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比志城
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まだ、これからが本番だ。通信は忠員に目配せをして、信家の待つ隣の舟に飛び移った。左右に展開していた舟が、ちょうど真ん中あたりから二手にわかれた。
「忠員!」
通信は、声を張りあげる。
「本気でこいや」
忠員が、なんとも言えない表情を浮かべた。
船団が旋回し、それぞれが向かい合うかたちとなる。通信たちは白い旗を、忠員たちは紺の旗を、それぞれ船尾に掲げた。いつも河野水軍で行っている模擬戦を行う。掲げられた旗をすべて奪われたほうが負けだ。
矢はもったいないので使わない。ただし弓矢は舟同士が接舷するまで、太刀はずっと装備をした状態で動かなければならない。熊手、棒、鍵縄。これらはいずれも、ひとに怪我を与えることがないように加減していれば使用可能である。
「三郎と組むのは久々だ」
「ええ、殿。嬉しく思います」
信家がはにかんだ。整った眉と目元がきりりと吊りあがっている。背丈は通信よりも低いが、しっかりとした体つきをしており、なかなか色男である。笑うと潮風に焼かれた浅黒い肌に、白い歯が映えた。
「三郎。忠員はどうくると思う」
「そうですね、白石殿は殿のお父上の代からの臣ですから――もしかして、殿は、そういう忠員殿を打ち負かしたいのですね?」
「そろそろ、『若』と呼ばれたくない」
通信の言葉に、信家が白い歯を見せて笑う。
「お友達は良いのですか。あちら側で」
信家の「お友達」という言葉に含まれた棘に、通信は気がついた。
「嫌味な言いかただなぁ」
「殿が坂東のものをあんまりにも頼りに思ってらっしゃるみたいなので」
もしかしてこれは嫉妬かしら、と通信は思った。
「ま、しかし、そういうのは力で示すべきでしょう? いままでの調練の結果も、この模擬戦で目に焼きつけていただきます」
信家のやんわりとした嫌味に、通信は咳払いをする。
「で、どうする?」
「外側から回りこんで包囲してくると思います」
信家が食いぎみに言った。
「陸でいう鶴翼みたいな。ならば、いっそ鶴の胴体を貫く?」
「舟の数も機動力も同じですから、難しいでしょうね。でも、翼くらいは破れるんじゃないですか、乱戦になりますけど」
「乱戦ならば、小早川次郎は弓しか使えないから放っておいていい。梶原平次のほうが、要注意かもなぁ」
「身のこなしが軽そうですものねえ」
「どころか、猿」
「なるほど」
くつくつと喉で笑いながら、信家が太刀を抜き指図をした。通信たちの舟を先頭にして、その後ろにもう一艘の中型舟がぴたりとつく。小型舟はそれぞれの中型舟の左右の舷に二艘ずつ、わかれてついた。その形を真上から見れば、鏃が前後に並んでいるように見えることだろう。
一方、忠員は信家の見立てどおり鶴翼の陣のように舟を並べ、通信たちをのみこんで左右から押しつぶそうという構えであった。中央に中型舟二艘が構えている。たしかに胴体は容易に貫けないだろう。信家の言葉どおりだと通信は思った。
「殿は後方の舟にお移りいただけますか」
「そうする」
通信は、信家の舟の後方に配された中型舟に飛び移った。こちらの舟は七郎が舵をとっている。
「七郎、信家の舟にぴったりとついていけ。忠員の陣の中央まで舟を進めたら、信家はどちらかに急旋回する」
「ああ、じゃあ逆に舵をきれってことですね」
「話が早いな」
「何回かやってんすよ。大内の旦那の訓練で」
七郎が、にかっと笑った。波の向こうで忠員の舟が大きく旗を振っている。準備が整ったという合図だ。
「摺鉦を打て!」
通信の号令に、郎等が高らかに摺鉦を鳴らした。模擬戦開始の合図である。
「漕げや!」
信家の咆哮が通信の舟にまで聞こえた。声をうけた七郎が同じように水夫らを鼓舞する。舟を大きく揺さぶりながら、通信たちは忠員の敷く陣中に、小さくひとかたまりになって突き進む。
忠員が太刀を振りかざした。両翼に構えた小型舟が、本体の中型舟を守るように、通信たちを取りかこもうとする。
「いま!」
信家が太刀を大きく左右に振った。信家の舟が左向きに急旋回する。同時に七郎が舳先を右に向けた。中型舟の左右の舷についていた小型舟が、そのままわかれてあとに続く。すると、鏃の向きが変わったようになる。二つの鏃は互いに背を向けて、忠員の敷いた両翼を射貫くように突き進んだ。
接舷。
すかさず双方の陣営の郎等が舟に乗り移る。しかし、通信らの舟から飛び移った郎等のほうが、動きが速い。すぐさま忠員陣営の四艘の小舟から旗が奪い取られた。
「回転!」
信家が鋭い声と同時に太刀を頭上で振り回した。
「そのまま後方へ!」
通信たちの舟は一気に後方へとさがる。だが、それを見逃す忠員ではない。
「食らいつけ!」
旗を取られた舟は退き、すぐさま他の小舟が押し寄せる。同時に中型舟が二手にわかれた。中型舟は小回りがきかない。しかし速度は出る。忠員陣営の中型舟が、通信と信家の舟をめがけて海を割る。
「総当たりせよ!」
信家の合図で、通信たちの舟団は忠員陣営の中型舟めがけて、それぞれ縦一列に構える。しかし、左右の舷から忠員陣営の小舟がばらばらと接近してくる。乗りこんできた兵を通信は片っ端から棒で突き、海に落とした。信家の言っていたとおり乱戦となる。だが、いまのところ旗はこちらが多く取っている。通信が気を抜きかけたその時だ。
視界の端で黒い影が踊った。
それは自陣の小舟を蹴りながら、信家らの陣の小型舟に飛び移ると、襲いかかる兵たちをするりとかわし、ささっと旗をもぎ取っていく。
「信家!」
通信は咄嗟に吠えた。声は波音にかき消されて届かないだろう。しかし、通信の声に気がついたのか否か、信家がはっと顔をあげた。その視線の先に、黒い猿が迫っている。
通信には気のせいか、信家が嗤っているように見えた。
「坂東の山猿め!」
そういう雄叫びが、聞こえたような気がした。信家の舟に飛び移った景高が、旗めがけて跳躍する。その直垂の裾を信家が熊手で絡め取った。そして、容赦なく冬の海に叩き落とす。
「どうです?」
そう言いたげに、信家が通信に向かって腕を振りあげた。
「忠員!」
通信は、声を張りあげる。
「本気でこいや」
忠員が、なんとも言えない表情を浮かべた。
船団が旋回し、それぞれが向かい合うかたちとなる。通信たちは白い旗を、忠員たちは紺の旗を、それぞれ船尾に掲げた。いつも河野水軍で行っている模擬戦を行う。掲げられた旗をすべて奪われたほうが負けだ。
矢はもったいないので使わない。ただし弓矢は舟同士が接舷するまで、太刀はずっと装備をした状態で動かなければならない。熊手、棒、鍵縄。これらはいずれも、ひとに怪我を与えることがないように加減していれば使用可能である。
「三郎と組むのは久々だ」
「ええ、殿。嬉しく思います」
信家がはにかんだ。整った眉と目元がきりりと吊りあがっている。背丈は通信よりも低いが、しっかりとした体つきをしており、なかなか色男である。笑うと潮風に焼かれた浅黒い肌に、白い歯が映えた。
「三郎。忠員はどうくると思う」
「そうですね、白石殿は殿のお父上の代からの臣ですから――もしかして、殿は、そういう忠員殿を打ち負かしたいのですね?」
「そろそろ、『若』と呼ばれたくない」
通信の言葉に、信家が白い歯を見せて笑う。
「お友達は良いのですか。あちら側で」
信家の「お友達」という言葉に含まれた棘に、通信は気がついた。
「嫌味な言いかただなぁ」
「殿が坂東のものをあんまりにも頼りに思ってらっしゃるみたいなので」
もしかしてこれは嫉妬かしら、と通信は思った。
「ま、しかし、そういうのは力で示すべきでしょう? いままでの調練の結果も、この模擬戦で目に焼きつけていただきます」
信家のやんわりとした嫌味に、通信は咳払いをする。
「で、どうする?」
「外側から回りこんで包囲してくると思います」
信家が食いぎみに言った。
「陸でいう鶴翼みたいな。ならば、いっそ鶴の胴体を貫く?」
「舟の数も機動力も同じですから、難しいでしょうね。でも、翼くらいは破れるんじゃないですか、乱戦になりますけど」
「乱戦ならば、小早川次郎は弓しか使えないから放っておいていい。梶原平次のほうが、要注意かもなぁ」
「身のこなしが軽そうですものねえ」
「どころか、猿」
「なるほど」
くつくつと喉で笑いながら、信家が太刀を抜き指図をした。通信たちの舟を先頭にして、その後ろにもう一艘の中型舟がぴたりとつく。小型舟はそれぞれの中型舟の左右の舷に二艘ずつ、わかれてついた。その形を真上から見れば、鏃が前後に並んでいるように見えることだろう。
一方、忠員は信家の見立てどおり鶴翼の陣のように舟を並べ、通信たちをのみこんで左右から押しつぶそうという構えであった。中央に中型舟二艘が構えている。たしかに胴体は容易に貫けないだろう。信家の言葉どおりだと通信は思った。
「殿は後方の舟にお移りいただけますか」
「そうする」
通信は、信家の舟の後方に配された中型舟に飛び移った。こちらの舟は七郎が舵をとっている。
「七郎、信家の舟にぴったりとついていけ。忠員の陣の中央まで舟を進めたら、信家はどちらかに急旋回する」
「ああ、じゃあ逆に舵をきれってことですね」
「話が早いな」
「何回かやってんすよ。大内の旦那の訓練で」
七郎が、にかっと笑った。波の向こうで忠員の舟が大きく旗を振っている。準備が整ったという合図だ。
「摺鉦を打て!」
通信の号令に、郎等が高らかに摺鉦を鳴らした。模擬戦開始の合図である。
「漕げや!」
信家の咆哮が通信の舟にまで聞こえた。声をうけた七郎が同じように水夫らを鼓舞する。舟を大きく揺さぶりながら、通信たちは忠員の敷く陣中に、小さくひとかたまりになって突き進む。
忠員が太刀を振りかざした。両翼に構えた小型舟が、本体の中型舟を守るように、通信たちを取りかこもうとする。
「いま!」
信家が太刀を大きく左右に振った。信家の舟が左向きに急旋回する。同時に七郎が舳先を右に向けた。中型舟の左右の舷についていた小型舟が、そのままわかれてあとに続く。すると、鏃の向きが変わったようになる。二つの鏃は互いに背を向けて、忠員の敷いた両翼を射貫くように突き進んだ。
接舷。
すかさず双方の陣営の郎等が舟に乗り移る。しかし、通信らの舟から飛び移った郎等のほうが、動きが速い。すぐさま忠員陣営の四艘の小舟から旗が奪い取られた。
「回転!」
信家が鋭い声と同時に太刀を頭上で振り回した。
「そのまま後方へ!」
通信たちの舟は一気に後方へとさがる。だが、それを見逃す忠員ではない。
「食らいつけ!」
旗を取られた舟は退き、すぐさま他の小舟が押し寄せる。同時に中型舟が二手にわかれた。中型舟は小回りがきかない。しかし速度は出る。忠員陣営の中型舟が、通信と信家の舟をめがけて海を割る。
「総当たりせよ!」
信家の合図で、通信たちの舟団は忠員陣営の中型舟めがけて、それぞれ縦一列に構える。しかし、左右の舷から忠員陣営の小舟がばらばらと接近してくる。乗りこんできた兵を通信は片っ端から棒で突き、海に落とした。信家の言っていたとおり乱戦となる。だが、いまのところ旗はこちらが多く取っている。通信が気を抜きかけたその時だ。
視界の端で黒い影が踊った。
それは自陣の小舟を蹴りながら、信家らの陣の小型舟に飛び移ると、襲いかかる兵たちをするりとかわし、ささっと旗をもぎ取っていく。
「信家!」
通信は咄嗟に吠えた。声は波音にかき消されて届かないだろう。しかし、通信の声に気がついたのか否か、信家がはっと顔をあげた。その視線の先に、黒い猿が迫っている。
通信には気のせいか、信家が嗤っているように見えた。
「坂東の山猿め!」
そういう雄叫びが、聞こえたような気がした。信家の舟に飛び移った景高が、旗めがけて跳躍する。その直垂の裾を信家が熊手で絡め取った。そして、容赦なく冬の海に叩き落とす。
「どうです?」
そう言いたげに、信家が通信に向かって腕を振りあげた。
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