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Ⅲ ロンドンへの道
28 由佳のベッドで
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2回目のドーピング検査を済ませ、記者の取材から解放された時はもう暗くなりかけていた。
帰りの電車に乗るとすぐに爆睡してしまい、芦屋駅を過ぎてようやく目が覚めた。
東田や栄本さんが話しかけてくるが、答えるのが億劫だ。東田が手話をしてきた。
「この後、五千は、どうする?」
考えていなかった。もうモチベーションが持ちそうにない。それにB水準に到達するには五千で30秒。一万でも1分以上縮めなければならない。まあ無理だな。
「彼女と相談する」
東田が今度は声を出した。
「由佳ちゃん効果で、メダルまでいけるといいな」
「君には本当に世話になった。いつか君の実家に行ってあいさつに行くよ」
彼は、淳一の小指を引っ張って指切りをした。隣の栄本さんが笑った。
「やめてよ、男同士で。でも私も由佳さんと話したいから手話を習おうかな」
三田島家に着くと、父親はもうだいぶ飲んだのか顔を赤くしていた。
いつものように、診察室のベッドで足を診てくれた。
「偉大な足だな。いつもより少し硬くなっている。つっぱり感とかなかったかな?」
「痙攣してきて、両足ともつりそうでした」
「雨で寒かったからかな。最後にスパートした時、顔が苦しそうにゆがんでいたからひやひやしたよ」
「あの後は、痛みを忘れていました」
「疲れが残らんようにゆっくり風呂に入って、そこでマッサージをしたらいい」
目は彼女を探していた。早く会いたいのにまだ顔を見せない。
「由佳なあ、君の試合を必死に見ていて、途中から泣き出した。ゴールしてからも興奮状態だったから薬を飲ませて寝かしたよ。君が来る頃起きると思っていたが。悪いな。もう少ししたら起こすから待っていたらいいよ」
小さな声で頼んだ。
「あの、少しだけ顔を見てきていいですか?」
二階の由佳の部屋にそっと入った。
寝ている彼女の頬に触れた。冷たいな。ぐっすり眠っているようでぴくりともしない。
何かつぶやいた。
左手の小指は布団の外にある。包帯で包まれた指を両手でしばらく包み込んだ。
君がいなければ、今日の俺はいない。君のおかげだ。涙が出てきそうだ。
下のリビングでは、美智子が何度も二階に上がりそうになるのを浩輔が止めていた。
「もういいでしょ?由佳の部屋に入ったきり半時間よ。あなた酔ってるでしょう?」
「淳一君なら心配ないって。由佳に報告したくてやっとここまで来たんだろう。今日はやっと夢がかなったんだ。しばらくほっといてやろう」
二人が何をしていても構わんと思っていた。
さすがに1時間を過ぎてから、夫婦して由佳の部屋の前に立った。
何度もチャイムを押し、強くノックをしてからドアを開けた。
部屋に入ると、二人がベッドの上で抱き合っているように見えた。
やはり今入るのはまずかったか。
ところがよく見ると、彼は来た時のジャージ姿で椅子に座り、ベッドの上で座っている由佳に抱かれていた。どうやら彼が椅子に座ったまま寝てしまい、その後で由佳が目を覚ましたようだ。
彼女は両親が見ているのに気付かず彼の頭を抱きしめている。
浩輔は美智子に目で合図をして部屋を出た。
「ほっとしたのね。彼、熟睡しているみたい。次はいつ起こしたらいいのかしら」
「この家に来て寝てしまうのは何度目かな。ここでなら寛げるというのがうれしいよ」
「寛げるのはあの子の側だけでしょう。由佳も言い出したら聞かない子だけど、淳一さんの前ではよく泣いたりして甘えているわ。由佳が安心できるのは私たちの前じゃなかったのね」
浩輔は、妻の肩に手を置いた。
「あの二人、やっとお互いに安心できる相手が見つかってよかったじゃないか」
「幸せになれるかしら。親のいない子と障害のある子。ハンデを背負って生きていくのね」
「少なくとも今日はどっちも今までの人生で最高の日だろう。もう少し二人だけでいさせてやろう」
結局その日は三田島家に泊まり、淳一は早苗姉さんのベッドで朝を迎えた。
まだ眠い。いくらでも眠れそうだ。
帰りの電車に乗るとすぐに爆睡してしまい、芦屋駅を過ぎてようやく目が覚めた。
東田や栄本さんが話しかけてくるが、答えるのが億劫だ。東田が手話をしてきた。
「この後、五千は、どうする?」
考えていなかった。もうモチベーションが持ちそうにない。それにB水準に到達するには五千で30秒。一万でも1分以上縮めなければならない。まあ無理だな。
「彼女と相談する」
東田が今度は声を出した。
「由佳ちゃん効果で、メダルまでいけるといいな」
「君には本当に世話になった。いつか君の実家に行ってあいさつに行くよ」
彼は、淳一の小指を引っ張って指切りをした。隣の栄本さんが笑った。
「やめてよ、男同士で。でも私も由佳さんと話したいから手話を習おうかな」
三田島家に着くと、父親はもうだいぶ飲んだのか顔を赤くしていた。
いつものように、診察室のベッドで足を診てくれた。
「偉大な足だな。いつもより少し硬くなっている。つっぱり感とかなかったかな?」
「痙攣してきて、両足ともつりそうでした」
「雨で寒かったからかな。最後にスパートした時、顔が苦しそうにゆがんでいたからひやひやしたよ」
「あの後は、痛みを忘れていました」
「疲れが残らんようにゆっくり風呂に入って、そこでマッサージをしたらいい」
目は彼女を探していた。早く会いたいのにまだ顔を見せない。
「由佳なあ、君の試合を必死に見ていて、途中から泣き出した。ゴールしてからも興奮状態だったから薬を飲ませて寝かしたよ。君が来る頃起きると思っていたが。悪いな。もう少ししたら起こすから待っていたらいいよ」
小さな声で頼んだ。
「あの、少しだけ顔を見てきていいですか?」
二階の由佳の部屋にそっと入った。
寝ている彼女の頬に触れた。冷たいな。ぐっすり眠っているようでぴくりともしない。
何かつぶやいた。
左手の小指は布団の外にある。包帯で包まれた指を両手でしばらく包み込んだ。
君がいなければ、今日の俺はいない。君のおかげだ。涙が出てきそうだ。
下のリビングでは、美智子が何度も二階に上がりそうになるのを浩輔が止めていた。
「もういいでしょ?由佳の部屋に入ったきり半時間よ。あなた酔ってるでしょう?」
「淳一君なら心配ないって。由佳に報告したくてやっとここまで来たんだろう。今日はやっと夢がかなったんだ。しばらくほっといてやろう」
二人が何をしていても構わんと思っていた。
さすがに1時間を過ぎてから、夫婦して由佳の部屋の前に立った。
何度もチャイムを押し、強くノックをしてからドアを開けた。
部屋に入ると、二人がベッドの上で抱き合っているように見えた。
やはり今入るのはまずかったか。
ところがよく見ると、彼は来た時のジャージ姿で椅子に座り、ベッドの上で座っている由佳に抱かれていた。どうやら彼が椅子に座ったまま寝てしまい、その後で由佳が目を覚ましたようだ。
彼女は両親が見ているのに気付かず彼の頭を抱きしめている。
浩輔は美智子に目で合図をして部屋を出た。
「ほっとしたのね。彼、熟睡しているみたい。次はいつ起こしたらいいのかしら」
「この家に来て寝てしまうのは何度目かな。ここでなら寛げるというのがうれしいよ」
「寛げるのはあの子の側だけでしょう。由佳も言い出したら聞かない子だけど、淳一さんの前ではよく泣いたりして甘えているわ。由佳が安心できるのは私たちの前じゃなかったのね」
浩輔は、妻の肩に手を置いた。
「あの二人、やっとお互いに安心できる相手が見つかってよかったじゃないか」
「幸せになれるかしら。親のいない子と障害のある子。ハンデを背負って生きていくのね」
「少なくとも今日はどっちも今までの人生で最高の日だろう。もう少し二人だけでいさせてやろう」
結局その日は三田島家に泊まり、淳一は早苗姉さんのベッドで朝を迎えた。
まだ眠い。いくらでも眠れそうだ。
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