76 / 139
Ⅲ ロンドンへの道
22 卒業式の蛮行
しおりを挟む
病室で由香と二人きりになった。
四年前と一緒だ。母と二人の夜は長かった。
目が大きくてきれいだった顔が見る間に痩せていき、抗がん剤の副作用に苦しんでいた。
淳一を見るたび、謝って泣いてばかりいた。思い出すと今でもたまらない気持ちがする。
由佳の白い頬をさわってもピクリともしない。
由佳、目を覚ましてくれよ。
俺は何であの時、校庭からすぐに出てしまったんだ?
俺が走るため。自分だけのため。だからこんなことになった。何で守ってやれなかったんだ。
馬鹿な俺のせいだ。
由佳の母親が、淳一の肩に手を置いたので目が覚めた。
椅子に座り、由佳の右手を握ったまま眠りこんでいた。
淳一の涙顔を見てハンカチを貸してくれた。
「今夜は私が泊まるわ。ちょっと眠りが深すぎるわね。何かあったらお寺に連絡するから、もう家で休んで頂戴」
寺に帰ると納骨堂に入った。ロウソクと線香をつけ、見慣れた母の写真を見つめた。
「母さん、由佳を助けてやって。お願いだ。俺のことはどうでもいいから」
どのくらい時間が過ぎたのだろう。寒さと疲れで立てなくなり、近くの椅子に座り込んだ。
びわ湖毎日マラソンまで後10日だ。もう参加は無理かもしれない。
そういえば大学に練習を休むと連絡をしていない。部員からの着信はあったが、今はかけ直す気がしない。
明け方の寒さで目を覚ました。外で鳥の鳴き声がする。一晩たったのか。
伯母さんが納骨堂に入って来た。
「淳一さん。ここだったの。まあこんな寒い所で一晩も過ごして。さっき美智子さんから連絡があってね。由佳ちゃんが目を覚ましたんだって。何とか話もできるって」
涙目の伯母さんに礼を言って、寺から走り出した。今から猛ダッシュで病院に走る。
5キロもない距離だ。新記録を出してやる。
息を切らせながら病室に入ると、彼女はベッドの上でお茶を飲んでいた。
頭には包帯の上にネットをしており、左手にも包帯とギブスがされていた。
彼女は淳一の顔を指して微笑んだ。
「あなたは泣いていた。涙の跡がある」
じわっと涙が出てきた。彼女もそれを見て泣き顔になった。母親が笑って言った。
「本当に二人とも泣き虫さんね。由佳はこれから着替えるから、少しの間出てくれる?」
「少しだけ安心しました。僕は一旦帰ります。顔洗ってまた出直します」
彼女が手招きをした。顔を近づけると、右手で淳一の首に手を回し、頬に唇を押し付けてきた。
親の前でやるか。母親も目を丸くしている。
耳元でささやくような声がした。
「今日・走ってね・後・すこし・だから」
昨日の事件は、テレビでも報道されていたそうだ。寺の新聞を読んだ。
『卒業式の蛮行。卒業生が担任を襲う。三人が重軽傷』
由佳は重傷に入るのだろうか。
18才の少年が、卒業式の日に担任や女子生徒と止めようとした保護者一人に隠し持っていた短い鉄パイプで傷害を負わせた。以前女子生徒へ暴行未遂事件を起こし、停学処分を受けていたが、その腹いせか?そんな記事だった。
大学では監督に昨日の件を報告し、来ていた部員にも練習を無断で休んだことを謝った。
その後グラウンドで走ったが、寝ていないし、食べてもいない。さすがに途中から、ほとんど歩きになってしまった。
彼女のサポートが受けられないとすると、あまり無理は禁物だ。
本番のびわ湖マラソンも、一人だけかと思うと不安で胸が一杯になった。
こんな気持ちで走れるのだろうか。棄権もやむを得ないか、そんな気持ちにもなってきた。
四年前と一緒だ。母と二人の夜は長かった。
目が大きくてきれいだった顔が見る間に痩せていき、抗がん剤の副作用に苦しんでいた。
淳一を見るたび、謝って泣いてばかりいた。思い出すと今でもたまらない気持ちがする。
由佳の白い頬をさわってもピクリともしない。
由佳、目を覚ましてくれよ。
俺は何であの時、校庭からすぐに出てしまったんだ?
俺が走るため。自分だけのため。だからこんなことになった。何で守ってやれなかったんだ。
馬鹿な俺のせいだ。
由佳の母親が、淳一の肩に手を置いたので目が覚めた。
椅子に座り、由佳の右手を握ったまま眠りこんでいた。
淳一の涙顔を見てハンカチを貸してくれた。
「今夜は私が泊まるわ。ちょっと眠りが深すぎるわね。何かあったらお寺に連絡するから、もう家で休んで頂戴」
寺に帰ると納骨堂に入った。ロウソクと線香をつけ、見慣れた母の写真を見つめた。
「母さん、由佳を助けてやって。お願いだ。俺のことはどうでもいいから」
どのくらい時間が過ぎたのだろう。寒さと疲れで立てなくなり、近くの椅子に座り込んだ。
びわ湖毎日マラソンまで後10日だ。もう参加は無理かもしれない。
そういえば大学に練習を休むと連絡をしていない。部員からの着信はあったが、今はかけ直す気がしない。
明け方の寒さで目を覚ました。外で鳥の鳴き声がする。一晩たったのか。
伯母さんが納骨堂に入って来た。
「淳一さん。ここだったの。まあこんな寒い所で一晩も過ごして。さっき美智子さんから連絡があってね。由佳ちゃんが目を覚ましたんだって。何とか話もできるって」
涙目の伯母さんに礼を言って、寺から走り出した。今から猛ダッシュで病院に走る。
5キロもない距離だ。新記録を出してやる。
息を切らせながら病室に入ると、彼女はベッドの上でお茶を飲んでいた。
頭には包帯の上にネットをしており、左手にも包帯とギブスがされていた。
彼女は淳一の顔を指して微笑んだ。
「あなたは泣いていた。涙の跡がある」
じわっと涙が出てきた。彼女もそれを見て泣き顔になった。母親が笑って言った。
「本当に二人とも泣き虫さんね。由佳はこれから着替えるから、少しの間出てくれる?」
「少しだけ安心しました。僕は一旦帰ります。顔洗ってまた出直します」
彼女が手招きをした。顔を近づけると、右手で淳一の首に手を回し、頬に唇を押し付けてきた。
親の前でやるか。母親も目を丸くしている。
耳元でささやくような声がした。
「今日・走ってね・後・すこし・だから」
昨日の事件は、テレビでも報道されていたそうだ。寺の新聞を読んだ。
『卒業式の蛮行。卒業生が担任を襲う。三人が重軽傷』
由佳は重傷に入るのだろうか。
18才の少年が、卒業式の日に担任や女子生徒と止めようとした保護者一人に隠し持っていた短い鉄パイプで傷害を負わせた。以前女子生徒へ暴行未遂事件を起こし、停学処分を受けていたが、その腹いせか?そんな記事だった。
大学では監督に昨日の件を報告し、来ていた部員にも練習を無断で休んだことを謝った。
その後グラウンドで走ったが、寝ていないし、食べてもいない。さすがに途中から、ほとんど歩きになってしまった。
彼女のサポートが受けられないとすると、あまり無理は禁物だ。
本番のびわ湖マラソンも、一人だけかと思うと不安で胸が一杯になった。
こんな気持ちで走れるのだろうか。棄権もやむを得ないか、そんな気持ちにもなってきた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる