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本編
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心当たりが無さすぎる。
─────
噂によると第2王子に気がある俺が、第2王子が気のあるクラリスに嫌がらせをしているらしい。
クラリスとは彼が転入してきた時に一言二言話した程度の友人とも言えない仲だ。いや、だからそんな噂になってるのか?わからん。
ぶっちゃけ第2王子に関して言えば顔どころか名前すら知らないんだけど。
─────
この噂が流れたのは俺が1年生の時の夏休み前ぐらいからだ。クラリスは1年生の6月と、随分微妙な季節に転入してきたからその一月後くらいだ。どうやら彼は第2王子以外の人気者達からも相当好かれていたらしく、嫌がらせがあったらしい。そして、何故かその主犯が“俺”という事になっていた。
平凡は平凡らしくと、今まで貴族の端くれとして可もなく不可もなくな日々をのんびり過ごしていた俺は、噂の影響らしい小さい嫌がらせを受けながらも楽観的に過ごしていた。夏休みが挟まればこんな噂も嫌がらせもすぐに絶えると思ったのだ。
今思えばこの時家族に相談くらいしておけば良かったと思う。一時期鳴りを潜めていた噂がすぐにぶり返し、あっという間に全校に広がったからだ。
流石に焦って動いた時には遅かった。
クラリスの仇だなんだと人気者達やクラスメイトから嫌がらせを受け、第2王子様に近づくなと彼らの親衛隊とやらからボコられる。
家族には話すら聞いて貰えなかった。母様や父様、兄様からこの期に及んで嘘をつくなと罵られ、こんな子に育つなんて親不孝だと嘆かれた。正直これが一番堪えた。だって、16年間一緒過ごした俺より1年も過ごしてないクラリスの話を信じたからだ。
そして今、学年も上がり噂が流れてから1年経とうとしている。
俺はもう、色々諦めた。話を聞かない人達に語り掛けるよりあと1年我慢する方がいいと判断したからだ。相変わらず嫌がらせはあるが気にしなければ気にならない。いつも通り平凡は平凡らしく過ごすだけだ。
──────
「おい、エト」
花壇の水やりを終え、さあ教室に戻るかという所でやたらと脚の長い美形に絡まれた。
「誰だお前」
おっと口に出てしまった。
謎の美形はギリギリと俺を睨みつけてくる。
「シラを切るな。俺だ。」
「詐欺師か」
「違う!ヴァルラーフェンだ。」
知らないとは言わせないぞという圧を奴からビシビシ感じるが本当に知らない。誰だこいつ
「ごめん。本当に心当たりがないんだけど知り合いだっけ」
「ふん。あくまで知らない体を装うか。」
「まじで知らねーんだわ」
「では、こう言えばわかるかな。」
「ヴァルラーフェン・キャベンディッシュ。この王国の第2王子だ。」
─────
「あ~お前がナントカカントカ第2王子様か。」
「ヴァルラーフェン・キャベンディッシュ、だ。名前を覚えろ」
「なんか俺が君の事好きみたいな噂流れてるけど……うん、俺第1王子の方が好みだわ。勘違いさせてごめんね?」
「……兄上には婚約者が居るが……」
「王族と結婚出来るとか思ってる訳ないじゃん。あくまで好みだって。君って意外とアホなんだね。」
「はあ????俺の事誰だと思ってるんだお前。言葉は選べよ」
「ヴァルナントカカントカ第2王子でしょ。さっき知った。」
「そういうことでは無い!!不敬だと言いたいんだ俺は!どうなっても知らんぞ」
「構わないよ。もう親に勘当されそうだし」
「……」
なんか言えよ
─────
この学園では夏休み前にパーティが開催される。俺はいつも寮の部屋で爆睡していたのだが今回は兄様に叩き起され無理やり連行された。
パーティ会場に(引きずられながら)入るとみんなが一斉にこちらを見た。案の定嫌な感じの視線だ。
会場には何故か両親もいて、兄に引きずられている俺を見るや否や凄い形相で俺の顔を叩いた。
パシンッ
乾いた音が会場に響く。痛い。すごく痛い。
「エトっ!お前っ!なんて事をしたんだ!」
「……いくら気に入らない相手だからって階段から突き落とすだなんて……」
「幸い、クラリス様にお怪我が無かったから良かったものの下手したら死んでいたんだぞ?」
家族に矢継ぎ早に糾弾される。
「俺、本当に知らないよ。」
「まだ言うかっっ!!」
周りも同調し俺を糾弾してくる。
「……本当に知らないんだ……」
なんでこんなことになったのか、未だに分からない。
「はぁ……いい。もうお前とは家族の縁を…」
「お待ちください」
父の言葉を遮ったのは第2王子様だった。
周りがザワつく
「クラリス。こっちへ」
傍で控えていたらしいクラリスが第2王子に駆け寄り、腕に縋るように絡みつく。
「クラリスを突き落としたのは“本当に”ここに居る彼かい?」
俺を手で指しながら優しい声音でクラリスに訊ねる第2王子。
クラリスは力強く頷きながら俺を指さし
「絶対!!この方で間違いありません!!」
と断言した。キッと父や周りがこちらを睨んでくる。
「クラリス。君が突き落とされたのは昨日の朝、6時頃で合っているかな?」
「はいっ……そうです。僕が教室に向かう途中で忘れ物に気づき、部屋へ取りに戻ろうとしたその瞬間に……!!」
クラリスが大袈裟なくらいに怯えて見せると周りから「可哀想」だとか「人の心がないのね」だとか同情や嫌悪が飛んでくる。
「だったらおかしいね。その時間エトは校門の花壇に居たからどう頑張っても君を突き落とせない筈だよ。」
「え、」
味方だと思っていた第2王子からの思わぬ裏切りを受けてクラリスは固まる。
それは周りもそうだったみたいで一瞬で会場が静まり返った。
「2週間ほど前、エトと会話する機会があってね。噂とあまりに人が違うからしばらく様子を見させてもらう事にしたんだ。」
もちろん、君もねと第2王子が続ける。
「この2週間、彼の動向を僕自ら見させてもらったよ。情報は正確な方がいいからね。」
「彼は朝昼晩問わずずっとこの学園の花壇の世話をしていたよ。病んでるんじゃないかと逆に心配になったくらいだ。」
「そ、そういえば僕を押したのは彼では無かったかもしれません!お、落ちた時の怖さで錯乱していて……!でもッ……!きっと彼が僕にイタズラするように言ってるんです!」
「誰かと会って君を貶めるよう頼んでいる様子も無かった。そもそも彼の友人らしい人は見られなかった。」
失敬な。少しくらいは居たわ。
「それに、さっきも言ったが君のことも兄様の婚約者であるアードに頼み込んで監視してもらったよ。先の時刻、君はまだ自室に居たらしいじゃないか。」
「おいっどういう事だ?!?」
思わず声を荒らげた人気者達にクラリスが押し黙る。
「ついでに、クラリス、君について調べさせてもらったよ。君がエトにされたと宣っていた嫌がらせは全部君が前の学園で、とある生徒に対して行った事らしいじゃないか。」
「うるさい!!うるさいうるさいうるさい!!余計なことをしやがって!!」
本性を表したクラリスに周りは騒然とする。
「だいたいっ!!お前が僕の言うことを聞かなかったのが悪いんだ!!」
繰り返しになるが、俺とクラリスは彼が転入してきた時に一言二言話したくらいだ。
「心当たりがないんだけど。」
「僕が『それ美味しそう』って言った時は僕にくれるか、同じ物を買ってくるのが普通だろう!」
「知らない国の常識ですね……。」
俺が購買で買った菓子パンを食べてる時にたしかにそんな事を言われたような気がするし、それに対して美味しいよとだけ返したけど……。
「まさかその程度のことでここまで……」
思わず力が抜ける。するといつの間に近くにいた第2王子が支えてくれた。
「だいたいッあんたなんていてもいなくても変わらないじゃないか!!」
第2王子が合図すると屈強な男たちが未だぎゃあぎゃあ騒ぐクラリスを引きずって連れていった。
「エト。大丈夫か。」
「見ての通り大丈夫じゃないけどありがとう。」
第2王子に手伝ってもらい何とか立ち上がる。
周りから同情や気まずさ混じりの目が向けられる。
「エト……」
パシン
差し出された父の手を払う。
「僕はもう、貴方たちの事を家族だとは思えない。」
溢れる涙を拭いながら広場を後にする。
最後に見た家族は悲痛と後悔をその顔に浮かべていた。
─────
あの後、僕は学園を退学し、家も出た。
夏休みいっぱい時間を使い、第2王子に仲介してもらい家族と話し合って決めた。
僕の両親が統治する領の辺境にある小さな屋敷に越して来てから1年の時が経った。
毎日毎日畑仕事ばかりの平々凡々な日々
変わったことがあるとするならそれは──
「…………前も思ったけどさ、毎日毎日よく飽きないよね。……ほら、お義父さんから手紙を預かってきたよ。」
第2王子が頻繁に来る事だろう。
前に一度、手紙は使用人に任せたらいいと進言したら「わかってないね。」と呆れられた。
「そうそう。遂に彼らが国外へ逃げたよ。」
彼……クラリスは俺が退学した後も学園に残り続けたらしい。更生するかせめて大人しくしていれば家柄もあり特に問題も起きなかっただろうが、彼はあろうことか開き直る事にしたらしい。
それに加え彼の両親も自分よりも位の低い貴族を脅していて、それが露呈したらしい。うちの両親も彼らに脅されていて、だからあんなに余裕が無かったのだろうと第2王子が教えてくれた。
「それで、流石にここにはいれないと思ったんだろうね。朝、彼の屋敷に向かったらもぬけの殻だったよ。」
「ふうん」
第2王子の話を聞きながらラムラムの世話をする。ラムラムは今年の誕生日に父様に貰ったメスのヤギだ。ミルクも出るし、何より草むしりの手間が減って助かっている。
「だからさ、その。そろそろ戻って来ない?学園に行けとは言わないし、実家が気まずいならうちに来ればいい。庭園だって好きに弄らせるし、畑がいいなら作らせる。悪くないでしょ?」
第2王子はなにかを期待するようにこちらを伺ってくる。
「うーん。今戻っても示しがつかないし、最低でも後1年はここにいるよ。それに、
住処のことなら心配しなくても自分で用意するから大丈夫だよ。貯金もあるし。」
第2王子を見やると、心底呆れた表情をしており、オマケに「はぁ……」と態とらしく溜息をついた。
「わかった。本当に君が何もわかってない事もこのままだと永遠にわかってくれない事もよぉーくわかったよ。だから変な噂が経った時に誰も否定してくれないんだよ君は、ホントに……はぁ」
「なんでそんなに怒ってるのさ?意味がわかんないんだけど。」
「怒ってない呆れてるだけだ。……まあ?俺も少し奥手すぎたかなと思ってたけど君に合わせようとね。ただでさえ君は人嫌いだから嫌われないようにと控えてたがこのままでは埒が明かない。」
「さっきからなんの話をしてるの?」
第2王子は早口でブツブツと何かを言ったかと思うと俺をギリギリと睨みつけ
「……1年は待ってあげる。でも覚悟しておくんだな。」
と言い残しズカズカ帰って行った。
結局なんの話だったんだ。
─────
それからしばらくして、とある噂を知った。
噂によると、第2王子は月に一度、辺境に居る気のある相手の元へ足繁く通っていて、王様や第1王子に頼みに頼み込んで最近ようやく相手との結婚の許可をもぎ取ったとのことで、まあ普通に目出度い話だ。
だが問題がある。
この噂によると、どうやら俺は第2王子の婚約者らしい。
心当たりがありすぎる……。
─────
噂によると第2王子に気がある俺が、第2王子が気のあるクラリスに嫌がらせをしているらしい。
クラリスとは彼が転入してきた時に一言二言話した程度の友人とも言えない仲だ。いや、だからそんな噂になってるのか?わからん。
ぶっちゃけ第2王子に関して言えば顔どころか名前すら知らないんだけど。
─────
この噂が流れたのは俺が1年生の時の夏休み前ぐらいからだ。クラリスは1年生の6月と、随分微妙な季節に転入してきたからその一月後くらいだ。どうやら彼は第2王子以外の人気者達からも相当好かれていたらしく、嫌がらせがあったらしい。そして、何故かその主犯が“俺”という事になっていた。
平凡は平凡らしくと、今まで貴族の端くれとして可もなく不可もなくな日々をのんびり過ごしていた俺は、噂の影響らしい小さい嫌がらせを受けながらも楽観的に過ごしていた。夏休みが挟まればこんな噂も嫌がらせもすぐに絶えると思ったのだ。
今思えばこの時家族に相談くらいしておけば良かったと思う。一時期鳴りを潜めていた噂がすぐにぶり返し、あっという間に全校に広がったからだ。
流石に焦って動いた時には遅かった。
クラリスの仇だなんだと人気者達やクラスメイトから嫌がらせを受け、第2王子様に近づくなと彼らの親衛隊とやらからボコられる。
家族には話すら聞いて貰えなかった。母様や父様、兄様からこの期に及んで嘘をつくなと罵られ、こんな子に育つなんて親不孝だと嘆かれた。正直これが一番堪えた。だって、16年間一緒過ごした俺より1年も過ごしてないクラリスの話を信じたからだ。
そして今、学年も上がり噂が流れてから1年経とうとしている。
俺はもう、色々諦めた。話を聞かない人達に語り掛けるよりあと1年我慢する方がいいと判断したからだ。相変わらず嫌がらせはあるが気にしなければ気にならない。いつも通り平凡は平凡らしく過ごすだけだ。
──────
「おい、エト」
花壇の水やりを終え、さあ教室に戻るかという所でやたらと脚の長い美形に絡まれた。
「誰だお前」
おっと口に出てしまった。
謎の美形はギリギリと俺を睨みつけてくる。
「シラを切るな。俺だ。」
「詐欺師か」
「違う!ヴァルラーフェンだ。」
知らないとは言わせないぞという圧を奴からビシビシ感じるが本当に知らない。誰だこいつ
「ごめん。本当に心当たりがないんだけど知り合いだっけ」
「ふん。あくまで知らない体を装うか。」
「まじで知らねーんだわ」
「では、こう言えばわかるかな。」
「ヴァルラーフェン・キャベンディッシュ。この王国の第2王子だ。」
─────
「あ~お前がナントカカントカ第2王子様か。」
「ヴァルラーフェン・キャベンディッシュ、だ。名前を覚えろ」
「なんか俺が君の事好きみたいな噂流れてるけど……うん、俺第1王子の方が好みだわ。勘違いさせてごめんね?」
「……兄上には婚約者が居るが……」
「王族と結婚出来るとか思ってる訳ないじゃん。あくまで好みだって。君って意外とアホなんだね。」
「はあ????俺の事誰だと思ってるんだお前。言葉は選べよ」
「ヴァルナントカカントカ第2王子でしょ。さっき知った。」
「そういうことでは無い!!不敬だと言いたいんだ俺は!どうなっても知らんぞ」
「構わないよ。もう親に勘当されそうだし」
「……」
なんか言えよ
─────
この学園では夏休み前にパーティが開催される。俺はいつも寮の部屋で爆睡していたのだが今回は兄様に叩き起され無理やり連行された。
パーティ会場に(引きずられながら)入るとみんなが一斉にこちらを見た。案の定嫌な感じの視線だ。
会場には何故か両親もいて、兄に引きずられている俺を見るや否や凄い形相で俺の顔を叩いた。
パシンッ
乾いた音が会場に響く。痛い。すごく痛い。
「エトっ!お前っ!なんて事をしたんだ!」
「……いくら気に入らない相手だからって階段から突き落とすだなんて……」
「幸い、クラリス様にお怪我が無かったから良かったものの下手したら死んでいたんだぞ?」
家族に矢継ぎ早に糾弾される。
「俺、本当に知らないよ。」
「まだ言うかっっ!!」
周りも同調し俺を糾弾してくる。
「……本当に知らないんだ……」
なんでこんなことになったのか、未だに分からない。
「はぁ……いい。もうお前とは家族の縁を…」
「お待ちください」
父の言葉を遮ったのは第2王子様だった。
周りがザワつく
「クラリス。こっちへ」
傍で控えていたらしいクラリスが第2王子に駆け寄り、腕に縋るように絡みつく。
「クラリスを突き落としたのは“本当に”ここに居る彼かい?」
俺を手で指しながら優しい声音でクラリスに訊ねる第2王子。
クラリスは力強く頷きながら俺を指さし
「絶対!!この方で間違いありません!!」
と断言した。キッと父や周りがこちらを睨んでくる。
「クラリス。君が突き落とされたのは昨日の朝、6時頃で合っているかな?」
「はいっ……そうです。僕が教室に向かう途中で忘れ物に気づき、部屋へ取りに戻ろうとしたその瞬間に……!!」
クラリスが大袈裟なくらいに怯えて見せると周りから「可哀想」だとか「人の心がないのね」だとか同情や嫌悪が飛んでくる。
「だったらおかしいね。その時間エトは校門の花壇に居たからどう頑張っても君を突き落とせない筈だよ。」
「え、」
味方だと思っていた第2王子からの思わぬ裏切りを受けてクラリスは固まる。
それは周りもそうだったみたいで一瞬で会場が静まり返った。
「2週間ほど前、エトと会話する機会があってね。噂とあまりに人が違うからしばらく様子を見させてもらう事にしたんだ。」
もちろん、君もねと第2王子が続ける。
「この2週間、彼の動向を僕自ら見させてもらったよ。情報は正確な方がいいからね。」
「彼は朝昼晩問わずずっとこの学園の花壇の世話をしていたよ。病んでるんじゃないかと逆に心配になったくらいだ。」
「そ、そういえば僕を押したのは彼では無かったかもしれません!お、落ちた時の怖さで錯乱していて……!でもッ……!きっと彼が僕にイタズラするように言ってるんです!」
「誰かと会って君を貶めるよう頼んでいる様子も無かった。そもそも彼の友人らしい人は見られなかった。」
失敬な。少しくらいは居たわ。
「それに、さっきも言ったが君のことも兄様の婚約者であるアードに頼み込んで監視してもらったよ。先の時刻、君はまだ自室に居たらしいじゃないか。」
「おいっどういう事だ?!?」
思わず声を荒らげた人気者達にクラリスが押し黙る。
「ついでに、クラリス、君について調べさせてもらったよ。君がエトにされたと宣っていた嫌がらせは全部君が前の学園で、とある生徒に対して行った事らしいじゃないか。」
「うるさい!!うるさいうるさいうるさい!!余計なことをしやがって!!」
本性を表したクラリスに周りは騒然とする。
「だいたいっ!!お前が僕の言うことを聞かなかったのが悪いんだ!!」
繰り返しになるが、俺とクラリスは彼が転入してきた時に一言二言話したくらいだ。
「心当たりがないんだけど。」
「僕が『それ美味しそう』って言った時は僕にくれるか、同じ物を買ってくるのが普通だろう!」
「知らない国の常識ですね……。」
俺が購買で買った菓子パンを食べてる時にたしかにそんな事を言われたような気がするし、それに対して美味しいよとだけ返したけど……。
「まさかその程度のことでここまで……」
思わず力が抜ける。するといつの間に近くにいた第2王子が支えてくれた。
「だいたいッあんたなんていてもいなくても変わらないじゃないか!!」
第2王子が合図すると屈強な男たちが未だぎゃあぎゃあ騒ぐクラリスを引きずって連れていった。
「エト。大丈夫か。」
「見ての通り大丈夫じゃないけどありがとう。」
第2王子に手伝ってもらい何とか立ち上がる。
周りから同情や気まずさ混じりの目が向けられる。
「エト……」
パシン
差し出された父の手を払う。
「僕はもう、貴方たちの事を家族だとは思えない。」
溢れる涙を拭いながら広場を後にする。
最後に見た家族は悲痛と後悔をその顔に浮かべていた。
─────
あの後、僕は学園を退学し、家も出た。
夏休みいっぱい時間を使い、第2王子に仲介してもらい家族と話し合って決めた。
僕の両親が統治する領の辺境にある小さな屋敷に越して来てから1年の時が経った。
毎日毎日畑仕事ばかりの平々凡々な日々
変わったことがあるとするならそれは──
「…………前も思ったけどさ、毎日毎日よく飽きないよね。……ほら、お義父さんから手紙を預かってきたよ。」
第2王子が頻繁に来る事だろう。
前に一度、手紙は使用人に任せたらいいと進言したら「わかってないね。」と呆れられた。
「そうそう。遂に彼らが国外へ逃げたよ。」
彼……クラリスは俺が退学した後も学園に残り続けたらしい。更生するかせめて大人しくしていれば家柄もあり特に問題も起きなかっただろうが、彼はあろうことか開き直る事にしたらしい。
それに加え彼の両親も自分よりも位の低い貴族を脅していて、それが露呈したらしい。うちの両親も彼らに脅されていて、だからあんなに余裕が無かったのだろうと第2王子が教えてくれた。
「それで、流石にここにはいれないと思ったんだろうね。朝、彼の屋敷に向かったらもぬけの殻だったよ。」
「ふうん」
第2王子の話を聞きながらラムラムの世話をする。ラムラムは今年の誕生日に父様に貰ったメスのヤギだ。ミルクも出るし、何より草むしりの手間が減って助かっている。
「だからさ、その。そろそろ戻って来ない?学園に行けとは言わないし、実家が気まずいならうちに来ればいい。庭園だって好きに弄らせるし、畑がいいなら作らせる。悪くないでしょ?」
第2王子はなにかを期待するようにこちらを伺ってくる。
「うーん。今戻っても示しがつかないし、最低でも後1年はここにいるよ。それに、
住処のことなら心配しなくても自分で用意するから大丈夫だよ。貯金もあるし。」
第2王子を見やると、心底呆れた表情をしており、オマケに「はぁ……」と態とらしく溜息をついた。
「わかった。本当に君が何もわかってない事もこのままだと永遠にわかってくれない事もよぉーくわかったよ。だから変な噂が経った時に誰も否定してくれないんだよ君は、ホントに……はぁ」
「なんでそんなに怒ってるのさ?意味がわかんないんだけど。」
「怒ってない呆れてるだけだ。……まあ?俺も少し奥手すぎたかなと思ってたけど君に合わせようとね。ただでさえ君は人嫌いだから嫌われないようにと控えてたがこのままでは埒が明かない。」
「さっきからなんの話をしてるの?」
第2王子は早口でブツブツと何かを言ったかと思うと俺をギリギリと睨みつけ
「……1年は待ってあげる。でも覚悟しておくんだな。」
と言い残しズカズカ帰って行った。
結局なんの話だったんだ。
─────
それからしばらくして、とある噂を知った。
噂によると、第2王子は月に一度、辺境に居る気のある相手の元へ足繁く通っていて、王様や第1王子に頼みに頼み込んで最近ようやく相手との結婚の許可をもぎ取ったとのことで、まあ普通に目出度い話だ。
だが問題がある。
この噂によると、どうやら俺は第2王子の婚約者らしい。
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