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鹿島
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翌日。日が昇るとすぐに、通信は景高と景平をともなって、ふたたび港へとやってきた。そこから小舟に乗って鹿島へと渡る。
鹿島は港のごく近くにある島である。とても小さな島で、歩いてくるりと一周まわったとしても、たいしたことはない。島には小さな白浜があり、小さな社がある。島の名からも明らかであるように、鹿島明神を祀っているのだ。島の中央部は山そのものだが、ひとの手が入っているため登頂に苦労することはない。山頂は切り拓いており、西海と周囲の島々を一望することができた。
通信は、この島が好きだった。伊予に戻ってきたときは必ずここに来て、だれの目も気にせずに、ぼんやりと過ごすのだ。
白浜から海を眺める。海の水はどこまでも澄んでいて、浅瀬では底の白砂が透けて見えた。透明から徐々に緑になって、青へと変わる。不思議で美しい色は、掌ですくおうとしても、いつもどこかへ逃げてしまう。群れて泳ぐ針魚の銀色の腹が、波のはじいた日の光と重なって、きらきらと輝いていた。よく磨かれた鏡のように眩しい。けれど、すぐに姿をかえてしまう銀の光は脆く儚い。
潮風が心地よかった。この景色を二人にも見て欲しかったのだ。感想を聞こうとして振りかえると、景高が岸壁の亀裂に指を引っかけてよじ登っていた。
「なにしてるの」
「そこに、崖が、あったから」
「あの、神様の島なので」
通信が言うと、不承不承といった様子で景高が飛びおりる。
「山頂に行きたければ道があるよ。それか、次郎と島を一周してくればよかったのに」
「海しかねぇだろうが、どうせ」
悪態をついた景高が、ごろりと砂浜に寝そべった。しばらく、耳が潮騒に支配される。さざなみの合間に、網を引く漁民たちのかけ声が滲んでいた。
「なんで黙ってたんだよ」
不意の詰問に通信は横を向いた。景高が空を睨んでいる。つんと尖った鼻先に、浜の砂がついていた。
通信が当主であるということを黙っていた、それをなじっているのだろう。別段、悪気があったわけではないのだが、いまさらなにを言っても、いいわけだと捉えられそうだ。
「この島、鹿がいるじゃない。狩っていい?」
通信が言葉に窮していると、島を探索していた景平が戻ってきて言った。
「神獣! あれは飼っているの!」
咄嗟に景平の指貫袴の裾をつかむ。その様子を見て、景高がちょっと笑った。
うやむやにされたのが気に入らなかったのか、港に戻る舟のなかで景高が再度、同じ質問を通信に投げた。なぜ、通信が身分を明かさなかったのか、ということである。海上ではさすがに逃げ場がない。通信は、腹を割ることにした。
「面倒くさかったから」
「あ?」
そっけなく言った通信を、景高が睨めつける。
「まあ、おれは分かってたし。そこの猿が鈍いだけだしね」
肩を怒らせた景高を尻目に、景平がため息をついた。
「待て、だれが猿だよ」
「猿じゃん、ほとんど」
「次郎てめぇ」
景高が景平につかみかかると、小舟が大きく揺れた。体勢を崩し、慌てる二人の滑稽さに、通信は口の端をつりあげた。小舟の縁をつかむと、右側に重心をかける。次は左側。舟が大波を受けた時のように揺れた。右へ左へと揺れる度に、景高と景平がきりもみされる。通信は、そのまま二人を海に放りこんだ。
「なにすんだよ!」
白いしぶきをまとった景高が、舟の縁をつかむ。
「あっはっは」
「笑ってんじゃねぇ」
「いや、だって関係ないでしょう。立場とか、どうでもいいかなって」
通信が言うと、景高はきょとんとした表情を浮かべた。
「おれが当主だって知ってたら扱い違った?」
「んなわけないっしょ」
景高が口をへの字に曲げている。通信がさしのべた手を、素直に取った。舟に上がると、観念したかのように袖を絞る。
「あれ、次郎は」
慌てて振りむいた通信の目に飛びこんだのは、かろうじて舟尾をつかんで、いまにも沈みそうになっている景平の姿だった。
二人で景平を引きあげて港へと戻る。通信たちのずぶ濡れの様子を見て、港に待たせていた郎等たちが、なにごとかと慌てた。彼らはすぐに近くに住むものの館から、乾いた直垂を持ってきた。
濡れた衣服を着替えたものの一月の海だ。天気が良いとはいえ、水温は低く潮風も冷たい。景高が、しきりに腕をさすり、くしゃみを繰りかえした。
「さみぃ」
「湯にでも浸かりましょう」
通信は、景高を馬の背へと追いやった。景平はといえば、いつもどおり気怠そうな顔をしている。しかし飄々とした態度とは裏腹に、細い肩は小さく震え唇は真っ青だった。
「怒ってる?」
「多少」
「泳げないもんね」
「……」
あれほどまでの弓の上手も、波の上では無敵ではないのかもしれない。通信は唇がむずむずとするのを感じた。
一刻ほど馬に揺られると、うっすらと硫黄の匂いが漂ってきた。
「あ、あれか。伊予の湯桁」
寒さに震えていた景高の顔が、ぱぁっと明るくなった。この男は見た目は粗野な印象のくせに、やたらと教養だけはある。
伊予、道後に湧き出る湯は、京都でも有名だった。こんこんと湧き出る湯をため、いくつもの桁で仕切る。桁の上に風呂殿という小屋を建て、蒸気を籠もらせて蒸し風呂にしていた。
実際に、その目で見たことがなくとも、貴族たちは思いを馳せて和歌に詠む。その気持ちはよくわからなかったが、地元が京都で有名であるということに悪い気はしない。
着ているものをすべて脱ぎ、烏帽子を取り、髻をほどく。麻布で作られた丈の短い湯帷子をまとい、さきに髪を洗う。久しぶりに櫛で髪を梳く。汚れがごっそり取れた。
風呂殿に入ると、髪を垂らした景高と景平がすでに座っていた。直毛の景高や通信とは異なり、景平の髪はゆるくうねっていた。色も薄く、毛の一本一本が細い。髻を結うのが面倒だろうと通信は思った。
長い手足をゆったりとくつろげている景平の横で、華奢な景高が余計に小さく見えた。湯帷子の襟元から骨張った胸元がのぞいている。狭い額には、すでに大粒の汗が浮かんでいた。
「平次、細すぎじゃない?」
「うっせぇな。おめえはもっと絞れよ」
「え」
「この腹!」
言うやいなや、景高が通信の腹の肉をつかんだ。
「だらしがないよね」
景平にも言われ、通信は己の腹をさすった。少しくらい肉付きが良いほうが強そうに見えると言うと、馬の負担になると笑われた。しかし、だらしがないというのは心外だ。
通信は腕を組んだ。じわりとした湯気に蒸されながら、頭の片隅でこれからのことを整理する。明日は通経を含め、主だった郎等たちと軍議を行う必要があるだろう。
「いつかこのあたりに館を建てたいなぁ」
「このあたりはお前の土地なの」
景高が問う。
「そう。でもすぐ南には矢野荘があって、平家の。あと高縄城よりもっと阿波寄りの方面。東側は新居っていう」
「かこまれてんじゃねぇかよ」
「あ、でも新居とは同盟関係というか、嫁を貰ってるんで」
「いまなんて? え、嘘でしょ」
景高がすっとんきょうな声をあげる。
「奥さん美人?」
いつもならば我関せずという雰囲気を崩さない景平が、めずらしく食いついてくる。なにも答えずにやついていると、通信の態度が面白くなかったのだろう。景平が大げさにため息をついた。
「鼻の下伸ばしやがって。のろけか」
「のろけてない――っていうか、聞いてきたの次郎でしょ」
そう返すと、景平はおもしろくなさそうに鼻を鳴らした。
「どんな子?」
興味津々といった様子の景高は、両手でにやけた口元を隠している。
「小っちゃい。可愛い。幼い。色は白い。おれがいないとなにもできない」
指を折りながら言うと、景高がにやついた。
「いいよなぁ、嫁さん。しかも可愛いんだろ。はあ、おれも早く欲しいわ、嫁さん」
「いや、ぜんぜん良くない」
「なんで」
「苦手なんだよ」
通信は両手で顔を覆った。目の前では、景高と景平が、顔を見あわせる。通信がなにをいっているのかわからないといった様子だ。
「いやこう、わかんないかなぁ。おれじゃなくたっていいと思わん? なんでおれだったんだろう。可哀想にとしか思えないのよ。他に嫁ぎなおしたほうが本人にとっては良くない?」
「じゃあ、かわりにおれが貰ってやるよって言ったら、どうする?」
「おれも、おれも」
通信は、にやにやと手をあげる景高と景平を交互に見比べた。たしかに家柄は申しぶんない。しかしそれを想像すると、ちりっと胸が痛んだ。
「二人には、ちょっといやですかね」
「よし、殺そう。四郎はここで蒸し殺してしまおう」
「同感」
通信は、不穏なことを言う二人を風呂殿の外に蹴りだした。唖然としている二人の肩を抱えると、目の前の水風炉のなかに飛びこむ。
「冷たっ!」
「しばらくすると慣れるから大人しくして」
すぐに水中から出ようとする景高の湯帷子を、引きおさえる。
「いや、本当に、どうかと思う」
景平が、前髪をかきあげながら抗議の声をあげた。
「暖まったら冷水に浸かる。これがおれ流なの」
なにごとかと下女らが慌てた様子で駆けつけてきた。ばつの悪そうな顔をして震える景高と景平を見て、通信は一人手を叩いて笑った。
その日は道後の宿に泊まった。焼いた鯛を出させ、女を呼び、酒をくらって遊んだ。
景高に、「奥方のもとに帰らなくて良いのか」と、真剣な顔つきで言われたが、帰る必要はないと通信は思っていた。「伊予に帰ってきてから、まだ妻に会っていないから急ぐ必要はない」と言うと、景平に、「ひとのこころがない」と軽蔑された。
たしかにそうかもしれない。自分は良い夫ではないだろう。しかし妻は少し重いのだ。そういった細々とした内情をなにも知らない他人には、言いたいことを言わせておけばいい。通信は黙々と酒をあおった。
二刻も経つと、景高も景平もすっかりできあがって上機嫌になっていた。二人にそれぞれ女を宛がって別れたあと、通信は馴染みの女を抱いた。
鹿島は港のごく近くにある島である。とても小さな島で、歩いてくるりと一周まわったとしても、たいしたことはない。島には小さな白浜があり、小さな社がある。島の名からも明らかであるように、鹿島明神を祀っているのだ。島の中央部は山そのものだが、ひとの手が入っているため登頂に苦労することはない。山頂は切り拓いており、西海と周囲の島々を一望することができた。
通信は、この島が好きだった。伊予に戻ってきたときは必ずここに来て、だれの目も気にせずに、ぼんやりと過ごすのだ。
白浜から海を眺める。海の水はどこまでも澄んでいて、浅瀬では底の白砂が透けて見えた。透明から徐々に緑になって、青へと変わる。不思議で美しい色は、掌ですくおうとしても、いつもどこかへ逃げてしまう。群れて泳ぐ針魚の銀色の腹が、波のはじいた日の光と重なって、きらきらと輝いていた。よく磨かれた鏡のように眩しい。けれど、すぐに姿をかえてしまう銀の光は脆く儚い。
潮風が心地よかった。この景色を二人にも見て欲しかったのだ。感想を聞こうとして振りかえると、景高が岸壁の亀裂に指を引っかけてよじ登っていた。
「なにしてるの」
「そこに、崖が、あったから」
「あの、神様の島なので」
通信が言うと、不承不承といった様子で景高が飛びおりる。
「山頂に行きたければ道があるよ。それか、次郎と島を一周してくればよかったのに」
「海しかねぇだろうが、どうせ」
悪態をついた景高が、ごろりと砂浜に寝そべった。しばらく、耳が潮騒に支配される。さざなみの合間に、網を引く漁民たちのかけ声が滲んでいた。
「なんで黙ってたんだよ」
不意の詰問に通信は横を向いた。景高が空を睨んでいる。つんと尖った鼻先に、浜の砂がついていた。
通信が当主であるということを黙っていた、それをなじっているのだろう。別段、悪気があったわけではないのだが、いまさらなにを言っても、いいわけだと捉えられそうだ。
「この島、鹿がいるじゃない。狩っていい?」
通信が言葉に窮していると、島を探索していた景平が戻ってきて言った。
「神獣! あれは飼っているの!」
咄嗟に景平の指貫袴の裾をつかむ。その様子を見て、景高がちょっと笑った。
うやむやにされたのが気に入らなかったのか、港に戻る舟のなかで景高が再度、同じ質問を通信に投げた。なぜ、通信が身分を明かさなかったのか、ということである。海上ではさすがに逃げ場がない。通信は、腹を割ることにした。
「面倒くさかったから」
「あ?」
そっけなく言った通信を、景高が睨めつける。
「まあ、おれは分かってたし。そこの猿が鈍いだけだしね」
肩を怒らせた景高を尻目に、景平がため息をついた。
「待て、だれが猿だよ」
「猿じゃん、ほとんど」
「次郎てめぇ」
景高が景平につかみかかると、小舟が大きく揺れた。体勢を崩し、慌てる二人の滑稽さに、通信は口の端をつりあげた。小舟の縁をつかむと、右側に重心をかける。次は左側。舟が大波を受けた時のように揺れた。右へ左へと揺れる度に、景高と景平がきりもみされる。通信は、そのまま二人を海に放りこんだ。
「なにすんだよ!」
白いしぶきをまとった景高が、舟の縁をつかむ。
「あっはっは」
「笑ってんじゃねぇ」
「いや、だって関係ないでしょう。立場とか、どうでもいいかなって」
通信が言うと、景高はきょとんとした表情を浮かべた。
「おれが当主だって知ってたら扱い違った?」
「んなわけないっしょ」
景高が口をへの字に曲げている。通信がさしのべた手を、素直に取った。舟に上がると、観念したかのように袖を絞る。
「あれ、次郎は」
慌てて振りむいた通信の目に飛びこんだのは、かろうじて舟尾をつかんで、いまにも沈みそうになっている景平の姿だった。
二人で景平を引きあげて港へと戻る。通信たちのずぶ濡れの様子を見て、港に待たせていた郎等たちが、なにごとかと慌てた。彼らはすぐに近くに住むものの館から、乾いた直垂を持ってきた。
濡れた衣服を着替えたものの一月の海だ。天気が良いとはいえ、水温は低く潮風も冷たい。景高が、しきりに腕をさすり、くしゃみを繰りかえした。
「さみぃ」
「湯にでも浸かりましょう」
通信は、景高を馬の背へと追いやった。景平はといえば、いつもどおり気怠そうな顔をしている。しかし飄々とした態度とは裏腹に、細い肩は小さく震え唇は真っ青だった。
「怒ってる?」
「多少」
「泳げないもんね」
「……」
あれほどまでの弓の上手も、波の上では無敵ではないのかもしれない。通信は唇がむずむずとするのを感じた。
一刻ほど馬に揺られると、うっすらと硫黄の匂いが漂ってきた。
「あ、あれか。伊予の湯桁」
寒さに震えていた景高の顔が、ぱぁっと明るくなった。この男は見た目は粗野な印象のくせに、やたらと教養だけはある。
伊予、道後に湧き出る湯は、京都でも有名だった。こんこんと湧き出る湯をため、いくつもの桁で仕切る。桁の上に風呂殿という小屋を建て、蒸気を籠もらせて蒸し風呂にしていた。
実際に、その目で見たことがなくとも、貴族たちは思いを馳せて和歌に詠む。その気持ちはよくわからなかったが、地元が京都で有名であるということに悪い気はしない。
着ているものをすべて脱ぎ、烏帽子を取り、髻をほどく。麻布で作られた丈の短い湯帷子をまとい、さきに髪を洗う。久しぶりに櫛で髪を梳く。汚れがごっそり取れた。
風呂殿に入ると、髪を垂らした景高と景平がすでに座っていた。直毛の景高や通信とは異なり、景平の髪はゆるくうねっていた。色も薄く、毛の一本一本が細い。髻を結うのが面倒だろうと通信は思った。
長い手足をゆったりとくつろげている景平の横で、華奢な景高が余計に小さく見えた。湯帷子の襟元から骨張った胸元がのぞいている。狭い額には、すでに大粒の汗が浮かんでいた。
「平次、細すぎじゃない?」
「うっせぇな。おめえはもっと絞れよ」
「え」
「この腹!」
言うやいなや、景高が通信の腹の肉をつかんだ。
「だらしがないよね」
景平にも言われ、通信は己の腹をさすった。少しくらい肉付きが良いほうが強そうに見えると言うと、馬の負担になると笑われた。しかし、だらしがないというのは心外だ。
通信は腕を組んだ。じわりとした湯気に蒸されながら、頭の片隅でこれからのことを整理する。明日は通経を含め、主だった郎等たちと軍議を行う必要があるだろう。
「いつかこのあたりに館を建てたいなぁ」
「このあたりはお前の土地なの」
景高が問う。
「そう。でもすぐ南には矢野荘があって、平家の。あと高縄城よりもっと阿波寄りの方面。東側は新居っていう」
「かこまれてんじゃねぇかよ」
「あ、でも新居とは同盟関係というか、嫁を貰ってるんで」
「いまなんて? え、嘘でしょ」
景高がすっとんきょうな声をあげる。
「奥さん美人?」
いつもならば我関せずという雰囲気を崩さない景平が、めずらしく食いついてくる。なにも答えずにやついていると、通信の態度が面白くなかったのだろう。景平が大げさにため息をついた。
「鼻の下伸ばしやがって。のろけか」
「のろけてない――っていうか、聞いてきたの次郎でしょ」
そう返すと、景平はおもしろくなさそうに鼻を鳴らした。
「どんな子?」
興味津々といった様子の景高は、両手でにやけた口元を隠している。
「小っちゃい。可愛い。幼い。色は白い。おれがいないとなにもできない」
指を折りながら言うと、景高がにやついた。
「いいよなぁ、嫁さん。しかも可愛いんだろ。はあ、おれも早く欲しいわ、嫁さん」
「いや、ぜんぜん良くない」
「なんで」
「苦手なんだよ」
通信は両手で顔を覆った。目の前では、景高と景平が、顔を見あわせる。通信がなにをいっているのかわからないといった様子だ。
「いやこう、わかんないかなぁ。おれじゃなくたっていいと思わん? なんでおれだったんだろう。可哀想にとしか思えないのよ。他に嫁ぎなおしたほうが本人にとっては良くない?」
「じゃあ、かわりにおれが貰ってやるよって言ったら、どうする?」
「おれも、おれも」
通信は、にやにやと手をあげる景高と景平を交互に見比べた。たしかに家柄は申しぶんない。しかしそれを想像すると、ちりっと胸が痛んだ。
「二人には、ちょっといやですかね」
「よし、殺そう。四郎はここで蒸し殺してしまおう」
「同感」
通信は、不穏なことを言う二人を風呂殿の外に蹴りだした。唖然としている二人の肩を抱えると、目の前の水風炉のなかに飛びこむ。
「冷たっ!」
「しばらくすると慣れるから大人しくして」
すぐに水中から出ようとする景高の湯帷子を、引きおさえる。
「いや、本当に、どうかと思う」
景平が、前髪をかきあげながら抗議の声をあげた。
「暖まったら冷水に浸かる。これがおれ流なの」
なにごとかと下女らが慌てた様子で駆けつけてきた。ばつの悪そうな顔をして震える景高と景平を見て、通信は一人手を叩いて笑った。
その日は道後の宿に泊まった。焼いた鯛を出させ、女を呼び、酒をくらって遊んだ。
景高に、「奥方のもとに帰らなくて良いのか」と、真剣な顔つきで言われたが、帰る必要はないと通信は思っていた。「伊予に帰ってきてから、まだ妻に会っていないから急ぐ必要はない」と言うと、景平に、「ひとのこころがない」と軽蔑された。
たしかにそうかもしれない。自分は良い夫ではないだろう。しかし妻は少し重いのだ。そういった細々とした内情をなにも知らない他人には、言いたいことを言わせておけばいい。通信は黙々と酒をあおった。
二刻も経つと、景高も景平もすっかりできあがって上機嫌になっていた。二人にそれぞれ女を宛がって別れたあと、通信は馴染みの女を抱いた。
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