79 / 139
Ⅲ ロンドンへの道
25 オリンピック最終選考レース
しおりを挟む
3月4日、日曜日。
昨日は好天気で春の兆しすら感じたのに、今日はどんよりとしていて寒い。
東田と待ち合わせ、新快速に乗った。
電車の中で、由佳が看護学校に合格して入学金を払い込んだ話をした。
「もしもの話、俺がロンドンに行けるようになったら、彼女は俺のサポートのため、学校をやめるか休学するかもしれない。そしたら入学金が無駄になってしまう」
彼は声を出して笑った。
「彼女が君のパートナーということがマスコミに知れたら、学校が彼女をやめさせるはずはないよ。すごい宣伝効果だ」
マスコミの影響ってそんなに大きいのか。要するに俺が頑張れば解決か。
「倉本君は前世紀の遺物で本の虫だろう?今までどんな本を読んできたの?」
「中学の時は、家に日本文学全集というのがあって、意味がわからんまま読んでいた。高校では、図書室にあった西洋文学、と言っても推理小説も含めてだけど、主にイギリスとアメリカの小説ばかり読みあさっていたな。今はロシアと中国、それに日本の古典を読み始めている」
「僕なんか、東野圭吾と有川浩くらいしか読んでいない。中国の古典といえばマンガの『三国志』しか知らん。よくそんなに読む時間があったね」
「テレビも携帯も持っていないから時間はあった。そういえば高校の時、原人と言われたことがある。当たっていたかもしれんな」
「テレビやスマホがない生活か。確かに、今はどこがおいしいとか安いとか面白いとか、ごみのような情報のチェックだけで人生終わってしまいそうだ。でもスマホのない生活というのも想像できないよ」
大津に着く前から小雨が降っていた。11月に来たびわ湖駅伝でも雨だった。
皇子山競技場に着いても止む気配はない。また雨の中を走るのか。
ストレッチよりひたすら足のマッサージに専念した。
由佳にやってほしいが、今日は家族と一緒にテレビ観戦だ。
メールによると、いつもは優しいパパが応援に行くのを許してくれないという。
当然だな。
午前11時。気温は7.2度。湿度75%。風はあまりない。
この辺りは三井寺など由緒ある建造物が多い。いつか彼女と歩きたいところだ。
桜のつぼみが膨らみかけている。
受付の周りには、いろんな会社の幟がびっしり立ち並んでいた。
予想通り周りは実業団の選手ばかりで、淳一のような大学生はあまり見当たらない。
アフリカ人選手も見かけた。彼らの足の長さや引き締まり方は、やはり生まれつきなんだろうか。
今日二回目のメールが届いた。
「ジュンがどこにいても側にいるよ。走り終えたら私を強く抱きしめてね」
何度も繰り返し読んだ。
これを見て、命がけで走らない男なんていないだろう。
今日は5キロ15分以内のペースで最後まで走り切ってやる。
彼女のために走る。
彼女と共に、二人で走り切る。
スタート10分前。雨はまだ止まない。
夏以降、彼女の立てたメニューで走り続けて半年。今日まで、一体どれだけ走ったのだろう。
シューズは人見さんにもらった新品を使う。
昨日、この靴でいつものコースの半分6キロほど走った。シューズは本当に薄くて軽い。
トップ選手は、大きな試合では一度履いたら捨てるそうだ。
つまり10キロ足慣らしをして、本番に40キロ。計50キロで処分するらしい。
俺は捨てたりしたくない。
最前列に招待選手が並ぶ。ランナーは全部で105人。
持ってきたサポーターを腕に着けた。
昨日は好天気で春の兆しすら感じたのに、今日はどんよりとしていて寒い。
東田と待ち合わせ、新快速に乗った。
電車の中で、由佳が看護学校に合格して入学金を払い込んだ話をした。
「もしもの話、俺がロンドンに行けるようになったら、彼女は俺のサポートのため、学校をやめるか休学するかもしれない。そしたら入学金が無駄になってしまう」
彼は声を出して笑った。
「彼女が君のパートナーということがマスコミに知れたら、学校が彼女をやめさせるはずはないよ。すごい宣伝効果だ」
マスコミの影響ってそんなに大きいのか。要するに俺が頑張れば解決か。
「倉本君は前世紀の遺物で本の虫だろう?今までどんな本を読んできたの?」
「中学の時は、家に日本文学全集というのがあって、意味がわからんまま読んでいた。高校では、図書室にあった西洋文学、と言っても推理小説も含めてだけど、主にイギリスとアメリカの小説ばかり読みあさっていたな。今はロシアと中国、それに日本の古典を読み始めている」
「僕なんか、東野圭吾と有川浩くらいしか読んでいない。中国の古典といえばマンガの『三国志』しか知らん。よくそんなに読む時間があったね」
「テレビも携帯も持っていないから時間はあった。そういえば高校の時、原人と言われたことがある。当たっていたかもしれんな」
「テレビやスマホがない生活か。確かに、今はどこがおいしいとか安いとか面白いとか、ごみのような情報のチェックだけで人生終わってしまいそうだ。でもスマホのない生活というのも想像できないよ」
大津に着く前から小雨が降っていた。11月に来たびわ湖駅伝でも雨だった。
皇子山競技場に着いても止む気配はない。また雨の中を走るのか。
ストレッチよりひたすら足のマッサージに専念した。
由佳にやってほしいが、今日は家族と一緒にテレビ観戦だ。
メールによると、いつもは優しいパパが応援に行くのを許してくれないという。
当然だな。
午前11時。気温は7.2度。湿度75%。風はあまりない。
この辺りは三井寺など由緒ある建造物が多い。いつか彼女と歩きたいところだ。
桜のつぼみが膨らみかけている。
受付の周りには、いろんな会社の幟がびっしり立ち並んでいた。
予想通り周りは実業団の選手ばかりで、淳一のような大学生はあまり見当たらない。
アフリカ人選手も見かけた。彼らの足の長さや引き締まり方は、やはり生まれつきなんだろうか。
今日二回目のメールが届いた。
「ジュンがどこにいても側にいるよ。走り終えたら私を強く抱きしめてね」
何度も繰り返し読んだ。
これを見て、命がけで走らない男なんていないだろう。
今日は5キロ15分以内のペースで最後まで走り切ってやる。
彼女のために走る。
彼女と共に、二人で走り切る。
スタート10分前。雨はまだ止まない。
夏以降、彼女の立てたメニューで走り続けて半年。今日まで、一体どれだけ走ったのだろう。
シューズは人見さんにもらった新品を使う。
昨日、この靴でいつものコースの半分6キロほど走った。シューズは本当に薄くて軽い。
トップ選手は、大きな試合では一度履いたら捨てるそうだ。
つまり10キロ足慣らしをして、本番に40キロ。計50キロで処分するらしい。
俺は捨てたりしたくない。
最前列に招待選手が並ぶ。ランナーは全部で105人。
持ってきたサポーターを腕に着けた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる