9 / 48
藤戸合戦
5
しおりを挟む
数日後、通信は再び範頼のもとに呼ばれた。土肥實平を筆頭に、佐々木盛綱、梶原景時、そして通信が集められていた。戦功をとりまとめていたのだろう。範頼の横で、あの京武者が忙しなく筆を動かしている。
「さて、これからのことだが」
範頼が口を開いた。
無事に児島から平家の軍勢を追いやったものの、戦況が大きく動いたわけではない。東からの兵站線を一部守ったというだけで、相変わらず物資は少なく舟もない。藤戸にとどまり続けるわけにもいかないので、西へと進軍し九州に入るべきだが、先に進んだ軍勢からは、兵糧と物資の不足を嘆く便りばかりが届く――ということだった。
「一度、京へ戻るのはどうでしょうか」
盛綱が口を開いた。
「それは難しいでしょう。京とてこの人数をまかなうだけの体力はない」
實平が遮る。
「三河殿を第二の朝日将軍にしたいのであれば、いいんじゃないですかね」
景時の皮肉に、盛綱の表情が歪んだ。
「京へは戻れない。兄上が許すはずがない」
範頼からの追い打ちで、盛綱は完全にうなだれてしまった。
「兄上……鎌倉殿の厳命だ。必ず海上が穏やかな日を選び、四国屋島にて決戦を。平家の舟団を陸に追いやって、四国本土にて主上と三種の神器を無事に手にいれること。そして可能であれば、平家との和平を結ぶ事。これを違えることは、ゆるされない」
「でしょう。じゃあ、やっぱり九州に行くしかないんじゃないですか」
景時が言う。
「そのために臼杵次郎と緒方三郎を先に行かせたわけでしょ」
「しかし、そうはいってもこの数だぞ」
「話が戻っちゃったじゃない。だからこそ、ここにとどまり続けるわけにもいかんでしょ」
範頼が押し黙る。
「平三は、京からなにか知らせをうけているか」
見かねたのか實平が口を挟んだ。
「法皇が我らの狼藉に怒り心頭ってところでしょうか」
景時の身も蓋もない言葉に、範頼が呻き声をあげた。
「ま、そのあたりは鎌倉に抑えてもらえばいいんです。そのためにあなたの兄上は前線まで来てないんですから」
「それは」
「そもそも三河殿の率いる坂東の軍勢を、無理言って西海へ派遣させたのは院なのですから、知らねぇよって逃げられると思いますけどね」
「だが、兄上は」
なにかを言いかけた範頼の口を、實平の手が無遠慮に塞いだ。
「ま、そのへんの駆け引きは、向こうにやってもらいましょ。目下、おれたちがやるべきことは、四国決戦に向けた準備でしょ」
「そう、そうだな」
気圧された一同が、小さくうなずいた。
「ところで、もうしわけございませんが、景時は播磨に戻らせていただきますので」
唐突な景時の言い分に、範頼が目を剥いた。
「まってくれ。梶原殿の戦力は」
「いえ、せっかく兵站線を守ったにもかかわらず、おれがそっちに行ったら」
「梶原殿は、苦境から逃げだすというわけですな」
盛綱が鼻で笑った。
「そうとらえてもらっても構いませんよ。ただ、このままではあんたたちのやってきたこと、すべて水の泡になるんじゃねぇのって、おれは言ってんの」
「平三、お前もう少し噛み砕け。おれたちとお前とじゃあ、わかっていることが違いすぎる」
實平の怒気を含んだ声に、さすがの景時も肩をすくめる。
「第一に、児島の平家戦力が屋島に集結した以上、いままで以上に播磨、備前、備中の兵站線を守る必要があること。第二に、摂津国や播磨国へ上陸の足がかりになる淡路を再び平家に抑えられるわけにはいかないということ。第三に、九州を制圧するあなたがたと、京の軍勢は連携をとらなければならないということ」
「京の軍勢」
範頼が小さく呟いた。
「こうなれば、やむを得ません。総力戦ですな」
腕を組み、目をつむって聞いていた實平が呟いた。
「それで、河野四郎はおれが連れて行ってもいいですか」
思いがけない言葉に、通信は耳を疑った。そんなこと、なにも聞いていない。
「平三、河野殿には水軍を」
「屋島で決戦をしようとすれば、おのずと伊予の河野にはやってもらわなきゃならないことがでてきますでしょうし。そうだろう、河野四郎」
「え」
いったい景時にはなにが見えているのか。まったく話についていけずに、通信は間抜けな声を出すことしかできなかった。
だれもが眉間に皺を寄せるなか、景時一人が揚々としている。軽い足取りで通信の前に立つと、満面の笑みを浮かべてこう言った。
「お前には、九郎判官に会ってもらおう」
「さて、これからのことだが」
範頼が口を開いた。
無事に児島から平家の軍勢を追いやったものの、戦況が大きく動いたわけではない。東からの兵站線を一部守ったというだけで、相変わらず物資は少なく舟もない。藤戸にとどまり続けるわけにもいかないので、西へと進軍し九州に入るべきだが、先に進んだ軍勢からは、兵糧と物資の不足を嘆く便りばかりが届く――ということだった。
「一度、京へ戻るのはどうでしょうか」
盛綱が口を開いた。
「それは難しいでしょう。京とてこの人数をまかなうだけの体力はない」
實平が遮る。
「三河殿を第二の朝日将軍にしたいのであれば、いいんじゃないですかね」
景時の皮肉に、盛綱の表情が歪んだ。
「京へは戻れない。兄上が許すはずがない」
範頼からの追い打ちで、盛綱は完全にうなだれてしまった。
「兄上……鎌倉殿の厳命だ。必ず海上が穏やかな日を選び、四国屋島にて決戦を。平家の舟団を陸に追いやって、四国本土にて主上と三種の神器を無事に手にいれること。そして可能であれば、平家との和平を結ぶ事。これを違えることは、ゆるされない」
「でしょう。じゃあ、やっぱり九州に行くしかないんじゃないですか」
景時が言う。
「そのために臼杵次郎と緒方三郎を先に行かせたわけでしょ」
「しかし、そうはいってもこの数だぞ」
「話が戻っちゃったじゃない。だからこそ、ここにとどまり続けるわけにもいかんでしょ」
範頼が押し黙る。
「平三は、京からなにか知らせをうけているか」
見かねたのか實平が口を挟んだ。
「法皇が我らの狼藉に怒り心頭ってところでしょうか」
景時の身も蓋もない言葉に、範頼が呻き声をあげた。
「ま、そのあたりは鎌倉に抑えてもらえばいいんです。そのためにあなたの兄上は前線まで来てないんですから」
「それは」
「そもそも三河殿の率いる坂東の軍勢を、無理言って西海へ派遣させたのは院なのですから、知らねぇよって逃げられると思いますけどね」
「だが、兄上は」
なにかを言いかけた範頼の口を、實平の手が無遠慮に塞いだ。
「ま、そのへんの駆け引きは、向こうにやってもらいましょ。目下、おれたちがやるべきことは、四国決戦に向けた準備でしょ」
「そう、そうだな」
気圧された一同が、小さくうなずいた。
「ところで、もうしわけございませんが、景時は播磨に戻らせていただきますので」
唐突な景時の言い分に、範頼が目を剥いた。
「まってくれ。梶原殿の戦力は」
「いえ、せっかく兵站線を守ったにもかかわらず、おれがそっちに行ったら」
「梶原殿は、苦境から逃げだすというわけですな」
盛綱が鼻で笑った。
「そうとらえてもらっても構いませんよ。ただ、このままではあんたたちのやってきたこと、すべて水の泡になるんじゃねぇのって、おれは言ってんの」
「平三、お前もう少し噛み砕け。おれたちとお前とじゃあ、わかっていることが違いすぎる」
實平の怒気を含んだ声に、さすがの景時も肩をすくめる。
「第一に、児島の平家戦力が屋島に集結した以上、いままで以上に播磨、備前、備中の兵站線を守る必要があること。第二に、摂津国や播磨国へ上陸の足がかりになる淡路を再び平家に抑えられるわけにはいかないということ。第三に、九州を制圧するあなたがたと、京の軍勢は連携をとらなければならないということ」
「京の軍勢」
範頼が小さく呟いた。
「こうなれば、やむを得ません。総力戦ですな」
腕を組み、目をつむって聞いていた實平が呟いた。
「それで、河野四郎はおれが連れて行ってもいいですか」
思いがけない言葉に、通信は耳を疑った。そんなこと、なにも聞いていない。
「平三、河野殿には水軍を」
「屋島で決戦をしようとすれば、おのずと伊予の河野にはやってもらわなきゃならないことがでてきますでしょうし。そうだろう、河野四郎」
「え」
いったい景時にはなにが見えているのか。まったく話についていけずに、通信は間抜けな声を出すことしかできなかった。
だれもが眉間に皺を寄せるなか、景時一人が揚々としている。軽い足取りで通信の前に立つと、満面の笑みを浮かべてこう言った。
「お前には、九郎判官に会ってもらおう」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる