神の居る島〜逃げた女子大生は見えないものを信じない〜

(旧32)光延ミトジ

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20XX/07/04(月)

p.m.7:00「四人目になったのは?」

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 時刻は午後の七時を回った。

 一風は玄関と居間をソワソワと行き来して落ち着かない様子でいる。神々廻は台所で夕食のパスタを茹でていたが、どうやら無事に完成したらしい。両手にひとつずつパスタを盛った平たい皿を乗せ、彼が居間へとやって来た。

「夕飯できたよ。慈郎の愛情たっぷりきのこのパスタ。スープも持ってくるから、とりあえず座ったら?」
「愛情うんぬんはともかく……ありがとうございます。でもわたしは、もう少し待ってからいただきますね」
「温かい内に食べて欲しいけどねえ。八雲くんからは連絡なし?」
「はい……」

 スマホにも家の電話にも連絡はない。何かあったのだろうか。一風は不安で顔を歪め、無意識に手の中のスマホを握る手に力がこもった。

「まだ七時だよ。確かに連絡がないとソワソワしちゃうかもしれないけど、八雲くんも十八歳の男の子だからね。そんなに心配しなくてもいいんじゃないかな?」
「神々廻さんの、言いたいことは理解できます」

 八雲は十八歳の遊びたい盛りの青年だ。島の風習や伝統、人間を受け入れられない一風とは違い、彼には深い絆で繋がった同世代の友人たちがいる。普段、寝たきりの母をひとりで見ていたら夜まで遊べはしないけれど、姉が帰って来ている時なら友人と遊べると思って、行動を起こしても不自然ではないだろう。

 しかしそれは、八雲が普通の十八歳の青年だったら、の話だ。

「あの子は、気を遣いすぎってくらい、人に気を遣う子なんです。夕食の支度に間に合わないほど遅くなるなら、帰って来ないにしても連絡くらい入れます」
「勝手に作るとは思わない?」
「思っても連絡するのが八雲です。これまでも作れない時には、作れないって言って外出していたでしょう?」
「ああ、そうかも……」

 胸騒ぎがした。どうにも嫌な予感がして落ち着かない。美味しそうな匂いのするパスタも、今は喉を通りそうではなかった。

「すみません、神々廻さん。せっかく作ってもらったけど、少し、家の周りを見てきます。それから、観伏寺にも……」
「なんで寺に?」

 首を傾げる神々廻に、一風は今朝のことを話す。

 家を出て行こうとした八雲は、どこへ行くのか聞かれて誤魔化した。口にすれば一風が不機嫌になる場所へ行こうとしていたからだろう。だとすれば第一候補は鬼石堂安のところだ。しかし彼女は鬼石堂安の居場所を知らない。

「お寺に行くのは鬼石堂安の居場所を聞くためです」

 理由を説明すれば神々廻は「なるほどねえ」と納得してくれた。

「じゃあ、僕も一緒に行こうかな。一風ちゃんをひとりで行かせるのは心配だし、夜のデートってしゃれ込むのもいいと思わない?」

 バチン、と片目を瞑る彼に、一風は呆れて溜め息をつく。それでも、ふざけたことを言うなと苛立たないのは、神々廻の顔がいいからか、それとも……絆されているのか。もっとも、どちらにしても彼女の返事は決まっているのだが。

「神々廻さんはお留守番です」
「え~?」
「眠っている人を、ひとり残して行けないので」
「お母さんを僕に任せるってこと? そっかあ……そんなに信頼してくれてるのなら、裏切るわけにはいかないね」
「ありがとうございます」
「ああ、でも婚約指輪はしていくように。君を狙う男のところに行くんだから、牽制のアイテムは装備していかないと。いいね?」
「はいはい。設定は守りますよ」

 一風はそう言うと、一度部屋へ戻って指輪をはめ、その足で玄関へと向かった。夏の七時はまだ明るい。とはいえすぐに暗くなるのはわかっていた。細身の懐中電灯を持ち、おそらく母のものであろうサンダルを足に引っかける。見送ってくれる神々廻に背を向けて家を出ようとし――

 彼女が触れる前に、玄関の戸がガラガラと音を立てて開かれた。

 開いた戸の向こうに立っていたのは、夏目大寿だ。玄関口に立っている一風を見て、彼が目を丸くする――後ろから腕を引かれた。背中に神々廻の身体がぶつかる。自然と大寿との間に距離ができた。

「こんばんは~、ご住職。また会えて嬉しいけど、こんな時間になんの用かな?」
「……こんばんは。貴方とももう一度話したいと思っていましたが、生憎、今はその時間がありません。一風さん、一緒に来てください」
「一緒に?」

 大寿が真剣な顔で手を差し出してきた。理知的な目が、どことなく切羽詰まっているようにも見える。夏の気温のせいか彼の剃髪した頭やひたいには汗が滲んでいた。随分急いでここまで来たらしい。

「待ちなよ。彼女に歪んだ愛情を向けてる男と一緒に行かせると思う? どこへつれて行かれるかも分からないのにさ」
「貴方と問答をするつもりはありません。一風さん、来てください。八雲くんが大変なことになりました」
「……え?」

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。胸騒ぎを覚えていたこともあり、彼女は大寿を見つめたまま困惑する。

「八雲くんがどうしたの?」

 そんな一風に代わり、口を開いたのは神々廻だった。

「池で溺れているのが見つかりました。意識不明の重体です。今は診療所に運ばれて様子を見ていますが……目覚める気配はありません」
「そ、んな……冗談、でしょう……?」

 ばくばくと、心臓が鼓動を速めている。

「八雲が……?」
「残念ですが、本当の話です」
「うそ……なんで……」

 一風の頭の中がだんだん真っ白になっていく。聞いた言葉を理解したくないと、無意識の内に思っているのだろう。脳が働かない。血の気が引いていく。身体が震えて、動揺を隠すことができなかった。真っ白な頭の中に浮かぶのは、池に沈んだ三人の子供たちの名前だ。ふたりは死に、ひとりは意識不明の重体。その名前の横に『月島八雲』の名が並ぶ。

「池にいた八雲くんを誰が見つけたの?」

 溺れていた、沈んでいたと言わないのは、神々廻の思いやりだろう。もっともそれに気付けるだけの余裕は、今の彼女にはなかったが。

「……私が見つけました。彼を池から引き上げて、診療所に運び、ここへ来たんです」
「ふーん……言われてみれば法衣が濡れてるね。黒くて分からなかったや。でも不思議だ。なんで池に行ったの? 日常的にご住職が足を運ぶような場所じゃないでしょ」
「伊蔵くるみさんのことがあって、日に一度見に行くようにしているんです」
「へえ、それで八雲くんを見つけたって? すごい偶然だねえ」

 挑発するかのような神々廻の物言いに、大寿の眉間に皺が寄った。

「何を疑っているのか知りたくもありませんが、偶然ではないでしょう。八雲くんとは今日の午後、会う約束をしていました。ですが彼は約束の場所へ来なかった。約束を反故にするなど彼らしくない……だから探していたのです」
「会う約束を? じゃあ、八雲くんが会いに行ったのは、鬼石堂安じゃなくてご住職だったってこと?」
「さあ、それは分かりません。私とだけでなく、堂安さんとも会う約束をしていたのかもしれませんから。八雲くんの予定を私は把握していません」

 ふたりの会話を、一風はどこか遠くに聞いていた。全てを理解し、内容が頭に入ってくることはなかったが、その時間のおかげで少しだけ冷静になることができた。

 彼女は口を開く。

「なんでもいいから、早く行きましょう」
「一風ちゃん、僕も行くよ。君をひとりで行かせるのならともかく、彼と一緒に行かせるわけにはいかない。明らかに怪しいからねえ」
「本人を前にしてよく言いますね。その疑い深いところも、過剰に他人を攻撃する言葉も、果たして真意はどこにあるのでしょう?」
「どういう意味かな?」
「ご存知ですか? 何か秘密を抱えている人間は、疑い深くなり、疑心暗鬼で他人を攻撃してしまうそうですよ」
「面白いこと言うね。秘密のひとつやふたつ、誰にでもあるでしょ。もしかして一風ちゃんに疑念の種でも植え付けようとしてる? もう諦めなよ。何をしたって、彼女は君のところへ戻ったりしないんだから」
「神々廻さん、大寿さん、もういいです」

 その場の空気を張り詰めさせるふたりに対し、一風は「いい加減にしてください」と苛立ち混じりの言葉を吐く。弟が意識不明の重体になっている時に、くだらない問答をしている大人たちに、腹が立たないはずがない。

「神々廻さんはここに残ってください」

 一風は後ろにいた神々廻から離れ、向き直る。

「でも――」
「理由は、さっき言ったとおりです。八雲がそんなことになっているなら、なおさら、母をひとりにはしておけません。だから、お願いします」

 彼女は神々廻に頭を下げた。

「一風ちゃん……」

 彼の表情は見えない。頭を下げたまま言葉を待っていると、深い溜め息が降ってきた。そして両肩に大きな手が触れる。

「分かったから、頭を上げて」

 神々廻の温かい手と声音に促されて、彼女はゆっくり頭を上げる。そのまま彼の顔を見上げれば、真剣な目に見据えられた。

「診療所について、八雲の状態が分かったらすぐに電話して」

 一風は頷く。

 そして彼女は神々廻に見送られながら、半ば玄関を飛び出すように大寿と共に診療所へ向かうのだった。




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