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第二章 海を越えた冒険

第23話 モノフォビアの足跡

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 俺たちは手分けして周囲の冒険者に天女の舞う丘についてのことを聞きまわった。

「ちょっといいか?」

「ひぃ!」

 俺は顔が厳つい冒険者に話しかけた。冒険者は俺の顔を見るなり、情けない声をあげて後ずさりをした。

「な、なんでしょう。リオン様」

「様はやめてくれよ。俺たちは同業者だ。上下関係はないだろ」

 どうやら、俺はこのギルドでは要注意人物になっているらしい。ほんの数分の出来事だったんだけどな。

「訊きたいことがいくつかある。情報提供してくれると助かる」

 「もちろん謝礼はするつもりだ」と付け加えようとしたその時。

「ええ。リオン殿にならどんな情報も提供します。も、もちろん情報料なんて取りません。ですので命だけは……命だけは……」

 食い気味に発言を遮られてしまった。様から殿に変わったけれど、まあいいや。これ以上、敬称の訂正を求めるのも面倒だ。情報料を払うつもりだったけれど、いらないと言われたので好意に甘えることにしよう。

「天女の舞う丘についての情報を知りたい」

「天女の舞う丘ですかい? あそこは冒険に少し慣れてきた初心者ご用達の狩場ですぜ。リオンさんがわざわざ行くような場所ではないと思いますけど」

 確かに、あそこの狩場の難易度はEランク程度だった。少し慣れてきたEランク冒険者ならソロで踏破できるし、Fランクでもきっちりとパーティを組めばまず死ぬことはない場所だ。

「ああ。それは先月までの話だろ。今月は事情が違う。あの丘は危険度がCランクにまで上げられている」

 俺はギルドの会報を厳つい男に見せた。

「あ、本当だ。でも、あそこは特に稼げる素材とか摂れないし、危険なだけなら俺は行きたくないですけどね」

 危険な割には実入りの少ない場所。それなら、多くの人はそこを避けるだろう。

「先月、この丘に行ったものはいないのか?」

「さあ? こんなピクニック気分で行ける丘なんて、わざわざ行くことを誰かに報告するまでもないと思いますで。危険地帯に行くのならまだしも」

 確かに。危険な地域に行くのなら、周囲の誰かに行く旨を伝えるのがセオリーだ。数日戻って来なかったら、捜索隊を出してもらえるからな。だが、特に危険でもない地域なら、その必要もない……

「わかった。じゃあ、質問を変えよう。駆け出しの冒険者でここ数日、数週間見てないやつはいるか?」

「あ、そういえば。結構な数の駆け出し冒険者を最近見ないですぜ。どこか遠出でもしてるんじゃないですかねえ」

「そいつらの情報はわかるか?」

「さあ。名前は知らんし、俺は絵心ないから似顔絵も描けんしな。役に立てなくてすみません」

「ああ。わかった。ありがとう。助かった。もういいぞ」

 これ以上話しても特に有益な情報は得られない。そう判断した俺は切り上げることにした。

 駆け出しの冒険者がこぞって行方不明。それはつまり、天女の舞う丘で何者かに遭遇してしまったということだ。

「それは本当か!」

 マリナンヌの怒号が聞こえた。声がする方に目をやると、マリアンヌが1人の冒険者に詰め寄っていた。

「え、ええ。天女の舞う丘から帰還してきたひよっこ冒険者がいたぜ。黒いモンスターに襲われて死にそうになったって言ってた」

「その冒険者はどこにいる!」

「彼女はもう引退したぜ。あんな危険なやつとはもう戦えないだとよ。だから、居場所は知らねえ。実家にでも帰ったんじゃないか?」

 その言葉を聞いてマリアンヌはギリっと歯ぎしりをした。

「せっかく、モノフォビアの足跡そくせきが掴めたと思ったのに……こうなったら、直接、丘まで行くしか」

「落ち着けマリアンヌ。そのモンスターがモノフォビアとは限らんぞ」

 標的のモンスターだったら、倒しに行くのはいいが、特に標的でもない強敵と戦うのは無駄でしかないのだ。特に討伐依頼も出てないからな。

「でも……その冒険者は間違いなく遭遇したモンスターのデータが詰まった腕輪を持っている。それをギルドで解析して貰えれば、なにか情報がわかるかもしれないじゃない!」

 確かにそうだ。引退した冒険者の中には、ギルドの貸与物である腕輪を持ち逃げする者もいる。そのため、最後の冒険のデータを解析できないで終わることも多い。尤も冒険者側からしてみれば、データの解析でランクが上がっても冒険者をやめるのだから腕輪返却のメリットはない。だから仕方のないことだ。

「リオンさん! アレサさん! 有益な情報を見つけました。天女の舞う丘から帰還した女冒険者の住所がわかりました」

 アベルが手を振りながらこっちにやってきた。流石、アベルだ。情報収集能力が高い。

「んな! イヤッフウウウ! アベル君ナイスゥウウ! キミはやればできる子だからって信じてたからねえ」

 マリアンヌのこのノリの軽さ。調子の良さは間違いなくあのジジイ譲りだな。と俺は改めて思った。



 俺たちはアベルの情報を元に引退した冒険者の元を訪ねた。その家は雑踏とした住宅街にあり、家もかなりぼろい。駆け出しの冒険者ということで、あんまり稼げていないのだろうか。

 俺は家の扉をノックした。すると、中から血色の悪い三つ編みの女が出てきた。

「ど、どなたですか?」

「俺は冒険者のリオン。こっちがアベルで、こっちがマリアンヌだ」

 俺が「冒険者」という言葉を口にした途端、女の顔色が青くなった。ただでさえ血色が悪いというのに。

「ひ、ひい! 冒険者! わ、私を連れ戻しに来たんですか? 私はもう引退しました。だから放っておいてください」

「待て。俺たちは別にアンタを連れ戻しにきたわけじゃない。ただ、天女の舞う丘。そこでなにがあったのか話してほしいだけだ」

「あぁああぁあぁああ!」

 女は頭を抱えて叫び始めた。この症状は……よく知っている。俺の妹レナもこの症状になった。一種のパニック状態。辛い過去を思い出したのだ。

「だ、大丈夫ですか? 落ち着いて下さい」

 アベルが女に近づき、必死に落ち着かせようとしている。倒れこむ女の背中を優しくさすってあげている。

「はぁ……はぁ……す、すみません。取り乱しました。もう大丈夫です」

 女は息を整えながら、なんとか言葉を絞り出している。

「ああ。こちらこそ辛いことを思い出させて悪かった。その詫びとは言っては何だけど、きちんと情報料は出す。そこは安心して欲しい」

「ほ、本当ですか。私が知っていることならなんでも話します!」

 凄い食いつきようだな。まあ、職を失っているし、こんなあばら家に住んでいるのなら貯蓄もないだろうからな。

「私は天女の舞う丘に4人パーティで挑みました。パーティ構成はアタッカー、タンク、タンク、ヒーラーと防御重視の構成でした。守備を固めているので安心しきっていたところ、私たちの目前に大きな黒い影のようなモンスターが現れたんです」

 マリアンヌが言っていたモノフォビアの特徴と合致している。これは間違いなさそうだ。

「私たちは無謀にもあいつと戦うことにしました。アタッカーとタンクの1人が同時に攻撃しにいったのですが、爪で心臓を貫かれて一撃で命を落としてしまったのです」

 心臓を貫かれたか……俺も蘇生魔法が使えるが、損傷した心臓の回復まではできない。俺が同じ状況に置かれたとしても絶望するしかないだろうな。

「残っていたもう1人のタンク。私の恋人なんですが、その恋人が私を逃がすために果敢にあいつに立ち向かって……私、もうどうしていいのかわからなくて、必死になって逃げました。最低ですよね? 仲間を、恋人を置いて逃げるだなんて」

 女は涙を流している。仲間と恋人を殺された。その心の痛みは相当なものだろう。

「あんた。腕輪を出しな」

 マリアンヌが女に向かって手を差し出している。

「え?」

「あんたの腕輪にはあのモンスターの戦闘記録が残されている。目の前で戦いを見ていただけでも、記録されるからね」

「そ、その記録を知ってどうするつもりですか?」

「わかるだろ。あたいたちは冒険者だ。あんたの仲間やら恋人とやらの仇もついでに討ってやるよ」

「い、いいんですか?」

 女はボロボロと泣きながら、腕輪をマリアンヌに差し出した。女から腕輪を受け取ったマリアンヌは、女に向かってニッコリと笑いかけた。

「あたいもな。あのモンスターに両親殺されてるんだ。だから、あんたの気持ちは痛い程よくわかる。だから、あたいたちに任せな」

「はい!」

 女に見送られながら、俺たちは女の家を後にした。この腕輪を冒険者ギルドに持っていき、データを解析して貰おう。そしたら、モノフォビアの情報がまたわかるかもしれない。
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