屋島に咲く

モトコ

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鹿島

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 それからしばらく、穏やかな行程が続いた。通信たちは播磨国を抜け、備前、備中、備後と進んだ。変わり映えしない景色が続く。ただ、波間に浮かぶ島々には、それぞれ個性がある。島の形を覚えている通信は、自分たちのいる位置を、島影から把握していた。

 安芸国にさしかかった。砂浜の広がる海岸線を行くのは目立ちすぎるため、通信たちは林のなかを進んでいた。左手には幾重にも枝を重ねた松、右手には山肌というような細道だ。

 獣道というほどでもないが、それでも張りだした枝を避けながらの乗馬である。通信は何度か針のような葉に頬や額を刺された。通信が苦い顔をする度に、景高がけらけらと笑っていた。

 太陽が天から滑り落ち、しかし顔を隠すほどでもない頃。みしり、と山肌のほうから音がした。木の幹が不自然に揺れている。

「なんだぁ、猿か?」

 景高が仰ぎ見る。

 突如、土煙があがった。地滑りだ。ひとよりも早く危機を察知した馬たちが、一斉に駆ける。

 瞬間、どっと、崖が崩れ落ちた。間一髪――振りかえる。

「雨なんか降ってないのに」

 景平が呟く。みな一度下馬し、状況を確認した。岩が崩れ、斜面に生えた木々を巻きこんで落ちてきたようだ。ただでさえ狭い道は、背後を完全に閉ざされてしまっている。通信たちは、しかたなく目的地まで前進することにした。港で後続のものたちと合流することができるだろうと踏んだ。

「やっぱり変じゃない? こんなに乾いてるのに」

 景平が、馬が地を蹴る度に煙る土埃を指す。

「あんなの降ってくる?」
「だれかが、わざと」

 通信が首を傾けた、そのときである。

「平次様!」

 前方から斥候に出ていた郎等が二人、走り寄ってきた。

「賊に馬をやられました」

 落馬した際に怪我をしたのだろうか。郎等のうちの一人は、肘を庇うように抑えている。

「他のものは」
「応戦しておりますが」

 郎等の言葉を遮るように、ひょぉう――と、うなりをあげて鏑矢が頭上を越えていった。

 唐突な宣戦布告に、みなが振りかえる。崖の上から土埃をあげながら馳せ来る騎馬が目に入った。二騎である。もちろん後続の郎等たちではない。見たこともない男たちだ。

「ちっ、やる気かぁ」

 景高が唾を吐いた。郎等たちが、景高と景平、そして通信の盾になるように並ぶ。

「考えるまでもなく、かこまれてるでしょ。平次!」

 景平が弓をつがえた。

「駆けろ!」

 景高が声を上げると同時に、馬の腹を蹴りあげた。

 それを合図にしたかのように、茂みの合間から間髪入れず石礫いしつぶてが飛んできた。通信は、敵の姿を捕らえようと目を懲らした。

「四郎。お前、頭低くしてろ!」

 景高が、怒号とともに空穂から矢を抜きつがえる。疾駆しながら弦をひき、射った。放たれた矢が草木を揺らし、音もなく藪のなかに消える。

 軽いか。

 しかし、その頃にはすでに二の矢、三の矢をつがえては、射る。

 早い。

 目標に当てるというよりは、威嚇のために放っているのかもしれない。

馬手めて側!」

 景高が吠えた。通信たちの右手側の斜面から礫は飛んできていた。逃げ場のない細道で、馬と併走するように駆けて追ってきているのか。否、あらかじめ地の利をよくよく把握して、ひとを配置しているのだ。

「次郎!」
「わかってるって。ひと使いが荒いんだよなぁ」

 ぶつくさと口先で言いながら、景平が器用に馬を操って、景高と通信よりさがる。矢をつがえると、大きく体を捩った。鏃が馬手側の斜面を抉る。悲鳴があがった。

「埒あかねえ。次郎が先頭で四郎は続け」
「平次は」
「うしろ」

 後方にさがっていた景平が馬に鞭をいれる。馬を疾駆させながら、手綱を握るその手にはすでに矢が握られていた。通信は為す術もなく、その背を必死で追う。

 馬の足をゆるめ、後方にさがった景高が、弓をつがえるでもなく両腕を高くあげた。

 なにをしているのか、あれではいい的だろう。無防備すぎる景高の仕草に、通信は苛立ちを覚えた。こちらには頭を低くしておけといいながら――睨みつけようと視線だけを向けると、景高の姿が忽然と消えていた。

 射落とされたのか。主人を乗せていない馬が、通信たちを追い抜いていく。

 通信は大きくのけぞって振りかえった。そして景高の姿を捉えた。

 あろうことか景高は、はりだした松の枝にぶらさがっていた。背後から寄せてきた敵の騎手は、あまりのことに避けきれなかったようだ。景高は、その顔面を蹴り飛ばすと、勢いよく枝に飛びのった。

「おうおう、よく見えてるぞ、てめぇら」

 あっけにとられている敵を尻目に、郎等が景高に弓を投げわたす。

「ははっ、ばかめ、死ねや」

 景高は一気に三本矢を抜いた。射る。敵からも景高の姿は丸見えだ。敵の礫と矢が景高に集中した。景高は、するすると枝の上を渡り、器用にそれらを飛びかわす。

「反転!」
「へ?」

 通信の目の前で、景平の馬がほぼ竿立ちのようになっていた。斜面を蹴って、無理矢理、馬首を返すと、景平は喚き馬に鞭をいれた。

 小石を蹴りあげながら、来た道を駆け戻る。敵を弓手に捕らえているいま、形勢逆転である。郎等どもと景平から雨のように矢を浴びせられ、敵は蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。

「山賊か」
「そんな感じじゃないかな。主人を失ったやつらとか」
「ったく面倒くせぇな」

 賊が逃げ去ったのを確認して、樹上から景高が声をかけてきた。

 景平は郎等たちに指示をして、矢を拾わせている。郎等たちのなかには数名手負いが出ていた。馬も二頭ほどやられていたが、賊の馬を奪ったので移動に支障はなさそうだ。

 なるほど、まさに人馬一体――通信は一人呻いていた。

 馳射で自由に戦うということ、それそのものが難しいというのに、景平などは馬手側の敵をも射貫いて見せた。大きく体を捻ることになるので隙が出るが、それでも対峙者の想定を裏切る効果はあるはずだ。騎馬の戦いでは、その戦果において個人の武勇によるところも大きい。

 しかし、景高の動きはおかしい。そもそもあのような動きは鎧をまとっていれば不可能だ。結果として景高が囮になり、景平が反転するための隙を作ったという面はあるのだろうが、通信は釈然としない思いを抱いた。

 いまだ樹上にいて枝から枝へと伝っている景高の姿を目で追う。そういえば、日間山でも木に登っていたことを思い出した。憮然とした表情を浮かべる通信の横に、景平が馬を寄せてきた。そして樹上を指し、気怠げにぼそりと呟いた。

「猿みたいだよねぇ、あれ」

 通信は手を叩いて笑った。

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