沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅰ 未完のアスリート

16 紀和子先輩

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7月初め、県の水泳記録会と陸上選手権大会に出る事になった。

何と午前中は水泳で、午後は3時スタートの5000m走に出場する。
前日、普段からまぶしく感じている三年の仁志先輩に声を掛けられた。

「明日の記録会でお昼を食べるでしょ。倉本君の分、私達で作るから何も持ってこないでね。もちろん無料じゃないよ。それから私たち、これから西高のプールで練習するけど来る?」
「えっと。僕は・・・」
「やっぱり男子一人だと気を遣うかな。じゃあ明日頑張ろうね」
帰り道ずっと後悔していた。「僕も行きます」、となぜ言えなかったんだろう。

水泳記録会当日、午前中の競泳は、まず100m自由形予選で1分7秒。200m背泳は力を出し切り、ベスト記録の2分41秒。背泳だけぎりぎりで決勝に残れた。個人メドレーは自信がなくてエントリーしなかったが、予選タイムを見てしまったと思った。3分台でも決勝に残れていたのか。いつも先にあきらめ、後で後悔してしまう。

昼食は、三人の女子部員から手渡された大きなタッパー3個。全部で300円だけ払った。男子の水球部や顧問の悪口で盛り上がっている女子の中で食べるのは気をつかう。弁当はどれも見た目にもきれいでおいしい。仁志先輩に小さな声で聞いた。

「食べきれないから持って帰っていいですか。明日、洗って返します」
「いいと思うけど今日中に食べてね。話は違うけど、倉本君、来年どうするの?」
意味が分からず、整った顔立ちの仁志先輩を見つめた。

「今の水泳部ね。あの3年の水球サボり軍団が引退した後、また落ち着くと思うんだ。今日、初試合らしいけど勝てるはずないじゃない。練習だって遊び半分でやっていたし。私の従兄が水球の強豪校にいたんだけど、水球のプールって足が届かないのよ。立ち泳ぎがしんどくて死にそうって言っていた。あの程度の練習で国体なんてよく言えるわ」

「でも、今の1、2年がまた競泳に戻るかなあ?」
「そこよ。去年泳ぎ始めた君が、順調にタイムを伸ばして決勝に残ってる。自分たちは先輩のお遊びに付き合わされただけ、ということにとっくに気が付いてるよ。9月の新人戦あたりで戻ってくると思うから、しばらく一人だけど頑張ってね。来年は君がみんなを引っ張ってほしいの」

「はい、できるだけ頑張ります。それから、あの何で俺に弁当を作ってくれたんですか?」
「水泳部の子で倉本ファンは多いよ。君のこと、何か応援してあげたくなるんだって。今日のお弁当もじゃんけんで三人決めたんだから」
 
聞きたくてたまらない質問を思い切って話した。
「それより先輩は、水泳終わったら。受験でしょう。進路はどうするんですか?」
「突然だなあ。9月の水泳大会で引退するよ。2学期から本気の受験生。私ね、記録は大したことないでしょう?決勝に出るのが精一杯。けれど運動はやめたくないから教育大か体育大に行くつもり。教師になるかはまだ未定」

思った通り、ちゃんと答えてくれた。
「僕は、周りに相談する人がいなくて、今やってることがいいのか悪いのか不安になることが多いんです」
「倉本君が一人暮らしと言うのは聞いていたけど、そうなのか。私じゃ頼りないけど、聞くだけなら聞いてあげるよ。」
「知ってる大人は先生とか、義理の兄だけです。先輩で話したいのは白井さんくらいかな」
「白井さん?そうなの。会えたら伝えとくね」

1年生でいつも元気な木ノ嶋さんが近付いてきた。
「仁志先輩、ずるーい。倉本さんの独り占め長いですよー」
「あれが答えね」
笑顔の仁志先輩が離れた席に木ノ嶋さんが座った。背は淳一とかわらない。
バタフライの決勝で3位になったそうだ。

「県で3位なんてすごいな。小学校からずっとスイミングをやってたの?」
「中学はバレーです。でも背がまだ伸びそうやから水泳に戻りました。そしたら今度は体格が良くなりすぎて困っています」
丸顔で明るい後輩だ。こんな子が妹にいたら、毎日が楽しいだろうな。

次は走る番だ。作ってくれた女子に礼を言ってから市民プールを後にした。


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