沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅲ ロンドンへの道

25 オリンピック最終選考レース

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3月4日、日曜日。
昨日は好天気で春の兆しすら感じたのに、今日はどんよりとしていて寒い。

東田と待ち合わせ、新快速に乗った。
電車の中で、由佳が看護学校に合格して入学金を払い込んだ話をした。

「もしもの話、俺がロンドンに行けるようになったら、彼女は俺のサポートのため、学校をやめるか休学するかもしれない。そしたら入学金が無駄になってしまう」
彼は声を出して笑った。

「彼女が君のパートナーということがマスコミに知れたら、学校が彼女をやめさせるはずはないよ。すごい宣伝効果だ」
マスコミの影響ってそんなに大きいのか。要するに俺が頑張れば解決か。

「倉本君は前世紀の遺物で本の虫だろう?今までどんな本を読んできたの?」
「中学の時は、家に日本文学全集というのがあって、意味がわからんまま読んでいた。高校では、図書室にあった西洋文学、と言っても推理小説も含めてだけど、主にイギリスとアメリカの小説ばかり読みあさっていたな。今はロシアと中国、それに日本の古典を読み始めている」
「僕なんか、東野圭吾と有川浩くらいしか読んでいない。中国の古典といえばマンガの『三国志』しか知らん。よくそんなに読む時間があったね」
「テレビも携帯も持っていないから時間はあった。そういえば高校の時、原人と言われたことがある。当たっていたかもしれんな」
「テレビやスマホがない生活か。確かに、今はどこがおいしいとか安いとか面白いとか、ごみのような情報のチェックだけで人生終わってしまいそうだ。でもスマホのない生活というのも想像できないよ」

大津に着く前から小雨が降っていた。11月に来たびわ湖駅伝でも雨だった。
皇子山競技場に着いても止む気配はない。また雨の中を走るのか。

ストレッチよりひたすら足のマッサージに専念した。
由佳にやってほしいが、今日は家族と一緒にテレビ観戦だ。
メールによると、いつもは優しいパパが応援に行くのを許してくれないという。
当然だな。

午前11時。気温は7.2度。湿度75%。風はあまりない。
この辺りは三井寺など由緒ある建造物が多い。いつか彼女と歩きたいところだ。
桜のつぼみが膨らみかけている。

受付の周りには、いろんな会社の幟がびっしり立ち並んでいた。
予想通り周りは実業団の選手ばかりで、淳一のような大学生はあまり見当たらない。
アフリカ人選手も見かけた。彼らの足の長さや引き締まり方は、やはり生まれつきなんだろうか。
今日二回目のメールが届いた。

「ジュンがどこにいても側にいるよ。走り終えたら私を強く抱きしめてね」

何度も繰り返し読んだ。
これを見て、命がけで走らない男なんていないだろう。
今日は5キロ15分以内のペースで最後まで走り切ってやる。
彼女のために走る。
彼女と共に、二人で走り切る。

スタート10分前。雨はまだ止まない。
夏以降、彼女の立てたメニューで走り続けて半年。今日まで、一体どれだけ走ったのだろう。
シューズは人見さんにもらった新品を使う。
昨日、この靴でいつものコースの半分6キロほど走った。シューズは本当に薄くて軽い。

トップ選手は、大きな試合では一度履いたら捨てるそうだ。
つまり10キロ足慣らしをして、本番に40キロ。計50キロで処分するらしい。
俺は捨てたりしたくない。

最前列に招待選手が並ぶ。ランナーは全部で105人。
持ってきたサポーターを腕に着けた。

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