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Ⅱ 君とオリンピックに行きたい
16 君とオリンピックに行きたい
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病院に着くと三田島医師が目を丸くした。
「君が喧嘩をする人間だとは思わなかったな。それに何で由佳と一緒なんだ?」
彼女が手話で経緯を知らせると、顔つきが険しくなった。
「あいつか。由佳を待ち伏せしていたな。今度こそきちんとしなきゃいかんな」
淳一の顔を見て、診察室の椅子に座らせた。
「さて、君はだいぶやられたなあ。出血は止まっているから縫わなくてもよさそうだが」
手際よく血をふき取り消毒をしてくれたが、かなり痛む。
「君に由佳を助けてもらうのは二回目だな」
二回目?口が痛くて話せないので首をかしげた。
「ほら前、山でイノシシから」
治療後、待合室の椅子に座り、つけっぱなしのテレビを見ていた。
手と顔は擦りむいたくらいだが、口の中を切ったらしくまだ血の味がする。
彼女がタオルに包んだ保冷剤を持って来てくれた。
それを頬に当てながら、何を言おうかと考えた。
彼女は落ち着かない様子で前の椅子に座り、淳一を見つめている。
ゆっくり手話を入れながら話した。
「君に・会いたかった」
うなずいてくれた。じっと唇を見ている。口を開けたら痛むがどうでもいい。
何度も練習した手話を声を出しながらやった。
「君に・会えなくて・つらかった」
またうなずいてくれた。
「これから・僕は・帰る家が・無くなる・君も・失いたく・ない」
首をかしげている。当たり前だ。こんな泣き言がわかるはずない。
つけっぱなしのテレビには、来年行われるロンドンオリンピック会場の様子が映し出され、日本選手の予想メンバーが種目別に紹介されていた。
痛む唇をかんで彼女を見た。もうやけくそだ。
テレビを指さし、覚えている手話を入れながらはっきりと言った。
「僕は・オリンピックに・出たい・君と・一緒に・行きたい」
彼女は、目を大きく見開いたまま淳一を見つめた。
時間が止まったみたいだ。
彼女が立ち上がり、部屋の向こうを指さした。
戸惑って呆然としていると手を引っ張られた。向うへ行くのか。
手をつながれたまま、明るくて広いリビングを抜ける。大きな家だ。
そんなことを思う間もなく階段を上り、彼女の部屋へ連れて行かれた。
隣の診察室にいた浩輔と美智子は顔を見合わせた。話した内容は全部聞こえていた。
「話が突飛すぎてついていけないわ」
「オリンピックとはなあ。由佳に何ができるんだ?」
「何か芝居がかってるわ。やっぱり倉本君、変よ」
浩輔は、帰る所がなくなるという彼の言葉が気になった。ともかく一杯飲もう。
部屋に入ると机の前の椅子に座らされた。
先程入れたクーラーの音がする。唇の切れた所が痛くて舌でなめた。彼女が口を開いた。
「今日、あ・り・が・と・う。」
少し高いトーンでかすれたような声。やっぱり話せるのか。これが口話なんだな。
手真似で書くものを頼んだ。
前のデートで使った小さなノートと鉛筆を渡された。新しいページに考えながら書いた。
1、 君と別れたくない。
2、 君の言うことは何でも聞く。
3、 君の許しなく、君にはふれない。
4、 オリンピックに出たい。助けてほしい。
1から3までは今度会ったら伝えたいと思っていたことで、4番目は先程思いついたことだ。
彼女はしばらく考えていたが、続けて下に書いた。
「本気?」
うなずいた。
「私にできる?」
またうなずいた。何でもやってやるよ。
「あなたが本気なら、私、勉強する。少し待ってくれる?」
「どのくらい?」
「一か月くらいかな?」
次にはさみで淳一が書いた部分をていねいに切り取った。
手話で聞いた。
「切ったのは、なぜ?」
彼女は、はにかんだ様子で答えた。
「私の・タ・カ・ラ・モ・ノ。」
思わず抱きしめたくなったが、早速ルール違反になってしまう。
ようやく彼女の部屋に目を向ける余裕ができた。
ピンク色のカーテンや枕が目に入ってきた。女の子の部屋に入るのは生まれて初めてだ。
「君が喧嘩をする人間だとは思わなかったな。それに何で由佳と一緒なんだ?」
彼女が手話で経緯を知らせると、顔つきが険しくなった。
「あいつか。由佳を待ち伏せしていたな。今度こそきちんとしなきゃいかんな」
淳一の顔を見て、診察室の椅子に座らせた。
「さて、君はだいぶやられたなあ。出血は止まっているから縫わなくてもよさそうだが」
手際よく血をふき取り消毒をしてくれたが、かなり痛む。
「君に由佳を助けてもらうのは二回目だな」
二回目?口が痛くて話せないので首をかしげた。
「ほら前、山でイノシシから」
治療後、待合室の椅子に座り、つけっぱなしのテレビを見ていた。
手と顔は擦りむいたくらいだが、口の中を切ったらしくまだ血の味がする。
彼女がタオルに包んだ保冷剤を持って来てくれた。
それを頬に当てながら、何を言おうかと考えた。
彼女は落ち着かない様子で前の椅子に座り、淳一を見つめている。
ゆっくり手話を入れながら話した。
「君に・会いたかった」
うなずいてくれた。じっと唇を見ている。口を開けたら痛むがどうでもいい。
何度も練習した手話を声を出しながらやった。
「君に・会えなくて・つらかった」
またうなずいてくれた。
「これから・僕は・帰る家が・無くなる・君も・失いたく・ない」
首をかしげている。当たり前だ。こんな泣き言がわかるはずない。
つけっぱなしのテレビには、来年行われるロンドンオリンピック会場の様子が映し出され、日本選手の予想メンバーが種目別に紹介されていた。
痛む唇をかんで彼女を見た。もうやけくそだ。
テレビを指さし、覚えている手話を入れながらはっきりと言った。
「僕は・オリンピックに・出たい・君と・一緒に・行きたい」
彼女は、目を大きく見開いたまま淳一を見つめた。
時間が止まったみたいだ。
彼女が立ち上がり、部屋の向こうを指さした。
戸惑って呆然としていると手を引っ張られた。向うへ行くのか。
手をつながれたまま、明るくて広いリビングを抜ける。大きな家だ。
そんなことを思う間もなく階段を上り、彼女の部屋へ連れて行かれた。
隣の診察室にいた浩輔と美智子は顔を見合わせた。話した内容は全部聞こえていた。
「話が突飛すぎてついていけないわ」
「オリンピックとはなあ。由佳に何ができるんだ?」
「何か芝居がかってるわ。やっぱり倉本君、変よ」
浩輔は、帰る所がなくなるという彼の言葉が気になった。ともかく一杯飲もう。
部屋に入ると机の前の椅子に座らされた。
先程入れたクーラーの音がする。唇の切れた所が痛くて舌でなめた。彼女が口を開いた。
「今日、あ・り・が・と・う。」
少し高いトーンでかすれたような声。やっぱり話せるのか。これが口話なんだな。
手真似で書くものを頼んだ。
前のデートで使った小さなノートと鉛筆を渡された。新しいページに考えながら書いた。
1、 君と別れたくない。
2、 君の言うことは何でも聞く。
3、 君の許しなく、君にはふれない。
4、 オリンピックに出たい。助けてほしい。
1から3までは今度会ったら伝えたいと思っていたことで、4番目は先程思いついたことだ。
彼女はしばらく考えていたが、続けて下に書いた。
「本気?」
うなずいた。
「私にできる?」
またうなずいた。何でもやってやるよ。
「あなたが本気なら、私、勉強する。少し待ってくれる?」
「どのくらい?」
「一か月くらいかな?」
次にはさみで淳一が書いた部分をていねいに切り取った。
手話で聞いた。
「切ったのは、なぜ?」
彼女は、はにかんだ様子で答えた。
「私の・タ・カ・ラ・モ・ノ。」
思わず抱きしめたくなったが、早速ルール違反になってしまう。
ようやく彼女の部屋に目を向ける余裕ができた。
ピンク色のカーテンや枕が目に入ってきた。女の子の部屋に入るのは生まれて初めてだ。
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