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Ⅲ ロンドンへの道
2 同期の仲間
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大学の部室に顔を出した。
先輩が、驚いたように話しかけてきた。
「久しぶりだなあ倉本。えらい日に焼けているし、どこかで秘密特訓でもしてきたんか?」
マネージャーさんの言い方はもっと辛辣だった。
「日本インカレをパスするなんて馬鹿じゃないの。秋の大学駅伝は絶対出てもらうからね!」
30度を超えている炎天下のグラウンドで400mのダッシュを5本。
しばらく歩いて、また走ろうとしたが、もうろうとしてきたのでやめた。熱中症寸前だ。
食堂で一人、遅い昼食を食べていると1回生の部員が集まってきた。
東田は郷里の岡山に帰省中でいない。
話を聞くと、多くは休暇中に家族と海外旅行に行っていたそうだ。
去年は受験で行けなかったからという理由。
ここで岩手県の小学生の話をするのはよそうと思った。
みんなは機内食はどこがおいしかったとか、旅行の思い出話に盛り上がっていた。
窓の外には緑の美しい六甲山系が間近に見える。由佳と初めてのデートは、あの辺りだった。
山なら涼しそうだし、また二人で行ってみようか。こんな所で長居はしたくない。
「じゃあ、俺帰るから」
そう言って立ち上がると、あわてた風の薮田君に止められた。
「待ってくれ。今日は旅行の話なんかするため来たんと違う。倉本は前に五千ですごい記録を出したやろ。なのに夏の大会やインカレに出ないのは何でなんや。先輩からも何度も聞かれた。それを今日教えてほしい」
栄本さんが話をつないだ。走り幅跳びで全国上位の記録を持っている期待の部員だ。
「私たち同じ1回生で、これから何年も一緒に汗を流す仲じゃない。倉本君は東田君とだけ仲良くしているけど、私たちとは距離を置いているよね。よかったら試合に出なかった訳、教えてくれる?」
どの程度言えばいいのか迷った。今後のこともあるし、ちゃんと話すべきなんだろうな。
「みんなには黙っていたけれど、熊本のインカレに行かなかったのは経済的理由。8月の国立大対抗戦に出なかったのは、東北にいたから。一週間、岩手県でボランティアをやっていた」
みんな唖然とした顔をしている。
「ここにいない三上さんや東田は知っていると思うけど、俺、高校の時から生活はピンチの連続だった。先月、今まで住んでいた所を出されるのが決まって、焦って試合どころじゃなかった。まあ何とか住むところが決まったから、9月から復帰できると思う。東北には、わがままでも絶対行きたかった。それが理由」
しばらくして栄本さんが言った。
「三上さんから、倉本君は働きながら高校を卒業したって聞いたけど、本当だったのね」
「俺なんか、旅行なんかどこにも行ったことがない世間知らずだし、君らの話にはどうせついていけないと思って近付かなかった。でも心配をかけていたのなら謝るよ。ごめん」
五千では、淳一に次ぐ記録を持っている薮田君が言った。
「俺らより苦労しとって、おまけに県大会で優勝して、それで注目されないという方が無理やろ」
「もう一つ聞きたいことがあるの」
栄本さんが、今度は悪戯っぽく笑いながら言った。
「五千で14分を切った日、走り終わったら観客席にすっ飛んで行ったでしょう。あそこで会っていた女の子は誰なん?初めは高校生の妹さんかなって、みんなで話していたんやけど」
やっぱり見られていたのか。
「あの子は、よく行く病院の娘さん。ただ応援に来てくれていただけ」
「ほんま?顔が赤くなっとうよ。あの後1回生だけで食事をしたけど、倉本君だけおらへんかったん寂しかったよ」
改めて同期はいいなと思った。東北のことを少し話して長い昼食会は終わった。
先輩が、驚いたように話しかけてきた。
「久しぶりだなあ倉本。えらい日に焼けているし、どこかで秘密特訓でもしてきたんか?」
マネージャーさんの言い方はもっと辛辣だった。
「日本インカレをパスするなんて馬鹿じゃないの。秋の大学駅伝は絶対出てもらうからね!」
30度を超えている炎天下のグラウンドで400mのダッシュを5本。
しばらく歩いて、また走ろうとしたが、もうろうとしてきたのでやめた。熱中症寸前だ。
食堂で一人、遅い昼食を食べていると1回生の部員が集まってきた。
東田は郷里の岡山に帰省中でいない。
話を聞くと、多くは休暇中に家族と海外旅行に行っていたそうだ。
去年は受験で行けなかったからという理由。
ここで岩手県の小学生の話をするのはよそうと思った。
みんなは機内食はどこがおいしかったとか、旅行の思い出話に盛り上がっていた。
窓の外には緑の美しい六甲山系が間近に見える。由佳と初めてのデートは、あの辺りだった。
山なら涼しそうだし、また二人で行ってみようか。こんな所で長居はしたくない。
「じゃあ、俺帰るから」
そう言って立ち上がると、あわてた風の薮田君に止められた。
「待ってくれ。今日は旅行の話なんかするため来たんと違う。倉本は前に五千ですごい記録を出したやろ。なのに夏の大会やインカレに出ないのは何でなんや。先輩からも何度も聞かれた。それを今日教えてほしい」
栄本さんが話をつないだ。走り幅跳びで全国上位の記録を持っている期待の部員だ。
「私たち同じ1回生で、これから何年も一緒に汗を流す仲じゃない。倉本君は東田君とだけ仲良くしているけど、私たちとは距離を置いているよね。よかったら試合に出なかった訳、教えてくれる?」
どの程度言えばいいのか迷った。今後のこともあるし、ちゃんと話すべきなんだろうな。
「みんなには黙っていたけれど、熊本のインカレに行かなかったのは経済的理由。8月の国立大対抗戦に出なかったのは、東北にいたから。一週間、岩手県でボランティアをやっていた」
みんな唖然とした顔をしている。
「ここにいない三上さんや東田は知っていると思うけど、俺、高校の時から生活はピンチの連続だった。先月、今まで住んでいた所を出されるのが決まって、焦って試合どころじゃなかった。まあ何とか住むところが決まったから、9月から復帰できると思う。東北には、わがままでも絶対行きたかった。それが理由」
しばらくして栄本さんが言った。
「三上さんから、倉本君は働きながら高校を卒業したって聞いたけど、本当だったのね」
「俺なんか、旅行なんかどこにも行ったことがない世間知らずだし、君らの話にはどうせついていけないと思って近付かなかった。でも心配をかけていたのなら謝るよ。ごめん」
五千では、淳一に次ぐ記録を持っている薮田君が言った。
「俺らより苦労しとって、おまけに県大会で優勝して、それで注目されないという方が無理やろ」
「もう一つ聞きたいことがあるの」
栄本さんが、今度は悪戯っぽく笑いながら言った。
「五千で14分を切った日、走り終わったら観客席にすっ飛んで行ったでしょう。あそこで会っていた女の子は誰なん?初めは高校生の妹さんかなって、みんなで話していたんやけど」
やっぱり見られていたのか。
「あの子は、よく行く病院の娘さん。ただ応援に来てくれていただけ」
「ほんま?顔が赤くなっとうよ。あの後1回生だけで食事をしたけど、倉本君だけおらへんかったん寂しかったよ」
改めて同期はいいなと思った。東北のことを少し話して長い昼食会は終わった。
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