沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅴ 由佳の選択

2 沈黙のメダリスト

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神戸に帰り、一番に三田島医院に寄り、足の様子を見てもらった。

「走ってから何日目になるのかな。特に張りとか感じられんよ。ともかく君もうちも一生忘れられん日々だったなあ。由佳は、部屋にこもりきりで何か調べている」

山ほどの新聞や週刊誌を見せられた。こわいくらいの量だ。
「君がメダルを取ってから、私や妻にまでテレビや新聞の取材が来て大変だったよ。みんな一躍有名人だ」
「すみません。ご迷惑ばかりかけて」

早く彼女に会いたい。
二階に上がると、彼女は思った通りパソコンに向き合っていた。後ろから目を隠した。
「ジュン?」
すぐに抱き合った。待ち焦がれていた時間。

でもこの家では油断はできない。案の定、5分も経たないうちに光が点滅してノックの音。
母親が外から夕食を知らせてきた。ベッドでキスをするだけで終わってしまった。
どこでもいい。彼女と二人だけでいたい。

次の日、県の陸上関係者と車で県庁に行き知事に会った。
前回一緒に回ったやり投げの大学生は8位入賞したそうだ。
市役所のロビーでは多くの職員に出迎えてもらい、市長と歓談。
昼から県のスポーツセンターで各界の偉い人と昼食会。同じ内容の挨拶と笑顔。疲れた。
手話の方が楽だ。

TVの出演依頼や各種イベントへの招待がものすごく多い。
携帯で断りの電話をすると、その電話にしつこくかけてくる。
もう知り合い以外には、返事をせずほっておくことにした。
寺にも電話や訪問者が来るので、伯母さんにすべて断ってもらうことにした。

『今いません。どこに行ったか知りません。帰る時間は分かりません』
こんな生活がいつまで続くのだろう?

東田が、週刊誌等で淳一のことを『沈黙のメダリスト』とか『だんまり王子』と揶揄されていると教えてくれた。それなら今後何にも言わないでおこう。

大学へ提出するレポートを死ぬ思いで済ませ、野路の家に由佳と行った。
彼の母親にお土産を渡したが、こんなものではお礼にはならないだろう。
引き止められ夕食を頂くことになり、ソファで待っている間、眠ってしまった。

目覚めると、由佳は、仕事を早くに切り上げてきた野路の姉さんと、それぞれのタブレットを使って会話をしていた。どちらも猛烈に速く、話すのと変わらないスピードだ。
こういうコミュニケーションの仕方もあるのか。

「起きたの?淳一さん。私、由佳さんと親友になれそう。彼女、ITのリテラシー半端じゃないわ。うちの会社に来て欲しいくらい」
「ブラインドタッチができるし、すごいですね」
「あのねそんなレベルじゃなくて、プログラミングを自分でやりたいそうよ。初めは、あなたと口話で話すためにコンピュータ言語を勉強したんだって。それに倉本君専用に改良したソフトをロンドンでも使っていたでしょう。知らなかったの?」

彼女が何のソフトを使い、どのように操作をしているか知らなかった。
「由佳さんにコンピュータの専門学校について相談されたけど、私の答えは違う。行けるなら、ちゃんと理系の大学に入ったらどうかな。まだ18でしょう?」

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