沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅲ ロンドンへの道

22 卒業式の蛮行

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病室で由香と二人きりになった。

四年前と一緒だ。母と二人の夜は長かった。
目が大きくてきれいだった顔が見る間に痩せていき、抗がん剤の副作用に苦しんでいた。
淳一を見るたび、謝って泣いてばかりいた。思い出すと今でもたまらない気持ちがする。

由佳の白い頬をさわってもピクリともしない。
由佳、目を覚ましてくれよ。
俺は何であの時、校庭からすぐに出てしまったんだ?
俺が走るため。自分だけのため。だからこんなことになった。何で守ってやれなかったんだ。
馬鹿な俺のせいだ。
 
由佳の母親が、淳一の肩に手を置いたので目が覚めた。
椅子に座り、由佳の右手を握ったまま眠りこんでいた。
淳一の涙顔を見てハンカチを貸してくれた。

「今夜は私が泊まるわ。ちょっと眠りが深すぎるわね。何かあったらお寺に連絡するから、もう家で休んで頂戴」

寺に帰ると納骨堂に入った。ロウソクと線香をつけ、見慣れた母の写真を見つめた。
「母さん、由佳を助けてやって。お願いだ。俺のことはどうでもいいから」

どのくらい時間が過ぎたのだろう。寒さと疲れで立てなくなり、近くの椅子に座り込んだ。
びわ湖毎日マラソンまで後10日だ。もう参加は無理かもしれない。
そういえば大学に練習を休むと連絡をしていない。部員からの着信はあったが、今はかけ直す気がしない。

明け方の寒さで目を覚ました。外で鳥の鳴き声がする。一晩たったのか。
伯母さんが納骨堂に入って来た。

「淳一さん。ここだったの。まあこんな寒い所で一晩も過ごして。さっき美智子さんから連絡があってね。由佳ちゃんが目を覚ましたんだって。何とか話もできるって」
涙目の伯母さんに礼を言って、寺から走り出した。今から猛ダッシュで病院に走る。
5キロもない距離だ。新記録を出してやる。

息を切らせながら病室に入ると、彼女はベッドの上でお茶を飲んでいた。
頭には包帯の上にネットをしており、左手にも包帯とギブスがされていた。

彼女は淳一の顔を指して微笑んだ。
「あなたは泣いていた。涙の跡がある」
じわっと涙が出てきた。彼女もそれを見て泣き顔になった。母親が笑って言った。
「本当に二人とも泣き虫さんね。由佳はこれから着替えるから、少しの間出てくれる?」
「少しだけ安心しました。僕は一旦帰ります。顔洗ってまた出直します」

彼女が手招きをした。顔を近づけると、右手で淳一の首に手を回し、頬に唇を押し付けてきた。
親の前でやるか。母親も目を丸くしている。
耳元でささやくような声がした。
「今日・走ってね・後・すこし・だから」

昨日の事件は、テレビでも報道されていたそうだ。寺の新聞を読んだ。
『卒業式の蛮行。卒業生が担任を襲う。三人が重軽傷』
由佳は重傷に入るのだろうか。

18才の少年が、卒業式の日に担任や女子生徒と止めようとした保護者一人に隠し持っていた短い鉄パイプで傷害を負わせた。以前女子生徒へ暴行未遂事件を起こし、停学処分を受けていたが、その腹いせか?そんな記事だった。

大学では監督に昨日の件を報告し、来ていた部員にも練習を無断で休んだことを謝った。
その後グラウンドで走ったが、寝ていないし、食べてもいない。さすがに途中から、ほとんど歩きになってしまった。

彼女のサポートが受けられないとすると、あまり無理は禁物だ。
本番のびわ湖マラソンも、一人だけかと思うと不安で胸が一杯になった。
こんな気持ちで走れるのだろうか。棄権もやむを得ないか、そんな気持ちにもなってきた。

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