沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅳ オリンピック代表

2 坊さんになる?

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朝、久しぶりに由佳が寺にやって来た。

頭も手も抜糸は終えたので、もう包帯はしていない。
前、4人でに食事したのは一か月も前になるが、あれから激動の日々だった。
伯母さんに奨学金が増えたから家賃を上げてくれと頼んだ。

「淳一さん、じゃあ今まで5万円からうちに3万円を出していたの。月2万円だけでは生活できないでしょう」
「三食頂いているので、何とかやってきました。使うのは交通費くらいですから」
「でも本代や服代は?第一、試合に行くのに結構かかるでしょう」
「その時は貯金をおろしました。ロンドンの後はバイトでまた貯めます」
「オリンピック選手がそんな生活していてはだめよ。お金はもういいから、しっかり食べてね。うちもあなたと由佳ちゃんが結婚する時のために貯めておかないとね」

手話を交えながら話すので、彼女もそれを見てにこにこしている。伯父さんも上機嫌だ。
この機会に、前から考えていたことを頼んでみようと思った。

「以前お話したように、名前を変えようと思っています」
「前は安原だったかな。それに変えるのか」
「それも考えていますが、まだ未成年なので身元保証人が必要な時が多いんです」
「わしになってくれと言うなら別に構わんよ」
おばさんが思いついたように言った。

「いっそ淳一さん、うちの養子になってもいいかしらねえ。由佳ちゃんと結婚するとき、同じ名前同士になるけど」
「すると、淳一君と由佳はかたちの上ではいとこ同士になるわけだ.
二人は顔を見合わせて黙ってしまった。養子の件は唐突だが、どうしたのだろう。
「美智子さんが気にするかもしれませんね」
「この際だから話しておこうか。これは由佳には内緒だな」

「由佳ちゃん、お茶を入れてきてくれる?」
伯母さんの手話を見て、彼女は台所に向かった。

「浩輔さん夫婦はいとこ同士なの。美智子さんの両親は早くに亡くなって、このお寺でうちの主人と浩輔さんと一緒に暮らしていたのね。医大に入った浩輔さんと結婚したいって、自分も看護師になって、いろいろあったけど、結婚できて二人の子供ができたの。だけど早苗も由佳もどっちも難聴だった。誰もそんなことを言わないのに、原因がいとこ同士の結婚だと美智子さんは思い込んでね。自分で生きていけるようにさせるって厳しく育ててきたわ。でもどちらも可愛いし、賢いし、おまけに今は、いいお婿さんがいるから心配ないけどね」

それで『二人の障害は、私たちの責任』と言ったのか。
由佳が戻って来た。伯父さんが大きな伸びをした。
「わしが保証人になってもいいし、君がうちの養子になってもいい。ありゃ、もしかして君が養子になって由佳と結婚したら、できた子はわしらの孫になるのか。これはいいなあ」
「あら本当だ」

伯母さんも目を輝かせた。
由佳は淳一に説明しろと催促しているが言いにくい。
「孫ができたとしたら、浩輔と取り合いになるなあ。淳一君。君さえよかったら養子の件、話を進めようか。そうか。由佳と君の子供がうちの孫か」

上機嫌で坊主頭をたたいて部屋を出た。
安原姓で保証人になってもらおうと思っていたが、養子という選択もあるのか。
でもまさか俺が寺を受け継ぎ、坊さんになるのか?


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