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Ⅴ 由佳の選択
5 守ってくれる?
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由佳と古河さん宅を訪れた。
彼女の親友、梶井基子さんと古河さんは婚約して、来春結婚するそうだ。
由佳は、二人に会う日をとても楽しみにしていた。
古河さんは両親と高校三年の妹さんの四人家族。全員ろうのデフファミリーだ。
マンションの部屋に入ると、家具が機能的に置かれ、ろう者が使う機器が数多く備えられていた。
由佳と結婚したら、こんな風に暮らすのかと思った。
妹の紗耶香さんは、口話で話した。淳一の手話の力に合わせ、ゆっくり手も動かしてくれる。
「私は、薬学部に進んで薬剤師になりたいと思っています。でも大学に合格してもついていけるか自信がありません」
「日本も情報保障が進んできたから心配ないよ。君は、今付き合ってる人はいるの」
「います。彼と相談して、同じ大学に行こうと決めました」
「じゃあ大丈夫だ。二人なら夢はかなうよ」
手洗いに行って部屋に戻ると、由佳を含めた五人で、めまぐるしく手話の会話が続いていた。
じっと見ていてもついていけない。
食事中も手話が続き、淳一以外のみんなが笑いあっている場面が何度もあった。
分かったような顔をして笑うふりをしていたが、むなしくなってきた。
こんな疎外感や居心地の悪さ、寂しさを由佳たちはいつも感じながら生きてきたのか。
手話を少し覚えただけで、彼女の住む世界が分かったつもりになっていた。
いたたまれないような気持ちになり、帰ることを告げた。
帰り道、ずっと彼女は不満顔だった。
「久しぶりに手話で話ができて楽しかった。でも、もっといたかった」
「君らの会話には、僕の手話能力ではついていけない。普段君たちが、聴者の中でどんな気持ちなのかがよく分かったよ」
そう伝えると喜んでくれると思ったが、意外にも由佳は眉根を寄せて怒りだした。
「聴者のあなたには私たちの気持ちは分からない。何も知らないくせに」
驚いて彼女の顔を見返した。
「道を歩いていて、後ろからよけろと叩かれた経験をみんな持っている。今の看護学校でも、聞いても無視をされるし、話に寄せてくれないことは何度もあった。ジュンはそちら側の人間でしょう?」
思わず立ち止まってしまった。
じゃあ俺が悪いのか。俺が聞こえなくなればいいのか。
君が悲しい思いをしないよう気をつかってきたつもりだし、手話も一生懸命覚えたのに。
初めて彼女との溝を感じた。
駅前の広場まで会話なく歩いた。今日はどこにも行かず一旦帰ろうか。
由佳は一度へそをまげると簡単には妥協しない。今日も長引きそうだ。
そう思って駅へ向かっていると、スポーツ大会帰りの男子高校生らしい一団が近づいて来た。
誰かが「倉本や!」と叫ぶ声が聞こえた。広場にいた人が一斉に淳一達を見た。
多くの人が近付き、携帯で写真を撮ろうとする。
由佳は淳一に体を寄せ、腕を強く握った。淳一ですら不安を感じる人の群れだ。
手を差し出して握手を求める高校生に囲まれ、彼女は顔をひきつらせている。
駅に行くことをあきらめ、タクシー乗り場に向かった。足早に歩いても追いかけて来る者がいる。
やっと車に乗り込むと、由佳は泣きそうになって震えていた。
これから二人で京都や奈良、テーマパークにも行こうと思っていたが、当分は無理みたいだ。
毎回出かけるのに帽子やマスクが必要になってしまった。こんなこといつまで続くのだろう。
家に近付いてきた頃、由佳はようやく落ち着いてきた。
「私たちろう者は、あんな時、助けを呼ぶことができない。これからも守ってくれる?」
あたりまえだろう。車の中で肩を強く抱きしめた。
彼女の親友、梶井基子さんと古河さんは婚約して、来春結婚するそうだ。
由佳は、二人に会う日をとても楽しみにしていた。
古河さんは両親と高校三年の妹さんの四人家族。全員ろうのデフファミリーだ。
マンションの部屋に入ると、家具が機能的に置かれ、ろう者が使う機器が数多く備えられていた。
由佳と結婚したら、こんな風に暮らすのかと思った。
妹の紗耶香さんは、口話で話した。淳一の手話の力に合わせ、ゆっくり手も動かしてくれる。
「私は、薬学部に進んで薬剤師になりたいと思っています。でも大学に合格してもついていけるか自信がありません」
「日本も情報保障が進んできたから心配ないよ。君は、今付き合ってる人はいるの」
「います。彼と相談して、同じ大学に行こうと決めました」
「じゃあ大丈夫だ。二人なら夢はかなうよ」
手洗いに行って部屋に戻ると、由佳を含めた五人で、めまぐるしく手話の会話が続いていた。
じっと見ていてもついていけない。
食事中も手話が続き、淳一以外のみんなが笑いあっている場面が何度もあった。
分かったような顔をして笑うふりをしていたが、むなしくなってきた。
こんな疎外感や居心地の悪さ、寂しさを由佳たちはいつも感じながら生きてきたのか。
手話を少し覚えただけで、彼女の住む世界が分かったつもりになっていた。
いたたまれないような気持ちになり、帰ることを告げた。
帰り道、ずっと彼女は不満顔だった。
「久しぶりに手話で話ができて楽しかった。でも、もっといたかった」
「君らの会話には、僕の手話能力ではついていけない。普段君たちが、聴者の中でどんな気持ちなのかがよく分かったよ」
そう伝えると喜んでくれると思ったが、意外にも由佳は眉根を寄せて怒りだした。
「聴者のあなたには私たちの気持ちは分からない。何も知らないくせに」
驚いて彼女の顔を見返した。
「道を歩いていて、後ろからよけろと叩かれた経験をみんな持っている。今の看護学校でも、聞いても無視をされるし、話に寄せてくれないことは何度もあった。ジュンはそちら側の人間でしょう?」
思わず立ち止まってしまった。
じゃあ俺が悪いのか。俺が聞こえなくなればいいのか。
君が悲しい思いをしないよう気をつかってきたつもりだし、手話も一生懸命覚えたのに。
初めて彼女との溝を感じた。
駅前の広場まで会話なく歩いた。今日はどこにも行かず一旦帰ろうか。
由佳は一度へそをまげると簡単には妥協しない。今日も長引きそうだ。
そう思って駅へ向かっていると、スポーツ大会帰りの男子高校生らしい一団が近づいて来た。
誰かが「倉本や!」と叫ぶ声が聞こえた。広場にいた人が一斉に淳一達を見た。
多くの人が近付き、携帯で写真を撮ろうとする。
由佳は淳一に体を寄せ、腕を強く握った。淳一ですら不安を感じる人の群れだ。
手を差し出して握手を求める高校生に囲まれ、彼女は顔をひきつらせている。
駅に行くことをあきらめ、タクシー乗り場に向かった。足早に歩いても追いかけて来る者がいる。
やっと車に乗り込むと、由佳は泣きそうになって震えていた。
これから二人で京都や奈良、テーマパークにも行こうと思っていたが、当分は無理みたいだ。
毎回出かけるのに帽子やマスクが必要になってしまった。こんなこといつまで続くのだろう。
家に近付いてきた頃、由佳はようやく落ち着いてきた。
「私たちろう者は、あんな時、助けを呼ぶことができない。これからも守ってくれる?」
あたりまえだろう。車の中で肩を強く抱きしめた。
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