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Ⅴ 由佳の選択
9 父の消息
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年末に三人の男女が寺を訪ねてきた。
何度も寺宛に電話や手紙を送ったが、返事がないのでやってきたという。
寺の電話は常時留守電になっているし、淳一あての郵便物も多すぎて、相手先に心当たりがなければ開封もしていない。
篠山市から来たという老夫婦と、その娘さんらしい女性と玄関で出会った。
会ったとたんその女性が淳一を見て、「兄ちゃん」とつぶやき顔をゆがめた。
その両親らしい人も驚いたように見つめている。
伯母さんが広間に通して伯父さんを呼んだ。
日に焼けた実直そうな男性が一枚の写真を取り出した。見ると女性と赤ん坊が写っていた。
女性は亡くなった母だった。赤ん坊は俺か?
「丹波の田舎で農業をしております細見と申します。淳平は二十年前、甲陽大学の4回生でした。あいつが突然、好きな女ができたので結婚すると言い出したのです。まだ卒業もせず、おまけに親に紹介もできない女とは許さん、とけんかになりましてな。大手の食品メーカーに就職も決まっていたのに、そこを断ったと聞き私も頭に血が上ってしまったのです。それ以後あいつは連絡してこず、やっと会えたのは神戸の震災の時です。下宿が倒壊して即死だったそうです。遺品はあまり残っていなかったのですが、免許証と一緒にあの写真がありました」
「私はあの子の母親ですから、まだ話しやすかったんでしょう。なほ子さんのことを打ち明けてくれました。バイト先の居酒屋で知り合ったそうなんですが、何と妊娠させたっていうんです。その女性は、両親はいなくて施設を出たと聞きました。私も古い人間ですから、お金を渡すから別れなさいと言ってしまったんです。せっかく決まった会社を断り、4年の時、大阪のどこかの市の職員に採用されたと言っていました。そこなら二人で、いえ三人で暮らせると思ったんでしょうね。それであの震災でしょう。淳平の葬儀の後、神戸の産科医でなほ子さんという妊婦さんがいたか尋ね歩いたのですが、街は混乱していてとうとう分からずじまいでした。篠山にあの子のお墓はあるのですが、なほ子さんのことが何年たっても心残りでしてねえ」
「倉本選手が、兄と関係があるかもしれないと思ったのは、新聞で淳一さんの父親は震災で亡くなったという記事を読んだ時です。そういえば顔つきが兄に似ているし年齢も合うので、もしかしたらと思って両親に相談しました。長いこと話し合って、なほ子さんがご存命で結婚されていたのなら仕方がないけれど、何年も前に亡くなったと知り、思い切ってお尋ねしてみようと決心したのです。もし不愉快に思われたらごめんなさいね」
その話を聞いてから部屋に戻り、母の持っていた写真を持ってきて見せた。
裏の『JUNPEI&NAHOKO』を見て二人の女性は声を詰まらせ嗚咽した。
伯母さんもハンカチを目に当てている。
伯父さんが二枚の写真を見比べた。
「これで間違いなさそうだな、DNA鑑定というのかな。それで調べてもらったらもっとはっきりするらしいが」
まだ頭は混乱しているが、気になっていることを聞いてみた。
「一つ教えてください。その父にあたる人は、何かスポーツをしていましたか?」
妹にあたる女性が答えてくれた。
「兄は運動が得意でした。小さい頃から背が高く、走るのが速かったです。小学校では野球部のキャップテンでしたが、ひじを痛めたのでやめました。中学・高校は陸上部にいて、高校総体や駅伝にも選ばれました。今も表彰状やカップは全部置いてあります。大学でも陸上部に入ったそうですが、3回生の時、膝の故障でやめたそうです。その後で、なほ子さんと知り合ったのでしょうね」
父は同じ陸上をやっていたのか。
母が8年間シングルマザーとして淳一を育てたのは、やはり淳平さんが忘れられなかったからだろうか。母は施設の出身だったという。調べたら、母方の親族もわかるかもしれない。
でも母がそれを望まないような気もした。
一人で苦労しながら生きてきて、やっとつかみかけた幸せを震災で奪われたのか。
伯父さんの案内で納骨堂に行き、みんなで手を合わせた。
次に来るときは、母の遺骨を分けてもらい、淳平さんの墓に入れるという。
彼女に知らせるとすぐ返事が来た。
「私たちのおじいちゃん、おばあちゃんに会いたい」
何度も寺宛に電話や手紙を送ったが、返事がないのでやってきたという。
寺の電話は常時留守電になっているし、淳一あての郵便物も多すぎて、相手先に心当たりがなければ開封もしていない。
篠山市から来たという老夫婦と、その娘さんらしい女性と玄関で出会った。
会ったとたんその女性が淳一を見て、「兄ちゃん」とつぶやき顔をゆがめた。
その両親らしい人も驚いたように見つめている。
伯母さんが広間に通して伯父さんを呼んだ。
日に焼けた実直そうな男性が一枚の写真を取り出した。見ると女性と赤ん坊が写っていた。
女性は亡くなった母だった。赤ん坊は俺か?
「丹波の田舎で農業をしております細見と申します。淳平は二十年前、甲陽大学の4回生でした。あいつが突然、好きな女ができたので結婚すると言い出したのです。まだ卒業もせず、おまけに親に紹介もできない女とは許さん、とけんかになりましてな。大手の食品メーカーに就職も決まっていたのに、そこを断ったと聞き私も頭に血が上ってしまったのです。それ以後あいつは連絡してこず、やっと会えたのは神戸の震災の時です。下宿が倒壊して即死だったそうです。遺品はあまり残っていなかったのですが、免許証と一緒にあの写真がありました」
「私はあの子の母親ですから、まだ話しやすかったんでしょう。なほ子さんのことを打ち明けてくれました。バイト先の居酒屋で知り合ったそうなんですが、何と妊娠させたっていうんです。その女性は、両親はいなくて施設を出たと聞きました。私も古い人間ですから、お金を渡すから別れなさいと言ってしまったんです。せっかく決まった会社を断り、4年の時、大阪のどこかの市の職員に採用されたと言っていました。そこなら二人で、いえ三人で暮らせると思ったんでしょうね。それであの震災でしょう。淳平の葬儀の後、神戸の産科医でなほ子さんという妊婦さんがいたか尋ね歩いたのですが、街は混乱していてとうとう分からずじまいでした。篠山にあの子のお墓はあるのですが、なほ子さんのことが何年たっても心残りでしてねえ」
「倉本選手が、兄と関係があるかもしれないと思ったのは、新聞で淳一さんの父親は震災で亡くなったという記事を読んだ時です。そういえば顔つきが兄に似ているし年齢も合うので、もしかしたらと思って両親に相談しました。長いこと話し合って、なほ子さんがご存命で結婚されていたのなら仕方がないけれど、何年も前に亡くなったと知り、思い切ってお尋ねしてみようと決心したのです。もし不愉快に思われたらごめんなさいね」
その話を聞いてから部屋に戻り、母の持っていた写真を持ってきて見せた。
裏の『JUNPEI&NAHOKO』を見て二人の女性は声を詰まらせ嗚咽した。
伯母さんもハンカチを目に当てている。
伯父さんが二枚の写真を見比べた。
「これで間違いなさそうだな、DNA鑑定というのかな。それで調べてもらったらもっとはっきりするらしいが」
まだ頭は混乱しているが、気になっていることを聞いてみた。
「一つ教えてください。その父にあたる人は、何かスポーツをしていましたか?」
妹にあたる女性が答えてくれた。
「兄は運動が得意でした。小さい頃から背が高く、走るのが速かったです。小学校では野球部のキャップテンでしたが、ひじを痛めたのでやめました。中学・高校は陸上部にいて、高校総体や駅伝にも選ばれました。今も表彰状やカップは全部置いてあります。大学でも陸上部に入ったそうですが、3回生の時、膝の故障でやめたそうです。その後で、なほ子さんと知り合ったのでしょうね」
父は同じ陸上をやっていたのか。
母が8年間シングルマザーとして淳一を育てたのは、やはり淳平さんが忘れられなかったからだろうか。母は施設の出身だったという。調べたら、母方の親族もわかるかもしれない。
でも母がそれを望まないような気もした。
一人で苦労しながら生きてきて、やっとつかみかけた幸せを震災で奪われたのか。
伯父さんの案内で納骨堂に行き、みんなで手を合わせた。
次に来るときは、母の遺骨を分けてもらい、淳平さんの墓に入れるという。
彼女に知らせるとすぐ返事が来た。
「私たちのおじいちゃん、おばあちゃんに会いたい」
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