沈黙のメダリスト

友清 井吹

文字の大きさ
5 / 139
Ⅰ 未完のアスリート

5 出会い

しおりを挟む
9月中旬でプールでの練習が終わり、部活は基礎体力作りになった。
先輩の話では、たまに温水プールに行くこともあるが、今までよりかなり楽らしい。

部活が終われば図書室に直行し、ゆっくり新聞を読むのが日課になった。家では新聞を取っていないしテレビもないので、芸能情報どころか、事件や事故のニュースすら疎い。
読書では外国文学に興味を持ち、ゲーテやスタンダールなどの純文学から、ドイルやポーの推理小説まで手当たり次第に読破していった。
図書室が閉まるまで過ごし、本の余韻に浸りながら帰宅できるのもうれしい。

10月の初め、引退した白井先輩が部室にやってきた。
「去年、俺が走った駅伝大会なあ。今年も水泳部から何人か出してくれって、陸上部の顧問から言われた。今だれか決めてくれ。俺が報告しとくから」

みんな顔を見合わせ黙ってしまった。2年の先輩が言った。
「けど先輩。去年選手になって、ずっとめんどいとか言ってたじゃないですか」
「まあな。でも水泳部はどうせシーズンオフでひまだろ。頼むよ」

新しく部長になった先輩が、淳一を見た。
「倉本は学校の外を走るのは速かったな。白井さん、1年でもいいんでしょ?」
「まあ2年がいなけりゃ仕方ないけど」
淳一の意思など聞かれもせず、水泳部代表が決まってしまった。強く断らなかったので了承と受け止められたようだ。白井さんは慰めるように言った。
「悪いな倉本。まあうちはそんなに強くないから、気楽に走ってきたらいい」

帰宅後、何となく晴れない気持ちで近くのスーパーに買い物に行った。
これまで安いからといって大量に買って腐らせたり、何日も続けて同じおかずになったりしてしまった。そんな失敗を重ね、今は二日に一度、必要な物を必要なだけ買うようにしている。料理のレパートリーも増え、安い食材でも作り立てなら大体、おいしく食べられることが分かってきた。

まだ豚肉の残りがあるから、もやしを買って焼きそばを作ろうか。冷蔵庫に残っている野菜も使ってしまおう。明日の弁当はそばめしだな。そう思いながら買い物を済ませた。

ドアから出た時、両手に買い物袋を持ったジーンズ姿の女性が前を歩いていた。小さな子供が二人、ふざけながら通ろうとして買い物袋にぶつかり、ジャガイモが転がり落ちた。女性はそのまま歩いて行く。

「落ちましたよ」
思わず呼び止めたが気付かない。ため息をついてジャガイモを拾い上げ、女性に声をかけた。
「あの、これ落ちましたよ」

振り向かないので、仕方なく女性の肩に手を置いた。こちらを向いたのは、意外なことに淳一と同じか年下らしい少女だった。眉根を寄せ、不審そうに見上げる。

「君が野菜を落としたから、拾ってきた」
そう説明をしたが何も答えない。しかし淳一の持っている物を見て、あっという顔をした。おずおず袋を差し出したので野菜を入れた。小さく「ありがとう」と言ったようだが、聞こえない。
すぐに逃げるように行ってしまった。

切れ長の目がきれいな子だった。
自分から女子に声をかけたのは高校生になって初めてだ。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...