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Ⅰ 未完のアスリート
3 義父の再々婚
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テレビは前より大型の製品に替えられたが、ゲーム機は買ってもらえなかった。
淳一は、学校の図書室で過ごすことが多くなった。
友達のように塾や習い事に行かせてもらえない分、時間はたっぷりあった。
マンガの『日本の歴史』シリーズをはじめ、ハリーポッターやエンデ,トル―キンなどの長編も全巻読んだ。歴史やファンタジーの世界に浸ることで、現実世界の煩わしさから遠ざかることができた。
二人の義兄のうち、長兄の健介は30才。たまに出会っても母と淳一を無視して声もかけてこない。長兄の部屋をこっそりのぞくと、本の類は少なく、やたらヌード写真の多い雑誌や車のカタログなどが積み重ねてあった。次兄の洋二は26才で、長兄より淳一に優しく接してくれた。
「親戚からもらった全集があるけど全然読んでいない。どれでも持っていってもいいぞ」
ゲームができなくなってからこの部屋のことを思い出した。箱に入ったままの日本文学全集を全部出して並べ直した。70冊の本の重量感、存在感には圧倒された。
夏目漱石など、名前を知っている作家の本を手に取りページを繰ってみたが、どれも旧仮名遣いで難しすぎた。読めそうな本を選び、我慢して読み始めたが、途中で投げ出してしまうことも多かった。
一人の作家につき最低一作品だけでいい。そういう基準を決めてからはペースが上がり、中学の3年間までに一応全冊に目を通した。山本有三の『路傍の石』や井上靖の『しろばんば』のように、少年の成長していく物語には親近感を持ち、夢中で読みふけった。
中学を卒業して、家から二駅の県立伊吹東高校に入学することになった。
レベルとしては伊吹西高の方が上で、淳一もそこを受けるものと思っていたが、義父が来た最初で最後の三者面談で高校が決まった。
担任は、西高を受験してもよいが、3学期に成績が下がったので、他の生徒のように私学を滑り止めにするよう勧めた。義父はそれなら一つ下げて東高にしろと言う。
「私学なんか行かせる金などない。菜穂子にお前を大学までやってくれと頼まれたから、できるだけのことはしてやるが、どちらも公立が条件だ。嫌なら自分で稼いで行け」
中学三年生の秋に母が発病。乳がんの末期で余命三か月と医者に宣告され、ほぼ的中してしまった。手術のたびに病院で寝泊まりして翌朝登校した。母が入院してから、家で朝夕の食事をきちんと食べた覚えがない。成績も下がり気味なのは分かっていた。
不本意ではあるが、唯一の肉親を亡くした淳一にとって、義父だけがこれから生きていく頼りだ。黙って従うしかなかった。
ところが高校入学後、ひと月もしないうちに義父が家を出ることになった。やはり淳一との二人暮らしは気詰まりだったのだろうか。
「わしは、今度一駅向うのマンションに移ることにした。授業料や光熱費は銀行から引かれるし、生活費も月3万円を渡してやる。それだけあればやっていけるだろう」
4月の末、淳一は仕事用の軽トラックに乗せられ、引越しを手伝った。家具を運んでいくと、部屋には肉付きのいい中年女性がいた。
「紹介しとく。お前の新しい母さんのなみ江さんだ。あの家に一緒に住んだら引越しの手間がいらなかったが、あそこは古くて嫌だと言うのでな」
50才くらいだろうか。小太りの女性は、「はよ済ませよ。日が暮れる」、とだけしか言わなかった。
一人きりになった家で、もらったばかりの3万円をじっくりと眺めて考えた。
「一日千円か」
食費は全部これで賄わなければならない。服や学用品の費用、それに部活代やバス代もいる。携帯は無理に決まっている。大金だと思った3万円が、これから生活していくにはかなり厳しい額ということがわかってきた。
淳一は、学校の図書室で過ごすことが多くなった。
友達のように塾や習い事に行かせてもらえない分、時間はたっぷりあった。
マンガの『日本の歴史』シリーズをはじめ、ハリーポッターやエンデ,トル―キンなどの長編も全巻読んだ。歴史やファンタジーの世界に浸ることで、現実世界の煩わしさから遠ざかることができた。
二人の義兄のうち、長兄の健介は30才。たまに出会っても母と淳一を無視して声もかけてこない。長兄の部屋をこっそりのぞくと、本の類は少なく、やたらヌード写真の多い雑誌や車のカタログなどが積み重ねてあった。次兄の洋二は26才で、長兄より淳一に優しく接してくれた。
「親戚からもらった全集があるけど全然読んでいない。どれでも持っていってもいいぞ」
ゲームができなくなってからこの部屋のことを思い出した。箱に入ったままの日本文学全集を全部出して並べ直した。70冊の本の重量感、存在感には圧倒された。
夏目漱石など、名前を知っている作家の本を手に取りページを繰ってみたが、どれも旧仮名遣いで難しすぎた。読めそうな本を選び、我慢して読み始めたが、途中で投げ出してしまうことも多かった。
一人の作家につき最低一作品だけでいい。そういう基準を決めてからはペースが上がり、中学の3年間までに一応全冊に目を通した。山本有三の『路傍の石』や井上靖の『しろばんば』のように、少年の成長していく物語には親近感を持ち、夢中で読みふけった。
中学を卒業して、家から二駅の県立伊吹東高校に入学することになった。
レベルとしては伊吹西高の方が上で、淳一もそこを受けるものと思っていたが、義父が来た最初で最後の三者面談で高校が決まった。
担任は、西高を受験してもよいが、3学期に成績が下がったので、他の生徒のように私学を滑り止めにするよう勧めた。義父はそれなら一つ下げて東高にしろと言う。
「私学なんか行かせる金などない。菜穂子にお前を大学までやってくれと頼まれたから、できるだけのことはしてやるが、どちらも公立が条件だ。嫌なら自分で稼いで行け」
中学三年生の秋に母が発病。乳がんの末期で余命三か月と医者に宣告され、ほぼ的中してしまった。手術のたびに病院で寝泊まりして翌朝登校した。母が入院してから、家で朝夕の食事をきちんと食べた覚えがない。成績も下がり気味なのは分かっていた。
不本意ではあるが、唯一の肉親を亡くした淳一にとって、義父だけがこれから生きていく頼りだ。黙って従うしかなかった。
ところが高校入学後、ひと月もしないうちに義父が家を出ることになった。やはり淳一との二人暮らしは気詰まりだったのだろうか。
「わしは、今度一駅向うのマンションに移ることにした。授業料や光熱費は銀行から引かれるし、生活費も月3万円を渡してやる。それだけあればやっていけるだろう」
4月の末、淳一は仕事用の軽トラックに乗せられ、引越しを手伝った。家具を運んでいくと、部屋には肉付きのいい中年女性がいた。
「紹介しとく。お前の新しい母さんのなみ江さんだ。あの家に一緒に住んだら引越しの手間がいらなかったが、あそこは古くて嫌だと言うのでな」
50才くらいだろうか。小太りの女性は、「はよ済ませよ。日が暮れる」、とだけしか言わなかった。
一人きりになった家で、もらったばかりの3万円をじっくりと眺めて考えた。
「一日千円か」
食費は全部これで賄わなければならない。服や学用品の費用、それに部活代やバス代もいる。携帯は無理に決まっている。大金だと思った3万円が、これから生活していくにはかなり厳しい額ということがわかってきた。
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