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第1章『流浪の元聖女』
第13話「フローラの縁談」
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クラウス王は玉座の上で得意の妄想に耽っては、時折、うすら寒く笑っていた。
今日の彼はいつにも増して上機嫌だったが、同時にこれまでにないほど不気味だった。気の毒なのはクラウス王が、王ゆえにどれだけ薄気味悪くても、側近の男も、その他の家臣たちも、印象の良い態度を維持しなければならない。
正直な所、こんな気持ちが悪い男のそばで笑顔を維持出来るのは、それだけで大した才能だ。
しかし、そんなクラウス王には現在、一つだけ煩わしい事があった。
「あの、陛下、リコ司祭が……」
側近の男は、躊躇いがちに王に呼び掛けた。
今日は朝早くから、リコ司祭が何度もここに来ては謁見を求めている。
だがクラウス王は一度も応じていない。
「また来たのか。飽きずに性懲りもないな」
クラウス王はため息でも吐きたい気持ちだった。
尋ねてくる理由を脇に置いて考えるならば、確かにリコ司祭はしつこい。何度断っても時間を置いてやってくる。彼が国教会所属な為、クラウス王でも無理やりな手段を取るのは利口な行いではない。
「会われたほうが……」
「たかが司祭など放っておけ!」
折角の上機嫌に水を差されて、語気が荒くなっている。
「司祭はともかく、大司教猊下を無視するのは不味いです」
大司教とは国全体の教会組織を束ねる存在だ。
教会に属する職員や聖職者はもとより、十数万の信徒を束ねる立場でもある。
例え王や有力な貴族でも容易に太刀打ちできる相手ではない。
もちろん、王族や貴族にも信徒は大勢いる。
「大司教ごとき敵にもならんぞ?」
こう思っているのは、おそらくクラウス王だけだろう。居並ぶ家臣たちは、いつもの虚言癖だと思って意に介する態度は誰一人して示していない。
「ヴァレンテさまは、大陸最高位の枢機卿ですぞ」
大陸全土には有力な枢機卿はおよそ、十数人いるが、ヴァレンテはその中でも随一の実績と能力を誇っている。順当にいけば次代の教皇は彼になると言われている。
そのヴァレンテ大司教は、リコ司祭の師に当たる人物だった。
「教会はそもそも政治には、口出しはしないはずだぞ」
「陛下が聖女さまを監禁したからですよ」
そういうことだ。
聖女フローラは聖水騒ぎを起こした村に滞在中、近衛騎士の率いる兵士の一団に捕縛されてしまい、そのまま兵士たちと共に王都へ帰還している。
クラウス王は王命だからと強権を発動して、フローラを神殿に閉じ込めてしまった。
王の横暴なやり方に国教会は遺憾の意を示して、強硬な態度を取っている。
リコ司祭が何度も王宮にやってくるのも、クラウス王を詰問する為と同時にフローラを救い出す為だった。
「人聞きの悪いことを言うな、私と結婚できるのだ問題は無いだろう?」
「しかし、聖女さまは拒否なされたでしょう?」
「そもそも王命による婚姻は絶対だ。聖女とて断れぬ」
クラウス王は神殿まで足を運び、フローラに王命と称して結婚を強要した。
これにはさすがのフローラも受け入れるわけには行かず、遠まわしにだが拒絶の旨を態度に表した。
だがクラウス王はフローラの言い分を認めなかった。
「え、政教分離と仰るなら、陛下に聖女さまへの強制力は無いのでは?」
笑ってしまうくらい、側近の男の言うことは正論だ。
「バカを申すな、王とは絶対者なのだ。王が教会へ干渉するのは正しいが、逆は許されん」
クラウス王は本気でこう思っている。
何故なら、これまで無茶を言って望んだことが、ほぼ叶ってしまっている。
クレールから王位を奪ったのもそうだ。
叶って当然だと思い込んでいるから、善悪の判断もつかないし、結果をそのまま好意的に解釈してしまう。
詰まる所、精神が破綻している。そもそもが、まともな人間性ではないのだ。
「そうですか。良く分かりました」
話しても無駄と思ったのだろう。良い判断だ。
ようやく引き下がった側近の態度に王はご満悦だった。
そしてフローラとの甘い結婚生活を妄想し始めては、やたらと楽しそうな顔に戻る事ができたが、この日の午後になって、またしてもそんな彼の至福の時間に邪魔が入ることになる。
―――
昼食を終えて優雅な午後のゆっくりした時を過ごすクラウス王に、この日もう何度目になるのか、再び邪魔者が尋ねてきた。
今度の相手は門前払いができるような相手ではなかった。
「陛下! だ、大司教猊下がお越しです!」
思わぬ大物の来訪に、側近の男だけでなく、他の家臣たちからもざわめきが起こった。
「何? 呼んでもいないのにか…あの爺さんめ、仕方が無い。通してやれ」
「久しぶりですな。クラウス王陛下」
この国の大司教ヴァレンテは軽く頭を下げて挨拶をした。
ヴァレンテは齢65だが、白髪にしわを刻んだ風貌にはまだまだ力強い生気が宿っている。
これまで数々の奇跡を体現し、多くの功績を成し得てきた。
「呼んだつもりはない、さっさと出て行け。無礼者め」
謁見の間から、ひと際大きなざわめきが巻き起こった。
居並ぶ家臣たちはお互いに顔を見合わせたり、クラウス王の顔を凝視するなどして、大変に狼狽えている。こうなるのが当然なほど、王の大司教への発言は度が過ぎていた。
「陛下、国教会は聖女さまの解放を要請します」
しかし、大司教は王の言葉を少しも気に留めず、用件を簡潔に伝えた。
その堂に入った態度に王は苛立ちを覚えていた。
素直に従わない態度に腹を立てている。
「貴様、無礼だと言っているのがわからんのか? あまつさえ他人の妻を奪おうとは、それで大司教とは聞いて飽きれるわ!!」
言い切ってすっきりした顔をしている。
これでどうだと言わんばかりに大司教を睨みつけている。
「へ、陛下、お鎮まりを、大司教猊下に対して失礼にも程がありますぞ」
家臣の一人が一歩前に進み出て、クラウス王にこう言った。普段は王を諫めるなど誰もしないが、さすがに今回ばかりはそうも言ってらいれないようだ。
「まあまあ、ワシは気にしてはおりませんぞ。それより陛下、妻と申されましたか?」
「くそじじいめ、耳も遠くなったのか? もう一度言うがフローラは私の妻だ」
ふんと鼻を鳴らして、玉座の上でふんぞり返っている。
「聖女さまが承諾なされたと?」
「そうだ! フローラのほうから懇願してきたのだ!!」
ババっと立ち上がって、大仰な手振りを交えて悦に入った顔をしている。
「誠ですな? まさか神の使徒たる聖職者に嘘など言いませんな?」
言いながら居住まいを正して、大司教はキリッとした目つきで王を見据えた。
「貴様に嘘を言う必要などないわ。しかしこれ以上、干渉されるのも望む所ではない。いいだろう、直接本人の口から聞いてみるが良い」
玉座の上で王が片手を上げる仕草をした。
側近の男がその意を汲むと、傍に控える近衛騎士に目配せをした。バタバタと数人の近衛騎士たちが謁見の間から出て行った。
近衛騎士の彼が目指すのは、フローラが監禁されている神殿だ。
王の意を汲んで彼女を謁見の間まで連れて来るのが、クラウス王から受けた任務となる。
その頃フローラは神殿の自室で考えに耽っていた。
ヴァージルさんたちは大丈夫でしょうか。
あの時、ヴァージルさんは、近衛騎士に刃向かおうとしていました。
そんなことをさせるわけには行かず、私が要求に従うことで事なきを得ましたが……
あれから私一人だけが連れて去られてしまいました。
ヴァージルさんや、キャラバンの皆さんが心配です。
それとクラウス王陛下は、何故私と結婚をしたいと?
確かに王妃の位はずっと空位のままでした。
なので、ご結婚されるのは良い事だと思いますけど……
私は……
フローラは降って沸いた求婚騒ぎに動揺を隠せないでいた。
結婚に応じるつもりは微塵もなかったが、王命に逆らうのも気が引ける。
そもそも逆らって良いかもわからなかった。
*****
第二の爺さん現る! 今度の爺さんも一味違います(´ー+`)
*****
今日の彼はいつにも増して上機嫌だったが、同時にこれまでにないほど不気味だった。気の毒なのはクラウス王が、王ゆえにどれだけ薄気味悪くても、側近の男も、その他の家臣たちも、印象の良い態度を維持しなければならない。
正直な所、こんな気持ちが悪い男のそばで笑顔を維持出来るのは、それだけで大した才能だ。
しかし、そんなクラウス王には現在、一つだけ煩わしい事があった。
「あの、陛下、リコ司祭が……」
側近の男は、躊躇いがちに王に呼び掛けた。
今日は朝早くから、リコ司祭が何度もここに来ては謁見を求めている。
だがクラウス王は一度も応じていない。
「また来たのか。飽きずに性懲りもないな」
クラウス王はため息でも吐きたい気持ちだった。
尋ねてくる理由を脇に置いて考えるならば、確かにリコ司祭はしつこい。何度断っても時間を置いてやってくる。彼が国教会所属な為、クラウス王でも無理やりな手段を取るのは利口な行いではない。
「会われたほうが……」
「たかが司祭など放っておけ!」
折角の上機嫌に水を差されて、語気が荒くなっている。
「司祭はともかく、大司教猊下を無視するのは不味いです」
大司教とは国全体の教会組織を束ねる存在だ。
教会に属する職員や聖職者はもとより、十数万の信徒を束ねる立場でもある。
例え王や有力な貴族でも容易に太刀打ちできる相手ではない。
もちろん、王族や貴族にも信徒は大勢いる。
「大司教ごとき敵にもならんぞ?」
こう思っているのは、おそらくクラウス王だけだろう。居並ぶ家臣たちは、いつもの虚言癖だと思って意に介する態度は誰一人して示していない。
「ヴァレンテさまは、大陸最高位の枢機卿ですぞ」
大陸全土には有力な枢機卿はおよそ、十数人いるが、ヴァレンテはその中でも随一の実績と能力を誇っている。順当にいけば次代の教皇は彼になると言われている。
そのヴァレンテ大司教は、リコ司祭の師に当たる人物だった。
「教会はそもそも政治には、口出しはしないはずだぞ」
「陛下が聖女さまを監禁したからですよ」
そういうことだ。
聖女フローラは聖水騒ぎを起こした村に滞在中、近衛騎士の率いる兵士の一団に捕縛されてしまい、そのまま兵士たちと共に王都へ帰還している。
クラウス王は王命だからと強権を発動して、フローラを神殿に閉じ込めてしまった。
王の横暴なやり方に国教会は遺憾の意を示して、強硬な態度を取っている。
リコ司祭が何度も王宮にやってくるのも、クラウス王を詰問する為と同時にフローラを救い出す為だった。
「人聞きの悪いことを言うな、私と結婚できるのだ問題は無いだろう?」
「しかし、聖女さまは拒否なされたでしょう?」
「そもそも王命による婚姻は絶対だ。聖女とて断れぬ」
クラウス王は神殿まで足を運び、フローラに王命と称して結婚を強要した。
これにはさすがのフローラも受け入れるわけには行かず、遠まわしにだが拒絶の旨を態度に表した。
だがクラウス王はフローラの言い分を認めなかった。
「え、政教分離と仰るなら、陛下に聖女さまへの強制力は無いのでは?」
笑ってしまうくらい、側近の男の言うことは正論だ。
「バカを申すな、王とは絶対者なのだ。王が教会へ干渉するのは正しいが、逆は許されん」
クラウス王は本気でこう思っている。
何故なら、これまで無茶を言って望んだことが、ほぼ叶ってしまっている。
クレールから王位を奪ったのもそうだ。
叶って当然だと思い込んでいるから、善悪の判断もつかないし、結果をそのまま好意的に解釈してしまう。
詰まる所、精神が破綻している。そもそもが、まともな人間性ではないのだ。
「そうですか。良く分かりました」
話しても無駄と思ったのだろう。良い判断だ。
ようやく引き下がった側近の態度に王はご満悦だった。
そしてフローラとの甘い結婚生活を妄想し始めては、やたらと楽しそうな顔に戻る事ができたが、この日の午後になって、またしてもそんな彼の至福の時間に邪魔が入ることになる。
―――
昼食を終えて優雅な午後のゆっくりした時を過ごすクラウス王に、この日もう何度目になるのか、再び邪魔者が尋ねてきた。
今度の相手は門前払いができるような相手ではなかった。
「陛下! だ、大司教猊下がお越しです!」
思わぬ大物の来訪に、側近の男だけでなく、他の家臣たちからもざわめきが起こった。
「何? 呼んでもいないのにか…あの爺さんめ、仕方が無い。通してやれ」
「久しぶりですな。クラウス王陛下」
この国の大司教ヴァレンテは軽く頭を下げて挨拶をした。
ヴァレンテは齢65だが、白髪にしわを刻んだ風貌にはまだまだ力強い生気が宿っている。
これまで数々の奇跡を体現し、多くの功績を成し得てきた。
「呼んだつもりはない、さっさと出て行け。無礼者め」
謁見の間から、ひと際大きなざわめきが巻き起こった。
居並ぶ家臣たちはお互いに顔を見合わせたり、クラウス王の顔を凝視するなどして、大変に狼狽えている。こうなるのが当然なほど、王の大司教への発言は度が過ぎていた。
「陛下、国教会は聖女さまの解放を要請します」
しかし、大司教は王の言葉を少しも気に留めず、用件を簡潔に伝えた。
その堂に入った態度に王は苛立ちを覚えていた。
素直に従わない態度に腹を立てている。
「貴様、無礼だと言っているのがわからんのか? あまつさえ他人の妻を奪おうとは、それで大司教とは聞いて飽きれるわ!!」
言い切ってすっきりした顔をしている。
これでどうだと言わんばかりに大司教を睨みつけている。
「へ、陛下、お鎮まりを、大司教猊下に対して失礼にも程がありますぞ」
家臣の一人が一歩前に進み出て、クラウス王にこう言った。普段は王を諫めるなど誰もしないが、さすがに今回ばかりはそうも言ってらいれないようだ。
「まあまあ、ワシは気にしてはおりませんぞ。それより陛下、妻と申されましたか?」
「くそじじいめ、耳も遠くなったのか? もう一度言うがフローラは私の妻だ」
ふんと鼻を鳴らして、玉座の上でふんぞり返っている。
「聖女さまが承諾なされたと?」
「そうだ! フローラのほうから懇願してきたのだ!!」
ババっと立ち上がって、大仰な手振りを交えて悦に入った顔をしている。
「誠ですな? まさか神の使徒たる聖職者に嘘など言いませんな?」
言いながら居住まいを正して、大司教はキリッとした目つきで王を見据えた。
「貴様に嘘を言う必要などないわ。しかしこれ以上、干渉されるのも望む所ではない。いいだろう、直接本人の口から聞いてみるが良い」
玉座の上で王が片手を上げる仕草をした。
側近の男がその意を汲むと、傍に控える近衛騎士に目配せをした。バタバタと数人の近衛騎士たちが謁見の間から出て行った。
近衛騎士の彼が目指すのは、フローラが監禁されている神殿だ。
王の意を汲んで彼女を謁見の間まで連れて来るのが、クラウス王から受けた任務となる。
その頃フローラは神殿の自室で考えに耽っていた。
ヴァージルさんたちは大丈夫でしょうか。
あの時、ヴァージルさんは、近衛騎士に刃向かおうとしていました。
そんなことをさせるわけには行かず、私が要求に従うことで事なきを得ましたが……
あれから私一人だけが連れて去られてしまいました。
ヴァージルさんや、キャラバンの皆さんが心配です。
それとクラウス王陛下は、何故私と結婚をしたいと?
確かに王妃の位はずっと空位のままでした。
なので、ご結婚されるのは良い事だと思いますけど……
私は……
フローラは降って沸いた求婚騒ぎに動揺を隠せないでいた。
結婚に応じるつもりは微塵もなかったが、王命に逆らうのも気が引ける。
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