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ドライフラワー
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ドライフラワー
一章 色褪せていく日々 ―
別れを切り出したのは、私だった。
六月の終わり。雨上がりの空気は重たくて、部屋の空気まで湿っていた。
冷房の音が機械的に鳴っているその部屋で、私たちは向かい合って座っていた。
けれど、心は何か月も前から、背中を向け合っていたのかもしれない。
「……ねえ、私たち、もう無理かもね」
沈黙を破るようにそう言った私に、
彼は少し驚いたような顔をして、そして、小さく笑った。
あのときの笑顔を、今も思い出す。
あきらめにも似た、でもどこか優しさのにじむ顔だった。
思えば、いつからだろう。
喧嘩が増えたのは。
会話が一方通行になったのは。
「私ばかり頑張ってる」なんて思い始めたのは――。
それでも、彼の声も、顔も、不器用なところも、
嫌いになんてなれなかった。
ただ、苦しかった。
眠った彼の隣で、声を殺して泣いた夜もある。
そんな自分が情けなくて、ついに私は「さよなら」を選んだ。
──時間が経てば、きっと忘れられる。
そう信じて部屋を出た私の手には、彼がくれたドライフラワーの束が握られていた。
それは今も部屋の隅に飾られたまま。
枯れずに、ただ色だけを失っていく。
私の想いも、同じように色褪せていった。
忘れられないまま、枯れることもできずに。
二章 届かない手紙
君がいなくなった部屋は、思ったより静かだった。
誰かの気配が消えた空間って、こんなに冷たいんだなって思った。
時計の針の音だけがやけに大きく聞こえて、
そのたびに、君の最後の言葉が何度も頭の中で響いていた。
「きっと、私たち合わないね」
本当は、すぐにでも言い返したかった。
「違う」って、「まだやり直せる」って。
けれど、その言葉すら、君を引き止めるには遅すぎた。
思い返せば、君のことを、ちゃんと見ていなかった。
君の話を、ちゃんと聞いていなかった。
君の涙を、ちゃんと受け止めていなかった。
それなのに、君は最後まで優しかった。
怒るでもなく、責めるでもなく、ただ、静かに笑っていた。
今でも思い出すよ。
君の笑い声、泣き顔、寝起きの不機嫌な顔――全部、全部、愛おしかった。
そして、君の隣に、もう誰かがいるのだとしたら。
それが君を笑顔にしているのだとしたら。
俺はきっと、祝福しなければいけないんだと思う。
でも、願ってしまう。
いつかどこかですれ違ったら――
ほんの少しだけでいい。笑ってくれたら、それでいい。
それだけで、十分なんだ。
三章 枯れないままの想い
月明かりの夜は、いつも少し胸が苦しくなる。
部屋の隅に飾ったドライフラワーが、今も変わらずそこにある。
枯れたように見えて、まだ崩れないその姿が、まるで自分の心のようだった。
季節は変わり、街も変わり、人の流れも変わった。
新しい人と出会い、笑ったり泣いたりもするけれど、
ふとした瞬間に、あの頃の記憶が胸を刺す。
好きだった。
本当に、心の底から。
でも、それでも一緒にいることが、できなかった。
愛していることと、幸せでいられることは、
きっと同じじゃなかったんだ。
今なら、少しだけわかる。
あの恋が私を変えてくれたこと。
そして、今もちゃんと私の中に生きていること。
──まだ枯れない、この想いごと。
私は今日も静かに抱えて生きている。
そして、もしももう一度だけ会えるのなら。
「ありがとう」と、「さよなら」を、
今度こそ、ちゃんと笑って言えるように。
⸻
〔終わりに〕
この物語は、
過ぎ去った恋に本当の意味で“終わり”を与えるまでの時間を描いた物語です。
人は、忘れることで前に進むのではなく、
想いを抱えたまま、それでも歩いていくことで前に進んでいくのだと。
たとえその想いが、まだ枯れないままであっても。
一章 色褪せていく日々 ―
別れを切り出したのは、私だった。
六月の終わり。雨上がりの空気は重たくて、部屋の空気まで湿っていた。
冷房の音が機械的に鳴っているその部屋で、私たちは向かい合って座っていた。
けれど、心は何か月も前から、背中を向け合っていたのかもしれない。
「……ねえ、私たち、もう無理かもね」
沈黙を破るようにそう言った私に、
彼は少し驚いたような顔をして、そして、小さく笑った。
あのときの笑顔を、今も思い出す。
あきらめにも似た、でもどこか優しさのにじむ顔だった。
思えば、いつからだろう。
喧嘩が増えたのは。
会話が一方通行になったのは。
「私ばかり頑張ってる」なんて思い始めたのは――。
それでも、彼の声も、顔も、不器用なところも、
嫌いになんてなれなかった。
ただ、苦しかった。
眠った彼の隣で、声を殺して泣いた夜もある。
そんな自分が情けなくて、ついに私は「さよなら」を選んだ。
──時間が経てば、きっと忘れられる。
そう信じて部屋を出た私の手には、彼がくれたドライフラワーの束が握られていた。
それは今も部屋の隅に飾られたまま。
枯れずに、ただ色だけを失っていく。
私の想いも、同じように色褪せていった。
忘れられないまま、枯れることもできずに。
二章 届かない手紙
君がいなくなった部屋は、思ったより静かだった。
誰かの気配が消えた空間って、こんなに冷たいんだなって思った。
時計の針の音だけがやけに大きく聞こえて、
そのたびに、君の最後の言葉が何度も頭の中で響いていた。
「きっと、私たち合わないね」
本当は、すぐにでも言い返したかった。
「違う」って、「まだやり直せる」って。
けれど、その言葉すら、君を引き止めるには遅すぎた。
思い返せば、君のことを、ちゃんと見ていなかった。
君の話を、ちゃんと聞いていなかった。
君の涙を、ちゃんと受け止めていなかった。
それなのに、君は最後まで優しかった。
怒るでもなく、責めるでもなく、ただ、静かに笑っていた。
今でも思い出すよ。
君の笑い声、泣き顔、寝起きの不機嫌な顔――全部、全部、愛おしかった。
そして、君の隣に、もう誰かがいるのだとしたら。
それが君を笑顔にしているのだとしたら。
俺はきっと、祝福しなければいけないんだと思う。
でも、願ってしまう。
いつかどこかですれ違ったら――
ほんの少しだけでいい。笑ってくれたら、それでいい。
それだけで、十分なんだ。
三章 枯れないままの想い
月明かりの夜は、いつも少し胸が苦しくなる。
部屋の隅に飾ったドライフラワーが、今も変わらずそこにある。
枯れたように見えて、まだ崩れないその姿が、まるで自分の心のようだった。
季節は変わり、街も変わり、人の流れも変わった。
新しい人と出会い、笑ったり泣いたりもするけれど、
ふとした瞬間に、あの頃の記憶が胸を刺す。
好きだった。
本当に、心の底から。
でも、それでも一緒にいることが、できなかった。
愛していることと、幸せでいられることは、
きっと同じじゃなかったんだ。
今なら、少しだけわかる。
あの恋が私を変えてくれたこと。
そして、今もちゃんと私の中に生きていること。
──まだ枯れない、この想いごと。
私は今日も静かに抱えて生きている。
そして、もしももう一度だけ会えるのなら。
「ありがとう」と、「さよなら」を、
今度こそ、ちゃんと笑って言えるように。
⸻
〔終わりに〕
この物語は、
過ぎ去った恋に本当の意味で“終わり”を与えるまでの時間を描いた物語です。
人は、忘れることで前に進むのではなく、
想いを抱えたまま、それでも歩いていくことで前に進んでいくのだと。
たとえその想いが、まだ枯れないままであっても。
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