屋島に咲く

モトコ

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解纜(かいらん)

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 弁慶が退出したのち、義経は継信一人を連れて国衙にある館から出た。

 梶原景時に会うためである。阿万夫妻のことに関しては、彼らを引き入れた景時に責任があるだろうと思ったからだ。阿万六郎と旧知の仲である弁慶ですら手を焼いているのだ。景時には播磨国衙に戻る前に、彼らと話をつけておいて欲しかった。

 景時のいる宿に出向くと、見張りをしていた郎等たちがざわめいた。継信が、そのうちの一人に取り次ぎを願うと、郎等は緊張した面持ちで建物のなかへと姿を消した。

 しばらくして、さきほどの郎等にせっつかれながら、景時が面倒くさそうに表に出てきた。義経と継信の姿をみとめ渋い顔をする。

「これはこれは、判官殿。呼びつけていただければ、おれがそちらにうかがいましたのに」
「河野殿は伊予にお戻りになったようですが、梶原殿はまだいらっしゃったのですね」
「おれがいたら都合が悪いことでもあるんですか、判官殿」

 景時が顎を斜めに跳ねあげる。おおかた義経の来訪理由も気がついているのだろう。

「あの二人をなんとかしていただけませんか」
「あの二人って?」
「とぼけないでくださいよ。もとはといえば、梶原殿が遠藤のものどもを西へ行かせてしまったから、彼らの手が必要になったわけでしょう」
「そう言われちまうと胸が痛むわ」

 心にもないことを、しゃあしゃあと言うものだ。義経は苦笑した。

「おれだって、阿万六郎が生きてるって知ってりゃあなぁ。というか、まさか浮夏御前が自分で率いてやってくるなんてだれが思う?」
「そこは同情しますけど」
「おれが話に行ったって解決しないでしょうよ。絶対」

 たしかに景時が介入すれば、浮夏はまた猫をかぶって景時を盾にとる。一方の阿万六郎は、それが面白くないものだから、余計に食ってかかるにちがいない。景時は自業自得なのだから板挟みにされて苦しめばいい――義経は内心そう思っていたが、話がさらに拗れるということは容易に想像がついた。

「ということで、そっちのほうは任せますんで」
「なぜ」
「別に無理して彼らを使わなくたっていいじゃないの。熊野水軍呼んでくるとか、あるでしょ。手段。ほかにも」

 まさかないとは仰らないですよね――と言いたげな景時の視線に、義経は口をつぐんだ。

「それに判官殿っていう官位かたがきは、西国のものたちにも効くでしょうし」
「総追捕使の肩書きは意味をなさないと?」
「嫌味ですかそれ。それが意味をなしてりゃ、あなたの兄上の率いる大軍が坂東から呼ばれたりしてないんですよ」
「意外です。ご自身の過失を認めるのですね」
「認めます認めます認めますよ、はい。全部、おれたちが不甲斐なかったってだけですよ?」

 両手を小さく挙げた景時は、口の端を片方だけ持ちあげた。

「まあ、おれも今日明日で、ぼちぼち播磨に帰ります。そう毛嫌いされちゃったらねぇ」
「そんなこと言ってないでしょう」
「そうですかぁ? 邪魔だって綺麗なお顔に書いてありますけど」

 義経が眉間に皺を寄せると、景時がへらりと舌をだす。

「まあ冗談はこのくらいにして。河野四郎に、伝令兵はおれ宛てに寄こすように言ってあります。おれから三河殿と判官殿へ、あれやそれやと繋ぐんで。三河殿の九州の動きが上手くいったら、またこっちに来ますよ。だからそんなに寂しがんないでください」
「寂しがる、ですか。ははははは」
「なんだかんだ判官殿、おれと話すの好きでしょ」
「梶原殿どうしたんです。長きにわたる遠征でお疲れですか? 寝言は寝て言ったほうがいいですよ」
「手厳しいなぁ」

 腹のうちに押しとどめた逡巡を悟られないように返すと、景時が大げさに肩を落とした。

「じゃ、そういうことなんで」

 そう言って、景時は少し膝を庇うようにして立ちあがる。遠征の疲れが出ているのは、本当かもしれないと義経は思った。なにしろ景時は一年近く西国で戦い続けている。部屋に引きあげていく景時の背には、どことなく哀愁が漂っていた。

 義経はひさしぶりに海辺を散策することにした。みさごが魚をつかんで羽ばたいている。大空を自由に舞う鳥たちが、義経は好きだった。じっと眺めていると、つい時が経つのも忘れてしまう。

「九郎殿。その、もうしあげにくいのですが」
「ん」
「阿万夫妻の件、結局棚上げにされておりますが、よろしかったのですか?」
「あ」

 しくじった、逃げられた――義経は歯噛みした。

「失礼ですが、九郎殿は他人から向けられる好意に弱すぎませんか?」

 ぐうの音もでない。景時にしてやられてしまった。たぬきじじい――いますぐにとって返そうかとも思ったが、そうしてしまうと本当に負けてしまうような気がした。

 景時は頼朝に恭順するまでは、京都で公卿に仕えていたこともあると聞いている。兄頼朝に弁舌巧みと気にいられるだけあって、言葉で他人を煙に巻くところがあった。なんとも狡猾だ。話が早い点は助かるのだが、やはり好きになれる相手ではない。

「継信、加賀屋に行くぞ」

 口を尖らせながら言うと、継信がおおらかに笑った。

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