沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅳ オリンピック代表

14 BBC実況中継

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BBC放送、ラジオ2のスタジオで鮫川春代はチーフとマラソン中継のテレビを見ていた。

ゴール前を走るのは4位のイギリス選手だ。スタジオのチーフはあと一人抜けと必死に応援していたが、3位の若い日本人選手にはかなり離されていた。
ゴール直前、日本選手の前にアフリカ選手が立ちふさがり、邪魔をするように見えた。

「あれは、妨害行為じゃないのか?前の選手に金メダルを取らせるためにやっているように見える」
チーフが画面を指さしながら言った。
確かに日本選手が前に行こうとしているのに、アフリカ選手は何度もコースを変え、進路を塞ぐような形で走っている。そのまま3人がフィニッシュした。

テレビでは、優勝した選手と、先ほど妨害したように見えた選手が肩を組んで、国旗を掲げウイニングランをしている姿が映し出された。
4位になったイギリス選手が、少し遅れてフィニッシュして、手を上げて観客の歓声に応えている。5位以下の選手はまだ映っていない。

日本選手、3位じゃ映らないのかな。そう思っていると、走り終えた日本人選手が観客席に向かって、何か手を動かしている姿が映った。誰に話しているんだろう?
テレビカメラはその相手を見つけた。若い日本女性だ。彼女も手振りで何か答えている。どちらも泣いているみたいだ。
10秒もしないうちに、画面はまた優勝した選手やイギリス選手に切り替わった。

「彼らが手で何を伝えていたのか知りたいな。感動的な場面のように見えた」
チーフが頭の後ろに手を組んで、後ろを振り返らずに言った。
返事はなく、押し殺したような声が聞こえたので、振り向いた。

「どうした?ハル。いつも冷静な君が」
彼女は、ハンカチで口を押えながら肩を震わせている。

「私、あの人達の言葉が理解できます。あれは日本の手話。あの画像にテロップをつけて流すことができたら・・・」
あっけにとられたチーフはしばらく彼女を見つめていたが、はっと気づいて電話に飛びついた。

鮫川春代はここBBCで、今年部署を替わるまで日本語放送を担当していた。
彼女の息子は難聴で、横浜の公立小学校に通わせていた。
中学に入る前、日本の学校教育に見切りをつけ、彼女の夫が働くロンドンに移り住むことに決めた。

在日中は、日本手話を親子で必死に覚えたが、今はイギリス手話で生活をしている。
もう使うことがないと思っていた日本手話と、こんなところで出会うとは思ってもみなかった。

ゴール横のカメラは、二人の手話の様子を最後まで撮影していた。
その映像は、テロップ付きで動画配信されることになった。


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