沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅲ ロンドンへの道

21 卑怯もんが!

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急いで聾学校に戻った。

運動場には人垣がいくつもできていて、携帯をしている人、校舎に走る人など騒然としている。
輪の中に倒れたり座り込んだりしている人が見えた。
本山宗太郎が、数人の男性に体を押さえられ何かわめいている。
その近くで大声を出して泣いているのは、彼の母親のようだ。

人の輪の一つに、頭を押さえて座り込んでいる由佳がいた。両親が横で声をかけている。
人垣を押しのけて彼女の側にしゃがむ。
父親が左の側頭部にハンカチを当てているが、血がにじんで真っ赤になっていた。
「由佳。由佳ちゃん。しっかりして」
母親が彼女の手を持って呼びかけていた。

父親が淳一に気がつき、「ここを押さえておいて」と言ってから、彼女の指を一本ずつ確かめていた。由佳の頭を右手で支え、ハンカチで側頭部を押さえたが、目を閉じたままで開けようとしない。
彼女の耳に口を近づけ、聞こえない耳に話しかけた。
「大丈夫だ、大丈夫だよ。俺がいるから」

「指の骨が折れているなあ。体を守ろうとして当てられたな」
父親がつぶやいた。母親が淳一と交代して由佳の頭を支えた。
セーラー服には、神戸マラソンの副賞だった真珠のピンブローチが着けられていた。

淳一は立ち上がり周りを見回した。向うに男性二人に押さえられている宗太郎が見える。
近づいていくと、何か悪態をつき睨んできた。
こぶしを握りあいつの前に行くと、誰かが、淳一の腕をつかんだ。
「やめろ。警察に任せろ」
そ腕を振り払いとびかかった。

「お前なあ。卑怯もんが!」
彼は手をつかまれたまま逃げようとした。
胸元をつかみ殴ろうとしたが、また何人かに腕をつかまれた。
宗太郎はおどおどした目で必死に淳一から離れようとする。

こいつただの弱虫か。だからこんなことをしたのか。少し力が抜けた。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。

宗太郎はその場で警官に逮捕され、手錠をかけられパトカーで連れていかれた。
救急車に両親が乗りこむ姿が見えた。
それを見て校門に走って行くと、古河さんが大きく手招きをした。車に乗れということらしい。
道路は渋滞していて、救急車はすぐに見えなくなっていた。

一番近い救急病院は、母が入院していた医療センターだ。
古河さんに道を指さしながら何とかたどり着いた。
玄関前に赤色灯を点滅させた救急車が三台停まっている。やっぱりここだ。
頭を下げて車から降りた。多分一階の奥だ。

大きなドアを押し開けると、向うに父親がいて、白衣の医師と話をしていた。
しばらく待つと、頭に包帯をした由佳がストレッチャーに乗せられて出てきた。
母親が側にいた。
「今から頭の精密検査をするの。あの子、由佳にあんなことするなんて。でもあなたはやり返さないでね」

昼食も食べず、病院の待合室で座っていた。両手を組んでひたすら祈った。
両親はなかなか病室から出てこない。由佳の怪我はそんなにひどいのか。
3時頃、父親が出てきて病室へ呼ばれた。由佳は毛布を掛けられて眠っている。

「今のところ脳には異常は見当たらない。頭は髪の毛を切って四針縫ったが、傷口が開いているから縫えない所がある。くっ付くまで大分かかるな。肩は打ち身で腫れている程度だが、小指はひどい骨折で元通りになるのは難しい。今は麻酔で寝ているが、目が覚めたらつらいだろうな。とりあえず一週間入院することになったよ」
よかった。命には別状がなかったのか。

「お手伝いできることはありますか?」
「明日、土曜の午前中は病院を休めないから、姉の早苗に来てもらうことになっている。君は時々顔を出してくれるだけでいい。ここは完全看護だから心配しなくていいよ」
その後、警察で事情聴取があると言って二人で出て行った。

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