沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅱ 君とオリンピックに行きたい

7 声が出せない?

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スタンドに戻ると陸上競技部の仲間が大騒ぎをしていた。
「五千で六甲大歴代1位。初の14分切りだ!」

みんなと握手をしながらも心の中では焦っていた。ぐずぐずしていたら彼女が帰ってしまう。
汗も拭かずにもう一度グラウンドに降り、ゲート前まで急いだ。気は急くが足がもつれて走れない。彼女はいてくれた。席から立ち上がり、胸の下から上へ手を握っては開く動作を繰り返している。何の動作か分からん。喜んでくれているのか?

「ごめん。あと少し待ってくれるかな。表彰式があるから」
大声で叫んだが、彼女は帰りかけようとした。遠くて聞こえないのか。
腕時計を何度も指さし、表彰状を受け取るしぐさをした。
彼女はうなずいて座席に座った。よかった。分かってくれた。

スタンド正面に駆け戻ると、表彰式の直前だった。東田が急げと手を回している。放送を聞くと県の学生新記録だったらしい。
もらったメダルと表彰状をリュックに詰め込んだ。後片付けは終わっているので、すぐに帰れると思っていたら最後の反省会。監督と主将の話を聞く。
早く終わってくれ。

東田が「祝勝会に行こう」と言うのを振り切って、ゲート上の観客席に駆け付けた。出口辺りに彼女が立っていた。首の辺りで切りそろえた髪が風でなびいている。灰色の長い目のスカートと白のブラウス。どこの高校だろう。見たことのない制服だ。

「ごめん、遅くなった。部の会が延びたんだ」
その言葉をさえぎるように、指で背もたれのない青い観客席を指さした。今ここに座るのか?
ぼんやりしている淳一を座らせ、バックからビニル袋に包んだものを出しタオルで巻いた。しゃがんだ彼女は淳一のジャージの裾をまくりあげた。
「えっ?何するの」

何も答えず、膝まで出した淳一の足にその白いものを押し当てた。凍えるように冷たい。二個を両手で持って、動かしながら当てる。アイシングか。そういえば走った後の整理運動もやっていない。
彼女を見下ろしながら、前に病院で見た茶髪ではないことに気付いた。戻したんだ。髪の長さもセミロングから短くしていた。

靴下も脱がされ、素足も時間をかけて冷やしてくれる。
「もういいから」と言っても構わず押さえ続けた。申し訳なさと冷たさで我慢できなくなった。
「もういいよ。帰ろう。なんかおごるよ。優勝できたのは君のおかげだ。本当にありがとう」
西日が、少し汗ばんだ彼女の横顔を照らしている。額が広く、鼻筋の通ったきれいな子だ。
競技場の外には誰もいなかった。

「君が見えたのは3周目だった。君かどうか確かめたくて必死に走った。やっとわかってから、君を目がけて走ることにしたんだ。手を振ってくれたのも分かったよ」
駅の方へ歩きながら、レース中のことを一人で話していた。返事をしないのは恥ずかしいからかな。それとも風邪か何かで声が出せないのだろうか?

電車の中でも話しかけたが、微笑むだけで何も答えてくれない。仕方なく電車の窓に映る彼女を見つめていた。身長は淳一の肩くらいで女性としたら高い方だ。目を合わせることなく、外を見ている。
次の駅で彼女が降りたので迷わず一緒に降りた。

改札を出たところでもう一度聞いた。
「のどが痛いの?風邪をひいていて声が出せないのかな?」
彼女は少し淳一の顔を見てから、右手で耳と口を順に押さえた。
首をかしげていると、もう一度耳と口を指さし、両手でバツの形をした。
最後にさようならというように手を振り、呆然としている淳一を置いて歩き出した。
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