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五条坊門
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しおりを挟む数日後、阿万六郎と弁慶を送りだした義経は、継信ただ一人を連れて、京の街をふらふらと散策していた。たまには息抜きくらいしてもいいだろう。本当は一人で気ままにしたいのだが、そうすると継信がうるさくてかなわないので、彼だけは供にと連れてきた。
継信とは、もう長いつきあいだ。
義経の父、源義朝は、平治の乱で平清盛らに敗北した。その頃まだ嬰児であった義経は、後に鞍馬寺に預けられ、いずれ僧籍に入るものとして育てられた。
だが義経は、どうしても僧侶として生きていくことが嫌だった。おのれの出自に気づいていたということもあるが、なにより鞍馬寺での生活は退屈でしかたがなかったのである。
美しいと評判であった母は、一条大蔵卿に再嫁していた。その一条家の縁にすがって、奥州へと身をよせた。
奥州での生活は満たされていた。美しい寺院と、活気あふれる街は理想的であったし、そこにいた人々もみな義経を慕ってくれた。しかし、奥州は冬が長かった。冬のあいだはすべてが雪に閉ざされる。義経には、少しばかり刺激が足りなかった。
そんなあるとき、坂東で兄頼朝が反平家の旗を揚げたという、噂が伝わった。義経はいてもたってもいられずに、顔も見たことのない兄のもとに馳せ参じた。
兄と再会を果たしたときには、信用を得るために色々と述べたが、実際のところ明確な理由があったわけではない。おもしろそうだったからである。
そのとき奥州のものであるにもかかわらず義経の郎等としてついてきたのが、佐藤継信とその弟である佐藤忠信であった。
弟の忠信は人懐っこくあけすけな性格であり、坂東ものとも西国のものともすぐに打ち解けていた。一方、兄の継信は無口で神経質な性格だった。弟と違い周囲にあまり馴染まないがゆえに、義経の近くから離れることもなかった。
二人とも十分に腕は立つ。
義経自身はといえば武芸は、からきしであった。もとより女のように華奢な体躯である。大柄な武者どもに力でかなうはずもない。相撲も、弓も、他人には劣る。
しかし、戦場そのものは好きだった。刻一刻と状況が変化していく様が、意思を持った生き物のようで興味深い。
平教経とも、そういう戦場で出会った。否、戦場で出会う前から、義経は一方的にその名を知っていた。平家の猛将、一騎当千の武者のなかの武者。そう坂東のものたちから恐れられていた。義経はそれがひどく癪に障った。
本当に世間で風聞されるほどのものなのか。おれのほうが合戦は強いだろう。実際にそのとおりで、一ノ谷の合戦で、義経は策をもって猛将をあっけなく討ち取ってみせた。
それみたことか。世間で評判の猛将も、この程度じゃないか。所詮、ひとは死ぬものなのだ。そう味方を鼓舞したつもりだったが、生きていたとなれば話は別だ。
猛将の存在は、ひとのこころを満たす薬であり、また犯す毒だ。その存在が嘘か誠かなど、群衆にとっては些事だ。きら星のようなその将を胸に抱き、縋ることができればいいのだから。
猛将教経と釣り合うだけの輝きを放つものが、範頼率いる軍勢にはいない。しからばいずれ西国の武士たちの心は離れていくだろう。それはおもしろくないではないか。いや、おもしろいのか。
おれが出て、きら星を墜としてやる。
言葉をかわすこともなく、義経と継信は歩いた。京都の道々には、孤児や乞食がたむろしている。長引く戦乱と飢饉のために、飢える民が多くいるのだ。それらを目にいれないようにしながら、堀川通りを南へと行く。するとひとの賑わう一角に出た。
東市だ。すでに市が開いている刻限ではないが、飯や酒を提供する店もあった。
市のなかに足を踏み入れる。いくつかの店棚の前にひとが群れていた。あちらこちらから、もうもうとした煙がたち昇っている。動物の脂の焦げる香ばしい香りが鼻腔をくすぐった。
「おれは腹がへったよ」
義経がいうと、継信が目を細めてうなずいた。人混みのなかに消える。しばらく待っていると、雀の串焼きと酒を手にして戻ってきた。
「それじゃあ腹にたまらないなあ」
「鳩のほうがよろしかったのですか」
義経は継信の手から串を受けとると、まず頭をほおばった。表面には山椒味噌が塗られているのか、舌の先端がぴりりと痺れる。噛み砕けば、もったりとして甘苦い。ほのかに鉄のような味がする。忠信などは頭が一番旨いといって食べていたが、義経はこの食感と独特な匂いがあまり得意ではなかった。口のなかに残る風味を洗い流すように、酒を流しこむ。
酒といっても、宴の席でふるまわれるような上等なものではない。酒粕を湯で溶いただけのものだ。これはどこか懐かしい味がして、義経は嫌いではなかった。
人混みに混じりながら屋台をひやかしていると、大宮通りにでた。大宮通りにも板作りの簡素な店棚がひしめきあっている。柳の木の下では、男たちが集まって賭け事に熱中していた。男たちの言葉はひどく訛っている。坂東のものどもだろう。彼らに勘づかれても厄介なので、そうっと背を向けた。
「あれ?」
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