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神官リオネル編
第34話 (3/3)
しおりを挟むある日の定例祈祷が終わった後――聖堂内に静けさが戻った頃。
参列者たちが三々五々と退出していく中、祭壇の近くに残っていた一人の若い男性が、私に近づいてきた。
短く整えられた茶髪、真面目で礼儀正しい物腰。鎧は脱いでいたが、その背筋の伸び方と目の鋭さで、すぐに誰かが分かった。
――勇者ジーク様に随行している、聖騎士殿だ。
「失礼します。少しだけ、お時間をいただけますか」
低く、真摯な声。
その表情には祈りを終えた安らぎだけではなく、どこか苦悩が滲んでいた。
私が促すと、彼は静かに語り始めた。
「……“ある人”が、いつも笑っていて、明るくて……でも、本当はなにか押し込めているように見えるんです」
彼の目が僅かに揺れる。その“ある人”が誰かなど、問うまでもない。彼が言っているのは、あの美しくも愛らしい勇者様のことだ。
やはり、と私は心の中で微笑んだ。
彼のまばゆい光に惹かれ、守りたいと思い、傍にいたいと願う者たち。その中のひとりが、この誠実な聖騎士なのだ。
彼は、そのまま続ける。
「自分では気づいていないのか、あるいは、誰にも見せないようにしているのか……」
それを見抜いたというだけで、この男がただの騎士ではないことが分かる。鋭さと、繊細さの両方を備えているのだろう。
「そんな人に、どんな言葉をかければ、少しでも楽にできるのか……」
彼の問いは、純粋だった。だからこそ残酷でもある。
もしも彼が、ただの旅の仲間であるなら。主従関係に徹することができるのなら、こんな風に心を乱したりはしなかっただろう。
彼のことを思い起こしながら語るその眼差しから察するに、この男は恋をしているのだろう。それも、恐らくは真っ直ぐな、純粋な想いだ。
的外れな助言を与えてもよかった。
勇者様のまわりが混乱すれば、それだけで“私の手番”が回りやすくなる。
だが、それは流石に品位を欠くだろう。
私は聖職者だ――少なくとも、表面上は。
「……声をかけてあげてください」
私は静かに告げる。
「『あなたのままでいい』と。『弱さを見せても、責めたりしない』と」
それが、心を縛るには“足りない言葉”であることを、私は知っている。だが、彼にはそのくらいの誠実さが似合っている。
そしてその言葉が、彼の心にどう響くか――ほんの少しだけ、興味があった。
聖騎士殿は目を見開き、そしてゆっくりと頷いた。
「……ありがとうございます」
深々と頭を下げたあと、彼は静かに踵を返し、聖堂を後にする。
(……さて)
残された私は、ふと目を細める。
昔から、こういう関係性は見慣れていた。恋愛感情が絡めば、どれほど理性的な者でも軸が揺らぐ。私は過去の失敗から学び、誰にも過度な執着を持たせぬよう調整してきた。
だが――
(ジーク様は、違う)
無自覚に人を狂わせる、愛されすぎる器。
甘えるように擦り寄りながら、相手の魂に爪痕を残していく。
(彼に同行する魔術師殿も、たしか何やら興味深い目で見ておられましたね……。
いずれ、聖騎士殿とぶつかる時が来るかもしれません)
でも“感情を揺さぶる”ことと、“身体を開かせる”ことは、まったく別の技術。
誠実で慈悲深い聖騎士殿と、理知的で観察眼の鋭い魔術師殿――どちらも、私にとっては“まだまだ”だ。彼らが本当に、ジーク様を“開かせる”ことができるのか?
(……そして、カルディス司祭)
あの男が、勇者様のような上玉を見逃すはずがない。欲しいと思ったものは、必ず自分の手に収める――その冷徹さと執着を、私はよく知っている。
彼の心理掌握の技術は凄まじい。困ったときには、まるで呼吸を読むように的確な救いの手を差し伸べてくる――私も何度絆されそうになったことか。
あの熱に、ほんの少しだけ身を委ねてしまえば、楽になれたのかもしれない。だが、それをすれば、私は私でなくなる気がして。
……もちろん、それもきっと計算のうちだ。そうやって懐に入り込み、相手を支配していくのだろう。
もし彼まで動くとなれば、これはただの“器の奪い合い”では済まなくなるだろう。
――もっとも、負けるつもりなど更々無いが。
私は再び祭壇の奥、荘厳なる主の像を仰ぎ見る。
神が選び、神が与えた唯一の器。
その心を、身体を、誰が真に手に入れるのか。
――誰もが、彼を欲している。
だが、誰もまだ、彼の中枢には辿り着けていない。
指先が震える。
それは理性の喪失ではない。
ついに私もまた、“欲望”という祈りを手にしたのだ。
「ジーク様は……私がいただきますよ」
その声は誰に向けたものでもなく、祈りのように響いていた。
神の御前で誓う――静かな、静かな宣戦布告。
それが“貴方”の意志であろうと、なかろうと。
私は必ず――奪ってみせる。
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今回は主人公が…というわけではないですが、リバ要素は大好物なので大変嬉しいです!
うふふふ。リバ、良いですよね……私も大好物なのです……!
受け経験のある攻めというのは、それを踏まえた上で主導権を握ってくる感じがですね、とても魅力的なのですよね(熱弁)
感想、嬉しいです。ありがとうございます!
ロイとアッシュと3人で幸せになってほしいいい(;;)
感想ありがとうございます!
ずっとロイとアッシュが可哀想な展開になっててすみません!!!
どちらともしっかり愛し合ってるので、ちゃんと幸せな形でまとめようとは思っていますが……いかんせんジークがアホなので道のりは長いです……!
これからもドタバタとドスケベとじれじれ(?)を楽しんでいただけたらと思います!