沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅴ 由佳の選択

1 知らない自分

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今日は一日中、大河原さんと一緒に東京で取材を受けたり挨拶回りをしたりする。気が重い。

東京で訪れたのは何か所だったのだろうか。どこでも同じ質問をされる。
ゴール前の妨害と由佳の事ばかりだ。うんざりした顔を出さないようにするのは苦しかった。
あるテレビ局で、とうとう切れてしまった。

「生活が苦しくて、働きながら高校を出たと聞きましたが、その辺りのエピソードを話してください。そして全国の貧しい子供たちにメッセージを届けてください」」
なんでそんなことを聞きたがる?

「そんなことを言いたくも思い出したくもありません。僕なんかよりもっと厳しい生活をしている子が一杯いると思うし、僕なんかが励ましの言葉なんか言う資格はありません」
そう言って、にらみつけるとあわてて話をそらせ、すぐCMに移った。

気まずい雰囲気の中でスタジオを出たが、後味が悪い。
ファミレスでバイト中、ひもじくて客の食べ残しを口にしたことを思い出した。
そんな話をすれば受けたのだろうか。

外で待っていた大河内さんが、新しい色紙を山ほど持ってきて手渡そうとしてきた。
「終わったのか。これに何でもいいから書いてくれ。面倒だったらサインだけでもいい」
ため息が出た。「字は下手なので」と言って受け取らなかった。そんなもの、誰に渡すんだ。

後の局では何を聞かれても、必要最小限しか話さないことにした。
やっと一日が終わり、東京駅から生まれて初めて新幹線に乗った。
まず由佳からのメールチェック。

「家に着いた時、パパはジュンがいなかったのでさみしそうだった。
ジュン関連の新聞や雑誌を集めてくれていたけどすごい量でびっくりした。
私やパパにまで取材依頼がいくつも来ていた。
今はパパが全部断っている。早く会いたい」

俺も一刻も早く会いたい。インタビューや挨拶回りなんて全部断る・・、という訳にもいかないか。県と市。それに小中高校と大学はお礼に行かないといけないだろう。
また同じことを話すのか。テレビにはもう出る気はない。

大河原さんから、来月、東京でメダリストのパレードをするから予定しておくようにと連絡があった。特例として今度は由佳が来てもいいそうだ。何を今さら。

東田からのメールは長かった。
「祝勝会は監督の提案で、君が二十才になる来月の誕生日以降にすることになった。
君も晴れて公式に飲めるからな。

マラソンの時、大学では大教室を開放して応援をした。
地域の人も大勢来て入り切れないくらいだった。
今、駅前商店街では『銀メダルおめでとうセール』をやっている。
食堂はどこでも君が行けば無料のはずだ。ぜひ僕も連れて行ってくれ。

新聞やテレビで君のことが連日報道されている。
貧しい生活を送ったが、努力して乗り越えたとかヒーロー扱いだ。
僕の知っている君とは違う人間みたいだ。
まあ君はいつも通り、そんなのは全部無視するだろうから、それはそれでいいかもしれないが。

それに由佳ちゃんの人気もすごい。
美少女コーチとかいわれて、彼女の顔写真がテレビや雑誌に出回っている。
看護学校の校長とか友達もインタビューされていた。
これからどうなるんだろうね」

確かに不安になるような状況が起きているようだ。

シューズ研究所の人見さんから気になるメールがあった。
今後、会社と淳一との関係をどうするか話し合いたいので、親族か信頼できる人と一緒に会いたいとのことだ。信頼できる人?義兄かな。三田島先生かお寺の伯父さんか。困ったな。二十歳になる9月まで待つか。

「あのう倉本選手ですよね」 
近くに座っていた女性が、突然話しかけてきた。これからいつもこんな風に声をかけられるのか。

「私、福島から大阪の実家に帰る所なんです。お疲れのところ、急に声をかけてごめんなさい。今、向こうの地元紙を読んでいたんですが、倉本さんのことが載っていたんです。関西では、多分手に入らないからお渡ししようと思いまして」

礼を言って新聞を広げた。去年釜石市で子供たちと一緒にスイカを食べている写真や、日の丸に寄せ書きをしている写真も載せられていた。
そういえばロンドンに持って行った日の丸はこの子たちの分だ。

記事を読んでいくと、淳一が父親を震災で失い、母親も病気で亡くし、苦しい生活をする中で東北支援のボランティアに行き、人々にさわやかな印象を残したと書いてあった。
ため息が出た。
東田の言う通り、何か自分の知らないストーリーが一人歩きしているみたいだ。

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