屋島に咲く

モトコ

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鹿島

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 高縄城に戻るとすぐに、通経と主だった郎等たちを呼び出した。

 そのなかに、大内三郎信家おおうちさぶろうのぶいえがいた。通信と同じ歳の従兄弟である。通信が伊予を留守にしているあいだ、兵の統率を任せていた。

 通信は忠員にあらかじめ言い含めて、四国の絵図を用意させていた。絵図には、高縄城の位置が印されている。

 通信が上座に座り、その右側に通経ら家人や郎等ら、左側に景平と景高が座した。

 事情を知らない通経らに、ざっと渡辺津で行われた軍議のあらましを伝える。囮となることに通経はいい顔をしなかった。しかし、実際に平家方の軍勢と合戦をしてきた忠員の説得もあって、不承不承といったふうにうなずいた。

「それで、ここから先が、おれたちがこれからやるべきことだけど」

 通信は絵図に指先を置いた。

「おれたちのいる高縄城は、平家方の与党にかこまれている。東側は新居。西側は高市たかいち。しかしながら、阿波にいる田口勢をおびき寄せたい」
「兄上、それは」

 通経が眉間に皺を寄せる。

「敵を背負っていては、東の新居をうかつには攻められないのでは。挟撃にあうでしょ、こんなの」

 景平が口を開いた。

「ではまず、三谷みたにの高市を討つか」
「しかし、高市一族は三谷舘みたにたちが落ちればさらに南に逃走し、比志城ひしじょうに拠るのではないでしょうか。そうなると厄介です」

 信家が腕を組んだ。

「しゃらくせぇな。部隊を二つに割って、比志城のほうも抑えちまえばいいじゃねぇか」
「兵が足りません」

 景高を通経がぴしゃりと遮った。通経は、もしかして景高が気に入らないのだろうか。通信は弟を目の端で捉えた。

「城を落とす必要はねぇだろうがよ。ようはそっちに行かせなきゃ良いんだろ。そんでもって高市は生かしておいて、逃げて貰わなきゃならんわけでしょ。阿波に」
「よしんば比志城に籠もるのを防いだとして、新居のところに逃げこむ可能性があるよ。そしたら田口は出てこないかもしれない」

 通経に突っかかっていく景高を、景平が抑えた。

「兄上、敗走してきた高市を受け入れないように、新居殿を説得できないのですか」

 弱気な弟を、通信は正面から睨めつけた。

「三谷館を急襲して落とす。比志城に籠もられないように退路を塞ぐ。新居を籠絡ろうらくする。それで、そのあとは」

 言葉を促すと、景高が前のめりになる。

「おれたちが比志城に籠もって迎え撃つってのはどうよ……まあでも、おれが田口だとしたら行きがてらで高縄城を落とすけど」
「陸路で来るとは限らないさ」

 通信の言葉の意味を、景高はすぐに理解したようだった。

「それならば、陸路からも海路からも、双方から攻めると思うけど。田口は数千に及ぶ軍勢でしょ」

 数千の軍勢という景平の言葉に、通経や郎等たちがざわついた。それもそのはずで、こちらの兵はせいぜい三百騎といったところだ。それに、どちらかといえば海上での機動力を活かした戦闘が得意であり、陸戦や籠城戦は不慣れである。

「兄上、坂東勢からの援軍は望めないのですか」

 通経が郎等たちの不安を代弁するかのように言う。

 通信は、押し黙るしかなかった。困り果て視線を巡らすと、不敵な笑みを浮かべる景高と目があった。景高がこういった表情をしているときは大抵なにか企んでいる。

 通信は景高に向き直ると、顎で促した。

「ああ、もういいの? おれとしては、てめぇの命の張りかたもわきまえてねぇ伊予の侍どもが、もっと悲観的になって右往左往してくれたほうが面白いんだけど」

 景高の嫌味に、通経と郎等たちの意識が吸い寄せられた。無駄に反感を買っている。しかし、不思議と場は静まっていた。景高憎しというところで全員の気持ちが団結したのだろう。そのための喧嘩節だったのか――通信は、はっとした。

「親父からの伝言」

 敵意を集めながらも、それらの一切合切を気にもとめずに振りきって、景高が居住まいを正した。

土佐とさ勢の援軍があります」
「それを先に言えよ!」

 思わず通信は景高の襟首をつかんだ。景高の態度に感じ入っていた自分が馬鹿のようである。景高も思うところはあったのか、通信のされるがままになった。

「いやぁ、でもちょっと、まにあわないと思うのよ」

 乱れた襟元を整えながら、景高が歯切れの悪い言いかたをした。

 景高の言葉を要約するとこうだ。土佐国にいる景高の叔父が、景時の要請をうけて土佐の軍勢を引き連れてくるだろう。ただし、その時期がいつになるのかは読めない。二月にはまにあうだろう。それしか自分も聞いていない。

 景高の言葉を聞いて、場にいた一同がため息をもらす。通信は、すべてを先読みしていたかのような景時の行動に舌を巻いた。同時に、悔しさを感じて唇を噛む。

 俯瞰しろ――もし自分が田口だとしたら、どうするか。どう動かれたら阿波から動かざるを得ないか。通信は絵図を見つめた。

 自分の代になってからいままで、高縄城が平家に攻められなかったのはなぜか。それは、通信が高縄城に拠らなかったからではないか。その証左に、通信の拠る先々には、かならず平家方の軍勢が攻めてきた。

 つまり平家はおれが怖いのか――通信は、ほくそ笑んだ。そういうのは、悪くない。そういう注目のされかたは好きだ。

「忠員。すぐに七郎を呼んでこい!」

 七郎が座に着くやいなや、通信は立ちあがった。

「明日、水軍の模擬戦を行う」
「は?」

 その場にいた全員が通信の真意をつかめなかったようだ。ぽかんとした表情をうかべ、ただ見あげている。

「七郎、すぐさま舟と水夫を編成して信家に知らせろ」
「どの程度で?」
「できるだけ派手にやりたい。おれたちの力を見せつけてやろうじゃないか」

 通信の言葉を聞いて、七郎の目が光った。

「兄上、兄上が目立たれますと、警戒されます」
「いいんだよそれで」

 縋りつくように中腰になった通経を、通信は制した。

「模擬戦を鹿島の神に奉納! その後、ただちに三谷館を強襲する」
「げぇっ!」
「正気?」

 これには、景高と景平も目を剥いた。

「七郎、平次と次郎の郎等は明日には着くのだろう」
「速度の速い中型の舟を行かせましたから、今晩には着きます」

「よし。では、模擬戦後、その舟で梶原平次と小早川次郎を郎等らとともに、比志城の最寄りの喜多港きたこうへ送れ。忠員は二十騎を連れてこれに同行しろ」

 忠員が閉口している。信家が忠員の横で、困ったような笑顔を浮かべていた。

「平次、次郎。必要なものがあれば、通経に言ってくれ」
「兄上」
「通経、頼りにしている」

 通信が肩に手を置くと、通経が顔を赤らめた。

「通経は高縄城を守れ。残りのものは、おれとともに三谷館だ」

 それまで、どこか胡乱な目で通信を眺めていた家人、郎等らの顔つきが変わった。

 通信は、いままでひとを束ねることを億劫だと思っていた。指図しないと動けないものなどいらない。なにも言わなくても自分のことを理解してくれるものしかいらない。自分に従うものは、ごく少数で構わない。

 けれども今回は、そういうわけにもいかない。

 他人に物事を伝えるということは、とても疲れることなのだということを、通信ははじめて知った。力を込めて喋っていたせいか、まだ喉のあたりが緊張している。家に関わるすべてのひとの命運を背負っている――その重さを認識し、通信のこころは震えていた。

「みな、明日に備えろ。おれは奥にいく」

 席を立つ通信の背に向かって、景高がひゅぅっと口笛を吹いた。
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