に挑戦する!

 さあ、目を瞑って。心を落ち着かせて……



 アラーム音が鳴る。俺はそれで目が覚めた。

 結局、俺は何時に寝たのかわからない。

 本当に日付が変わる前に眠れたのだろうか。目を瞑った状態でいつ睡眠したのかわからない。

 自分が睡眠に入った正確な時間なんて自分でわかるわけがない。

 そんな当たり前のパラドックスに俺は気づいてしまった。

 俺は身支度を整えて、ダイバー協会へと出向いた。

 受付に腕輪を見せて認証。俺はそのままオフィスに入る。

「お、ジョー。丁度よかった」

 ユリウスが俺の姿を見るなり、近寄ってきた。

「なんだ? ユリウス。今日は海底調査の予定はないぞ」

「違う。マリーナの件だけどな。少なくともこのダイバー協会の人間ではないことがわかった」

「なんだ、それじゃあモグリのダイバーか?」

「ダイバーでモグリ。ぷ、くく、あはは! お前面白いこと言うなー!」

 別にダジャレを言ったつもりはなかったのに、なんでそんなにウケているんだ。

 これがオッサンの感性というやつなのか。前頭葉の退化とも言うべきか。

「ただ、モグリのダイバーだと言うのは、あながち間違いではなさそうだ。マリーナはダイバー適正がある。つまり、空気膜を作れる能力はあるんだ」

「ほーう……じゃあ能力とかも判明しているのか?」

 ダイバーは空気膜を作る能力と水中で発揮する能力がある。

 俺の場合はアクセルダイブがそれにあたる。ユリウスにも、フィンにも、それぞれ俺のアクセルダイブとは違った能力がある。

「単なる民間人が何らかの理由で海に溺れた。でも、溺れている途中でダイバーとしての素質があることが判明して空気膜を体に纏い一命をとりとめた。まあ、そんなところだろうな」

「んで、マリーナはどうなるんだ? 身元引受人とかもいないんだろ?」

「ああ、そのことなんだがな。ダイバー協会で受け入れることにした。素質はあるんだ。ダイバーとしてやっていけるだろう」

「へ?」

 これは予想外だな。ダイバーは一応国家資格なんだけど。そんな簡単なノリでダイバーにしていいのか……

「まあ、お前やフィンの後輩になるってことだな。よろしく頼むよ先輩」

 ユリウスは俺の肩胛骨の当たりをバンバンと叩く。相変わらずすごいパワーだ。

「いや、よろしく頼むって何を?」

「決まってんだろ。教育係だよ」

「……は?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...