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比志城
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結果は通信、信家組の勝利となった。
港に戻ってからも、冷たい海に突き落とされた景高は、憮然とした表情を浮かべていた。
「おれは、海戦のときには、絶対に熊手を持つからな!」
口を尖らせた景高は、そう信家に啖呵を切っていたようだ。景平は、相変わらず青白い顔をしてへばっている。
「見事でした、若」
忠員が舟からおりてきた。
「殿です」
通信の横で信家がいたずらっぽく言う。こうしてまじまじと見ると、忠員もだいぶ老いたなと通信は感じた。鬢や髭には白いものが混じり、手の甲にはしみが浮いている。
「ああ」
忠員が額を叩いた。笑う目尻には深く皺が刻まれた。
「失礼いたしました、殿」
「忠員、二人を頼む」
「承知」
短く言って、忠員は走り去った。
郎等の一人が馬をひいてきた。流黒だ。通信は流黒に乗って高縄城へ引きあげた。できるだけ目立つように、ゆったりと進む。道の影から民が見あげていた。通信の斜め後ろには、さめげ佐目毛の馬に跨がった信家が侍っている。
高縄城に入るとすぐに着衣を改めた。赤地錦の直垂に袖を通す。見る度に派手だと思ったが、母が生前、いずれ通信が合戦に赴くときにと、仕立てさせたものである。身に着ければ一回り体が大きく見えるだろう。
戦場では将は目立ったほうがよい。苔色の籠手をつけ、引き立て烏帽子をかぶる。それから雑人に紺糸威の大鎧を運んでこさせた。
「兄上、失礼します」
通経と信家が平服して入ってきた。信家はすでに胴巻を着けている。
「通経、城の蓄えは問題ないか」
「はい。平時より蓄えてありましたから」
「兵は問題ないか」
「問題ありません。殿のご帰還もあり士気が高いです」
兵に関しては通経ではなく信家が答えた。
通経が鎧櫃に手をかける。なかから大鎧を引き出すと、慣れた手つきで通信に着せた。背中に総角を結ぶ。通信は信家が捧げ持つ太刀を佩き、箙をつけた。
「ふふふ、見違えます」
「どういう意味」
信家と通経に導かれ廊を歩く。通信の大鎧姿を一目見ようと、城中の人々が集まってきていた。庭に美しく飾り立てられた流黒が引かれてくる。青鹿毛に朱の飾りがよく映えた。乗れば視線がぐっと高くなる。舟の上とはまた違った気持ちの良さがあった。
騎乗のまま城外に出る。すでに兵たちが整列していた。通信と信家は隊列を割って先頭に出た。茜さす世界で、すべてのものが通信を見ていた。充実している兵たちには、なんの言葉も必要ないだろう。通信は太刀を振りあげる。すぐさま鬨の声があがった。
三谷館への強襲は順調だった。急にあらわれた河野の軍勢に、高市らがまともに反応できるはずもない。男どもが武器を手に取り抵抗してきたが、甲冑を身につけた騎馬隊の敵ではなかった。
高市の当主である高市盛義の子、秀義の首を取り掲げると、それまで抵抗していた輩も、さすがに敗走をはじめた。そのなかに三谷館の主人である高市俊義と当主、盛義の姿があるのを確認して、通信は館に火を放つように命じた。
少し脅してやろうと隊をわけ、みずから追撃をする。俊義と盛義は漆黒に覆われたあぜ道を駆け逃げた。二騎とその従者らは、追っ手からすれば滑稽な獲物であった。
沼田で敗走する通信を能登守教経らはこんな気持ちで追っていたのだろうか。そう思うと腸が煮えくり返った。通信は馬上で矢を放ち、従者の一人を射殺した。気の済むまで彼らを追いまわしたのち、三谷館へ戻った。
轟々と風を巻きこみながら燃え続ける三谷館は迫力があった。寒風は熱気となって立ちのぼり、通信はその明かりのなかで大鎧を脱いだ。夜空に吸いこまれていく炎は、うっとりするほど美しいとすら思える。
炎はその夜、館のすべてを焼き尽くすまで燃え続けた。
翌朝、通信は三谷館の焼け跡を調べさせた。ほとんど柱と梁だけになった館のなかに、焼けただれたひとの折り重なったようなものがあった。大きさからして男のものではない。おそらく館に住まわせていた妻や子供たちだろう。奥のほうで、ひとかたまりとなって死んでいた。
頭の片隅に、ふと美津の顔が浮かんだ。美津は無事に実家に帰れただろうか……通信は頭を振った。いまは、そんなことを考えている場合ではない。
通信は軍勢をまとめて比志城へと向かった。比志城を無傷で開城させたということは、忠員からの伝令から聞いている。
城に到着すると通信は、信家に兵を交代で休息させるように指図した。忠員には七郎の舟が城の裏手に接岸したら、兵糧を運びいれるようにと伝える。そこまで段取りをつけてから、ようやく室内に入り、そのままごろりと床板の上に伏した。
昨晩は一睡もしていない。急激な睡魔に襲われて目をつむっていると、なにものかに背中を蹴りあげられた。あわてて飛び起きると、景高と景平が顔をのぞきこんでいた。
「こんなところで落ちてんじゃねぇよ」
「派手な鎧直垂」
「いや、君たちに言われたくない」
通信は口を尖らせた。景高は、やはり浅葱色の鎧直垂に、籠手は銀糸の文様が入った濃い縹色。景平は黄浅緑色の鎧直垂に、梔色の籠手をつけている。
「おれたちなんて地味なもんだよなぁ」
景高と景平が、うなずきあった。
「まあ、なんでもいいけどよ。お前、親父んところに伝令出した?」
その言葉に、通信は頭を抱えた。
「ちょっと寝てからじゃぁだめかな。おれ、昨日、一睡もしてないんだよ」
「だめっしょ」
景高は容赦なかった。景高に背中を小突かれながら、当主とはつらいものであると、通信はしみじみ感じていた。
港に戻ってからも、冷たい海に突き落とされた景高は、憮然とした表情を浮かべていた。
「おれは、海戦のときには、絶対に熊手を持つからな!」
口を尖らせた景高は、そう信家に啖呵を切っていたようだ。景平は、相変わらず青白い顔をしてへばっている。
「見事でした、若」
忠員が舟からおりてきた。
「殿です」
通信の横で信家がいたずらっぽく言う。こうしてまじまじと見ると、忠員もだいぶ老いたなと通信は感じた。鬢や髭には白いものが混じり、手の甲にはしみが浮いている。
「ああ」
忠員が額を叩いた。笑う目尻には深く皺が刻まれた。
「失礼いたしました、殿」
「忠員、二人を頼む」
「承知」
短く言って、忠員は走り去った。
郎等の一人が馬をひいてきた。流黒だ。通信は流黒に乗って高縄城へ引きあげた。できるだけ目立つように、ゆったりと進む。道の影から民が見あげていた。通信の斜め後ろには、さめげ佐目毛の馬に跨がった信家が侍っている。
高縄城に入るとすぐに着衣を改めた。赤地錦の直垂に袖を通す。見る度に派手だと思ったが、母が生前、いずれ通信が合戦に赴くときにと、仕立てさせたものである。身に着ければ一回り体が大きく見えるだろう。
戦場では将は目立ったほうがよい。苔色の籠手をつけ、引き立て烏帽子をかぶる。それから雑人に紺糸威の大鎧を運んでこさせた。
「兄上、失礼します」
通経と信家が平服して入ってきた。信家はすでに胴巻を着けている。
「通経、城の蓄えは問題ないか」
「はい。平時より蓄えてありましたから」
「兵は問題ないか」
「問題ありません。殿のご帰還もあり士気が高いです」
兵に関しては通経ではなく信家が答えた。
通経が鎧櫃に手をかける。なかから大鎧を引き出すと、慣れた手つきで通信に着せた。背中に総角を結ぶ。通信は信家が捧げ持つ太刀を佩き、箙をつけた。
「ふふふ、見違えます」
「どういう意味」
信家と通経に導かれ廊を歩く。通信の大鎧姿を一目見ようと、城中の人々が集まってきていた。庭に美しく飾り立てられた流黒が引かれてくる。青鹿毛に朱の飾りがよく映えた。乗れば視線がぐっと高くなる。舟の上とはまた違った気持ちの良さがあった。
騎乗のまま城外に出る。すでに兵たちが整列していた。通信と信家は隊列を割って先頭に出た。茜さす世界で、すべてのものが通信を見ていた。充実している兵たちには、なんの言葉も必要ないだろう。通信は太刀を振りあげる。すぐさま鬨の声があがった。
三谷館への強襲は順調だった。急にあらわれた河野の軍勢に、高市らがまともに反応できるはずもない。男どもが武器を手に取り抵抗してきたが、甲冑を身につけた騎馬隊の敵ではなかった。
高市の当主である高市盛義の子、秀義の首を取り掲げると、それまで抵抗していた輩も、さすがに敗走をはじめた。そのなかに三谷館の主人である高市俊義と当主、盛義の姿があるのを確認して、通信は館に火を放つように命じた。
少し脅してやろうと隊をわけ、みずから追撃をする。俊義と盛義は漆黒に覆われたあぜ道を駆け逃げた。二騎とその従者らは、追っ手からすれば滑稽な獲物であった。
沼田で敗走する通信を能登守教経らはこんな気持ちで追っていたのだろうか。そう思うと腸が煮えくり返った。通信は馬上で矢を放ち、従者の一人を射殺した。気の済むまで彼らを追いまわしたのち、三谷館へ戻った。
轟々と風を巻きこみながら燃え続ける三谷館は迫力があった。寒風は熱気となって立ちのぼり、通信はその明かりのなかで大鎧を脱いだ。夜空に吸いこまれていく炎は、うっとりするほど美しいとすら思える。
炎はその夜、館のすべてを焼き尽くすまで燃え続けた。
翌朝、通信は三谷館の焼け跡を調べさせた。ほとんど柱と梁だけになった館のなかに、焼けただれたひとの折り重なったようなものがあった。大きさからして男のものではない。おそらく館に住まわせていた妻や子供たちだろう。奥のほうで、ひとかたまりとなって死んでいた。
頭の片隅に、ふと美津の顔が浮かんだ。美津は無事に実家に帰れただろうか……通信は頭を振った。いまは、そんなことを考えている場合ではない。
通信は軍勢をまとめて比志城へと向かった。比志城を無傷で開城させたということは、忠員からの伝令から聞いている。
城に到着すると通信は、信家に兵を交代で休息させるように指図した。忠員には七郎の舟が城の裏手に接岸したら、兵糧を運びいれるようにと伝える。そこまで段取りをつけてから、ようやく室内に入り、そのままごろりと床板の上に伏した。
昨晩は一睡もしていない。急激な睡魔に襲われて目をつむっていると、なにものかに背中を蹴りあげられた。あわてて飛び起きると、景高と景平が顔をのぞきこんでいた。
「こんなところで落ちてんじゃねぇよ」
「派手な鎧直垂」
「いや、君たちに言われたくない」
通信は口を尖らせた。景高は、やはり浅葱色の鎧直垂に、籠手は銀糸の文様が入った濃い縹色。景平は黄浅緑色の鎧直垂に、梔色の籠手をつけている。
「おれたちなんて地味なもんだよなぁ」
景高と景平が、うなずきあった。
「まあ、なんでもいいけどよ。お前、親父んところに伝令出した?」
その言葉に、通信は頭を抱えた。
「ちょっと寝てからじゃぁだめかな。おれ、昨日、一睡もしてないんだよ」
「だめっしょ」
景高は容赦なかった。景高に背中を小突かれながら、当主とはつらいものであると、通信はしみじみ感じていた。
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